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燦々々  作者: 原田昌鳴
12/14

【12】

 松本の謹慎によって入社以来休みのなかった自分は、翌日やっと休むことができたので、夕方まで眠ろうと考え、時々目が覚めるものの、半ば強引に夕方を目指して眠っていた。しかし、ピポンピポンピポン、と、アホのように何度も呼び鈴を鳴らす馬鹿者がやってきたので何事かと玄関を開けると、そこにいたのは意外にも店の真っ赤なジャンパーを着たままのほっぺの店長であった。

「あれ? 当方、今日は休みでっせ」

「おまえ、本当に松本の行方を知らないのか?」

「なんすか、いきなり」

「いいから。知らないのか?」

「だからあ、知りませんって」

「本当にか?」

「どしたんすか? ついにピアスが死にでもしたんすか?」

「夕べ、松本の実家が火事になって……」

「え?」

「焼け跡から遺体が三つ見つかったらしい」

「え?」

「…………」

「そのうちのひとつが松本ってこと?」

「いや、まだ身元はわかってないが……」

「……はっ! 昨日、やっぱ燃えてたんだ」

「おまえ、なにか知ってるのか?」

「昨日、ちょいと夜道を闊歩してたら、どうも東の空が赤いなあ、なんて思ったんすよ。で、身元はいつわかるんですかね?」

「まだわからんが、とりあえずこないだの刑事さんから携帯に連絡が入ることになってる」

 自分の頭はぐるぐる回った。しかし不安や悲観などはまったくなく、それが自分でも不思議であった。

 店長は自分が松本の居所を本当に知らないことをやっと納得し、店に戻るというので自分もついでに店長の車に乗って店に行った。店長や電卓のおばちゃん、スーツを着た重役らしき男性、笹山くんの母上、自分、その他従業員が狭い事務所にぎゅうぎゅうになって身を寄せ、身元判明の連絡を待った。

 夕方、高校生どもが出勤してくる時間になっても連絡はなく、自分はなんだか息が詰まってきた。もしも松本死亡の一報が飛び込んできたとしたら、事務所にいる人間たちはどのような反応をするのであろうか。誰であろうと同僚の死などに直面したくはないであろうが、しかし心のどこかで未曾有の経験を期待と共に待っている者もいるのではないか。正直に言うと、自分は心のどこかでなにかを期待しているのである。当然松本には死んで欲しくはない。ただ、これまでに経験したことのない絶望的な状況を、ほんの少し見てみたいという気持ちがあることは事実であった。しかしそれは反面、自分が一番見たくない光景を引率する。その光景とは、笹山くんの母上に襲いかかる絶望と、それを共有しなくてはならない笹山くんの辛辣さである。

 事務所で大勢と待機することをやめ、自分はやはりアパートに帰ることにした。怖いのである。松本死亡の一報が耳に入るのが、怖いのである。

 今日も全力疾走。しかし今日は、いつにもまして背後の悲観が自分の背中にずしりと重く、なにか実態のない存在感だけの魔物に追われているように、寒々と走っている感が強い。そして悲観を背負ったままアパートに到着。安っぽい扉を開くと、薄暗い玄関の、淋しげなサンダルの上に長方形に光るものがある。青白い。なんだこれ、自分が背中に背負っていた悲観ではなかろうか、と手に取ってみると、それはどうやらハガキらしく、誰からだろうと見てみると、相変わらず青白く光るだけで差出人はわからず、とにかく自分は部屋に入って電気を点けた。

 自分は訳がわからなくなった。自分の住所、氏名が書いてあるべき宛名が、すべてローマ字で書かれているのである。そして宛名の横には数行の英語が書かれていて、まったくこちらを馬鹿にするのもいい加減にして頂きたい。自分は英語が苦手なのである。ハローとソーリー、それにワッツハプンぐらいしか知らないのだ。

 自分はこの絵はがきの宛名のローマ字と、その横の英文を見て動揺した。しかし得体の知れぬこの絵はがきが自分の部屋にあるということは、やはり自分宛に届いたのであろうと、しっかりと宛名に目をやると、そこには「JAPAN」と書かれていて、「MR OKADA」とも書かれていて、ああ、当方のことだ、とやっと理解し、住所を解読すると、本来の住所よりとても簡略化されていて、町名、番地などは書かれておらず、ただ「YOTSUYASOU、2KAI」とだけ書かれているのである。よく届いたもんだ。

 自分は外国人に友達などいないのであるから、差出人にまったく思い当たる節がなく、では、と、裏を返すと、なんやら金ピカのどでかい仏像が寝転がっているフォトグラフ。自分は一度ぷっと笑った。が、この絵はがきの送り主が、自分になにを伝えたいのかがさっぱりわからず、もどかしくなり、イライラして一度ゴミ箱に投げ入れた。しかしうまくゴミ箱に入らなかったのでもう一度その絵はがきを拾い上げると、ローマ字の宛名の部分の下に、同じくローマ字で「TARO MATSUMOTO」と書かれていることに気づいた。自分はしばし考え込んだ。タロウマツモト。誰であろうか。困惑すると思考は遠回りするものなのだ。自分はあらゆるタロウマツモトを頭の中で想像し、回りに回り、やっと気づいた。あっ、これは松本ではないのか。あのモヒカンうんこ、松本ではないのだろうか。

 絵はがきの裏の、寝転がった仏さんの金ピカフェイスの影響もあってか、自分は驚くほど冷静だった。とりあえずストーブに火を入れ、テレビをつけ、ポットで湯を沸かし緑茶を入れた。

 一服。

 そしていよいよ、気合いを入れてこのローマ字を解読すべく、大家から辞書を借りてきて、再び絵はがきを手に取った。裏を見ると、仏像がやっぱりこちらを馬鹿にしたように寝転がっている。金ピカの仏の顔は、どこか松本に似ているような気がする。

 宛名、差出人の欄の横には、英語で小さくこう書かれていた。これが松本からの自分に対するメッセージである。

『SINAINARU、OKADASAN、

 GENKIDESUKA?

 BOKUHAGENKIDESU。

 BOKUHAMOU、SIMEITEHAI、SAREMASITAKA?

 MIDORISANNI、AITAIDESU。』

 これを訳すと『親愛なる岡田さん、元気ですか? 僕は元気です。僕はもう、指名手配されましたか? みどりさんに会いたいです。』となる。

 自分は、こいつは馬鹿か、と思わずにはいられなかった。なぜこのデブは日本語で書かなかったのであろうか。警察にこの絵はがきを見られた場合を考えて、あえてローマ字で書き、警察を錯乱させようとしたのだろうか。ああ、やはりこいつはアホである。

 消印に「BANGKOK THAILAND」と書いてある。こんなもの、英和辞典を駆使すれば、自分にはすぐわかる。こいつ、バンコック、タイランドにいやがるのである。

 絵はがきを握りしめたまま、自分はまた走った。糞野郎、手間をかけさせやがって。外は雨が降り始めていた。

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