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Ep.2 郷愁のシンデレラ(1)

 そして、ユリィの王城生活が始まった。


 豪華な客間から連れ出されたユリィは、より一層豪華な居室に通され、服を脱がされ湯あみを強要され、見たこともないような高質なドレスを着せられた。

 ユリィ付きの侍女という女性たちを紹介され、翌日からのカリキュラムなるものが説明され、……慌ただしく、夢のような一日が幕を閉じた。

 ユリィはその夜、慣れない寝室で意識を失うように眠りについた。




Ep.2 郷愁のシンデレラ




「おはようございます、ユリィ様!」


 東に面した窓のカーテンがさっと引かれ、部屋に眩しい朝日が差し込んでくる。

 すでに眠りを浅くしていたユリィは、元気な声と朝の光で一気に覚醒した。


「おはよう、ローラ」


 眼をこすりながら身を起こすと、長い薄茶色の髪を二つのおさげに結った侍女ローラが部屋の中を忙しく行き来していた。

 ユリィ付きの侍女として紹介された女性たちのうち、もっとも年若いローラはユリィとそう歳も離れておらず、自ら積極的にユリィの世話を焼いてくれる頼もしい女性だ。

 にこにこと笑みを絶やさない彼女に、ユリィも早々に警戒心を解き、登城五日目にしてすっかり仲良くなっている。

 あの衝撃の一日から、四日が過ぎた。

 ユリィは王城の西宮にあてがわれた部屋に住み、言われるままのカリキュラムをこなす日々を過ごしていた。


「ユリィ様、朝食が済みましたら本日は礼儀作法と音楽のレッスンを受けていただくことになっています。作法の先生はこのお部屋にいらしてくださいますので、まずは着替えて朝食にしましょう」

「……はーい」


 音楽……と頭を抱えつつ、言われるがままユリィはベッドを降りた。


 登城初日に王子オルガノから受けた説明だけで「予言の花嫁」と決めつけられてはたまらない、と内心思いつつも、抗うすべもなくユリィはお妃教育とやらを受けることとなった。

 カリキュラムはいわゆる「淑女の嗜み」に特化されており、礼儀作法、楽器、お花やお茶など、どれもがユリィには未知の領域だった。

 そもそも幼い頃から「予言の花嫁」に興味のなかったユリィであるが、初めからそうだったわけではない。一時は少女の誰もがそうであるように、「お姫さま」に憧れた時期もあったのだ。

 しかし、他の少女たちと同じように楽器や作法やダンスに手を出してみるにつれ、自分にその才能がまったくないことに気付いてしまった。

 学問を究め、男性たちのような堅実な生き方を目指し始めたのはそのあとのことである。

 つまり、今ユリィが受けさせられているレッスンは、彼女にとって鬼門と言っても過言ではなかった。

 レッスン開始初日から、幼いころの挫折感を再び味わわされることとなったのだ。



「ユリィ様、お立ちになるときは踵をそろえ、背筋を伸ばしてください」

「……はい」

「ユリィ様、お座りになるときは、きちんとドレスのすそをさばいてください」

「…………はい」

「ユリィ様、ナイフはこちらのものから順にお使いください」

「………………はい」


 レッスンは常にこの調子で、ユリィはひたすら神経をすり減らした。

 ただでさえ突然こんな高貴な場所に連れてこられ、頼みの綱かと思われた王子は初日以降姿を見せない。ローラたちは気さくで優しいが、庶民のユリィにとっては高価な服も豪勢な食事も、かしづかれる生活も、何もかもが馴染めない。

 慣れ親しんだ学問から離れ、一度は自ら諦めた礼儀作法を学びなおすということが、ユリィにとっては何よりも苦痛であった。

 いや、最大の苦痛はそれですらなかった。


「ユリィ様、午前のレッスンは終了です。昼食の用意をいたしますね」

「はい……ありがとうございました」


 庶民の武器である努力と根性でこれまでの学園生活を乗り切ってきたユリィは、辛い辛いと思いながらもレッスンで手を抜くようなことはできない。

 おかげで半日のうちにへとへとになってしまうが、そこは持ち前の根性である。

 ローラがてきぱきと机をかたづけ、食事の用意をしているのを見るにつけユリィは思った。


(みんな今頃はお弁当の時間かしら……。母さんも、弟たちのお昼の支度をしている頃だわ)


 ユリィ一人が食事をとるこの部屋のテーブルより小さなテーブルに、使い古した食器が所狭しと並ぶ実家の食卓を思い出し、ユリィはそっと溜め息をついた。

 何も言わずに、もとい何も言えずにここに来て五日。両親、そして四人の弟妹と暮らしていたユリィは、家族を恋しく思っていた。

 実家は決して裕福ではなく、家族七人でつつましく暮らしていた。学費の安い王立学園に通うためユリィは懸命に勉強しながら、母に代って家事を多く手伝っていた。

 ユリィがいなくなった今、家族はどうしているだろうか。母に家事の負担がいっているのではないかと思うと、ユリィは気が気ではなかった。少しは成長した弟たちが、手伝ってくれているといいのだが。


(こんな勝手に連れてこられたのに、城から出てはいけないなんてあんまりだわ……せめて家族と連絡を取りたい……手紙を書こうかしら)


 ぼんやりとそんなことを思っていると、またローラから食器の使い方を注意されるユリィであった。






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