第四話 孤独の痛み
「落ち着いた?」
カイトは俺の左手を握り、落ち着かせようと背中を擦り続けている。
そのおかげか、激しく脈打っていた心臓は少しずつ安定し始め、手の震えも収まっていた。
「……すまん、もう大丈夫だ。世話をかけたな。忘れないうちに急ぐぞ」
少しよろけながらも立ち上がり、先程鳥から得た情報をもとに足を進め始める。
言葉は少なく、最低限に。
共に旅をするなら必ず見られるとは思っていたが、あまりにも早すぎる。
このことに言及されるのを避けるため、目的地にまで急ぐことにした。
本当ならもう少し広い街が良かったが、また同じように探そうとしても俺の体が持たないことは目に見えている。
先程の感覚を思い出さないよう、出来る限り思考を止め、ただまっすぐと西の方角を目指す。
魔力感知で周囲を警戒しつつ、数分間無言のまま歩き続けた。
「ヘクトルってさ、ヴェルナスと仲いいんだよな」
沈黙に耐えかねたのか、背後から何か話しかけてくる声が聞こえる。
情けない姿を見せてしまった気まずさがあり、カイトとは会話をする気分じゃなかった。
……いや、本当はそうじゃない。
カイトという『他人』にヴェルナスとの関係を掘り下げられることが気に食わなかっただけだ。
「……」
俺は少しの抵抗として、何も答えず足を早めた。
一時間もかからず、小さな村にたどり着いた。
実際はそこまで小さくも無いのかもしれないが、普段帝都で過ごしている身からすればミニチュアでも見ているような気分になる。
とりあえず、今日泊まるための宿を探さなくては。
魔力感知を発動しているときの視界では気が付かなかったが、いつの間にか日は落ち、辺りは暗くなっていた。
「カイト、仲間探しは明日にするぞ」
「もう暗いもんな。早起きして探すか!」
この状態から探し始めたところで収穫は無いだろう。
何か違和感を覚えたが、疲労のせいで気にする余裕もない。
とにかく、今日は色々あって疲れてしまった。
「宿、無くね?」
視界に入るのは家や明かりのついていない店、畑のみ。
基本的には小さな村にも冒険者のための宿が一つは存在しているはずだが、どれだけ探しても見当たらない。
「あ、第一村人発見! こんばんは!」
村の端から端まで歩いたところで、やっと一人目の村人を発見した。
「冒険者の人かい? どうせ宿を探してるんだろう。ここのはわかりにくいからな」
「そうそう、もしよかったら宿の場所教えてほしくて」
躊躇無く話しかけるカイトに少し驚きつつ、やっと見つけた村人に話を聞くことにした。
「勿論だとも。あー、でも、今日はタイミングが悪かったな」
「今日だと何かマズイのか?」
「マズイというか……まぁ、気にするな。今のは俺の失言だ。宿はここを左に曲がってすぐのところにある。明かりがついてるところは宿屋だけだからすぐわかると思うぜ」
この村に入って感じていた違和感。
「教えてくれてありがとうな兄弟! 今度あったら飯でも行こうぜ!」
「奢ってくれるんだろうな? 楽しみにしてるぜ! じゃあ、気をつけてな」
そうか、これは
「ヘクトル? 早くいこうぜ!」
俺達二人は『村人に見られている』のか。
魔力量が少なく、殺意のない視線だったせいで気付くのが遅れたが、この村に足を踏み入れた瞬間からずっとだ。
異物を監視するように、家の中からこちらを覗いている。
「……あぁ、早く休みたいしな。急ぐか」
とにかく、今は体を休めたい。
殺意がないならすぐに襲ってくることはないだろう。
宿屋で部屋を二部屋取り、カイトに手伝ってもらいながら食事を終えると、それぞれの部屋で朝まで眠りについた。
◇◇◇
陽の光が窓から差し込み、その眩しさからゆっくりと瞼を開く。
