突然のひらめき
イースターエッグハントも落ち着いた4月半ば。
王族たちの昼食も終わり、洗い場では後片付けが進むが、それ以外の使用人たちはティータイムまで比較的のんびり過ごせる時間帯に突入した。
やり残していた廊下の掃除をしながら、私は今朝のジークのことを思い出し、笑いが止まらない。
(武術訓練ではジークをぎゃふんと言わせることはできなかった。でも今回、私が用意したアナグラムは、あのジークでも簡単に解くことができなかったのだ。しかも一度は降参し、それでも私が煽ることで本気を発揮したジークは、ついにそのアナグラムを解き明かした。そしてそこに書かれたメッセージが『ジークの大馬鹿野郎』であると知った時の表情と言ったら……)
そこで若草色のドレスを着たルイーザ様が、ミモザ色のドレス姿のルベール嬢を連れ、足早に廊下を移動していることに気づく。
(元公爵令嬢として、ルイーザ様はいつも優雅なはずなのに。どうしたのかしら?)
これは何かある――そう直感で確信した私は、モップとバケツを柱の影に隠し、二人の後をつけることにした。
◇
「お待ちしていました、マダム・メレディス!」
「こちらこそ、お待たせいたしましたわ!」
エントランスでルイーザ様とルベール嬢が迎えたのは、一人の若い女性だ。
サーモンピンクにアイボリーのバイカラー配色のドレスは、とても垢抜けた印象。しかもア・シンメトリーなデザインは実に斬新である。
(……この方、以前、見たことがあるような……)
馬車から降りたマダム・メレディスの後ろには、大きな箱を持った下男が続く。
それを見た私はハッとする。
(コルネ伯爵のウェディングドレスを仕立てている、ドレスデザイナー兼ブティック・メレディスのオーナーだわ!)
つまり遂に伯爵のウェディングドレスの仕立てが完成し、最終調整するため、ほぼ完成品に近いドレスを持参したのだろう!
(これは……見てみたいわ! 今から試着するならちょうどティータイムの頃にドレスへの着替えが完了する。ならばコルネ伯爵の部屋にお茶とスイーツを届ける役目、私がやらせてもらおう!)
私はウキウキでメイド長の元へ向かった。
◇
「ではオルリック嬢、これを頼みます。今日は来客もいると聞いているから、特別メニューだ!」
そう言ってパティシエから預かることになったコルネ伯爵のティータイムのお茶とスイーツ。
それはこの季節ならではのもの。
ローズの花びらを茶葉にブレンドしたローズティー。マカロンはローズ・エキスを配合したもので、ローズの花びらの砂糖漬けもある。ロールケーキはクリームと生地に細かくしたバラの花びらが練り込まれ、フィナンシェはローズの形に焼かれていた。さらに温室のストロベリーを使ったショートケーキ、ストロベリータルト、ストロベリーのアイスと、それはもう美味しそうなものばかり。
(ううっ、食べたい! きっと使用人の休憩室に、失敗作や少し焦げたものが置かれているはず。今すぐにでもそっちに行きたいけれど……)
今日の私はBread before poetry.ではなく、Poetry before bread!
美味しそうなスイーツを我慢し、コルネ伯爵のウェディングドレス姿を拝ませていただくことにする。
ということでキラキラしたスイーツが乗るワゴンを押し、コルネ伯爵の部屋へと向かう。
「失礼します、コルネ伯爵にティータイムのスイーツなどをお届けにあがりました」
前室でピンク色のドレスを着たモンクレルテ嬢に迎えられた私は、テーブルセットにスイーツをなどを並べながら、寝室の方をチラチラと見てしまう。
(まだ、着替えは終わっていないのかしら? ティータイムにスイーツを運んだら、コルネ伯爵は手が空いていれば「ありがとう」と伝えるために顔を見せてくれるのに)
「ふふ。オルリック嬢、もしかしてコルネ伯爵がウェディングドレスを試着した姿が見たいのですか?」
「……はい! 見たいです……!」
素直に白状すると、モンクレルテ嬢は寝室に私を連れて行ってくれる。
「コルネ伯爵、スイーツの用意ができました!」
そこで寝室の扉が開けられ、中を見た私は――。
「わあぁぁ……!」
子どもの頃、素敵な王子様とお姫様がお城で結婚式を挙げる物語を読んだことがある。その挿絵で見たウェディングドレスが私の憧れだった。
(今日から私の憧れはコルネ伯爵のこのウェディングドレスだわ。いつか、いつか私もこんなドレスを着てみたい……!)
◇
コルネ伯爵のウェディングドレス姿を見ることができ、私はご機嫌で退出することになる。ワゴンを押し、鼻歌をハミングしていると……。
「リエット、随分ご機嫌だな」
「! ジーク!」
見事なバターブロンドを揺らし、赤銅色の瞳を細め、貴公子そのものの笑みを浮かべるジークが、いつの間にか私の隣にいる!
(本当に恐ろしいわ。まったく気配を感じなかった! それに……)
「今朝、あれだけ落ち込んだはずなのに、ジークの方が私より、ご機嫌じゃないですか」
「それはそうだ。だってリエットがとってもいい表情をしているから」
「!」
「僕の幸せはリエットのその表情を見られること。自然と笑顔になるのはリエットがご機嫌だからさ」
「な……なんて人たらしな……!」
サラリと言われたジークの言葉に、心臓がドキドキしている。
「失敬な。僕がこんな風にご機嫌になるのはリエットに対してだけだから。リエットは僕の特別。それで、何でそんなにご機嫌なの?」
「それは……コルネ伯爵がウェディングドレスの試着をされて、とても……美しかったから……」
なんとか早い鼓動を鎮めようと、さっき見たコルネ伯爵のウェディングドレス姿を思い出す。
「なるほど。もうそんな時期か。殿下と伯爵の式は六月だもんな……。……死ぬほど忙しくなるな……」
「ジークは煮ても焼いても死なないので大丈夫ですよ! あ~、それよりもあんな素敵なウェディングドレス、私も着てみたいなぁ」
「ほう……リエット。ウェディングドレスはどんな時に着るものか、わかっているのかな?」
「む、知っていますよ、それぐらい! 結婚式で着るものです!」
「リエットはウェディングドレスを着たい。つまり結婚をしたいと。で、相手は?」
「……!」
そうだった。ウェディングドレスを着るということは、結婚をする必要がある。そして相手は――。
新雪のような真っ白なフロックコートを完璧に着こなし、ウェディングドレスを着た私をエスコートするのは……ジーク……。
(って、なんでかしら!? どうしてここでジークなの!?)
思い浮かべた相手が、まさかのジークであることに衝撃を受ける。衝撃が大きいのは、新郎姿のジークが……あまりにも私の理想の姿にドンピシャだったことだ。
「お、リエット、顔が真っ赤だ。もしや結婚式をすっ飛ばし、もう僕との初夜の想像までしてしまったか?」
ジークの冗談に反応している場合ではない。なぜ新郎がジークになってしまうのか!
(私の周囲にはイイ男が沢山いるはずなのに……!)
でもそこで気付く。みんな、婚約者がいる。フリーのイイ男がジークぐらいしかいない!?
(もしかしたら私、縁談をした方がいいのかもしれない)
私は突然閃いてしまった。
お読みいただき、ありがとうございます!
春爛漫はリエットのウェディング狂想曲!?
複数作品更新になるのでのんびり週1更新していきます。
次は来週の土曜日に公開しますね!
無理せず頑張れたらいいな☆彡
