「もう、朝か」
重たい体を無理やり起こし、身支度を始める。
部屋に備え付けてある洗面台の前まで進み、顔を洗おうと蛇口を捻った。
闇魔法を操り左手の装飾品を全て外すと、冷たい感触が肌に伝わる。
顔を上げると、右目の眼帯がズレていることに気付いた。
「本当に邪魔だな」
目があれば、こんな物を付けなくても良いのに。
目があれば、視界がもっと広がるのに。
目があれば……
「は、はは……」
そんなことを考えたところで、今の俺には右目が存在しない。
この世界には魔法が存在するのに、それでも目は治らない。
蛇口から出た水なのか、大粒の雫が手にこぼれ落ちた。
顔を洗い、歯を磨き、一人で出来る身支度を終えた。
着替えは一人では出来ず、カイトに手伝ってもらう他無い。
魔法を使えば楽に着替えられるのではないか。そんな考えは、この一年の間で何度もしてきた。
——だが、出来なかった。
一度だけ、ヴェルナスが居ないときに一人で着替えようとしたことがある。
いつも迷惑ばかりかけている自分に、腹がたった。何か少しだけでも自分で出来れば、負担が減るのではないか。
このままだと、いつか愛想を尽かされるんじゃないか。
闇魔法で右腕の代わりを生成し、袖に腕を通そうとした。
その瞬間、全てが崩れ落ちた。
無いはずのものがそこに存在しているような、『普通の人間』に戻れたようなその感覚に、恐怖を覚えた。
何も元には戻っていないのに、その幻想に縋り付いてしまいそうで怖かった。
それからは、着替えようとしたときに魔法が発動できなくなった。
顔を洗うこと、手袋を付けることは問題なく出来る。
それ以外は、誰かの手助けがないと何も出来ない。
だが、隣の部屋に泊まっているはずの同行者はまだ起きてこない。
アイツの助けが無いと俺は着替えることすら出来ないのに。
仕方なく起こしに行ってやろうと、ドアノブに手をかけた。
……右腕が、熱い。
「——いっ!」
感じるはずのないその痛みが、あの時の記憶が、その全て鮮明に蘇ってくる。
今、それを感じているかのように。
焼けるような痛みが右腕を覆い隠す。
熱い、痛い、痛い、痛い。
ただ痛い。苦しい。
他に何も考えられなくなるほど思考が埋め尽くされ、恐怖と痛みで呼吸が浅くなる。
定期的に来るこの痛み。
これは収まるまで痛みに耐える、それ以外に方法はない。
床に膝をつき、右腕を抱えるように蹲る。
痛い痛い痛い痛い痛い。
一人は嫌だ。
誰か、誰か……
「……ヴェルナス、手を握ってくれよ」
◇◇◇
「久しぶりね、カイト」
着替えを済ませ宿の朝食を二人で食べていると、目の前の席に一人の見知らぬ女が腰を下ろした。
いや、知らないはずだが、その容姿は知っている。
知らないはずなどなかった。
白銀の髪に赤い瞳。
——右腕に激痛が走る。まるで、この女を拒絶するかのように。
「アリステラ……?」
突然現れた探し人に対し、カイトは驚きのあまり全身の動きが止まる。
静かな空間の中、俺の口へと運ばれようとしていたそのスプーンだけが音を立てて床へと落ちていった。
——神子アリステラ。その名を、その外見を知らぬものなど存在しない。
黎明の神子の筆頭であり、どんな悪事にも手を染める。
神のためなら、なんだってするバケモノ。
「覚えていてくれたのね、嬉しいわ! もしかしたら、もう忘れられちゃったんじゃないかって心配してたの。すごく、安心したわ」
ほっとしたような表情で胸を撫で下ろすアリステラ。
人畜無害そうな声で、顔で、仕草で話しかけてくるその女。
外見の特徴は神子と全く同じだと言うのに、その他の情報に目を向ければ、到底悪人のようには見えない。
気味の悪い程に、『ただの少女』だった。




