戻らない日常
『戻らない日常』
最終話「戻らない日常」
人は時々思う。
もし、あの日がなかったら。
もし、あの夜、一貴の仕事が早く終わっていたら。
もし、幸枝が別の道を通っていたら。
もし。
もし。
もし。
何度考えても答えは出ない。
どれだけ願っても、時間は戻らない。
だから、この物語のタイトルは最後まで――
『戻らない日常』
だった。
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春
年月が流れる。
ゆきちゃんは小学生になった。
庭の花に興味を持つようになった。
「おばあちゃん、この花なんていうん?」
今日子が笑う。
「キバナコスモスよ」
「ふーん」
小さな手で花びらに触れる。
「きれい」
その言葉を聞いて、今日子は少しだけ空を見上げた。
幸枝も同じことを言っていた。
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夏
パティスリー・ミズノ。
店内には今も
幸枝モンブラン
幸枝どら焼き
が並んでいる。
そして。
新しい商品も増えていた。
レシピノートから生まれたお菓子たち。
店長は新人スタッフに話す。
「これはね」
「うちの店で働いていた子のレシピなんよ」
「夢の途中だった子の」
新人は真剣に聞く。
幸枝を知らない世代が増えていく。
でも。
名前は残る。
味も残る。
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秋
ゆきちゃんは作文を書く。
学校の課題。
『将来の夢』
鉛筆を握りながら考える。
そして書いた。
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わたしは
ケーキやさんになりたいです
おばさんのゆめだったからです
おばさんのケーキを
たくさんの人に食べてもらいたいです
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今日子は読みながら泣いた。
星羅も泣いた。
充も目を逸らした。
そして。
ゆきちゃんだけが不思議そうな顔をした。
「なんで泣くん?」
みんな笑った。
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冬
一貴と恵の家。
休日。
一貴はケーキを買って帰る。
パティスリー・ミズノの新作。
「おっ」
「これうまそう」
箱を開ける。
そして。
相変わらずの勢いで食べ始める。
一口。
二口。
三口。
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天国
その瞬間。
天国で幸枝が立ち上がる。
「こらーーーーー!!」
周りの天使たちがびっくりする。
「一貴ーーー!!」
「せっかく丹精込めて作ったケーキを!」
「三口で食べるんじゃなーーい!!」
腕をぶんぶん振り回す。
「味わって食べんかい!」
「栗の香り!」
「クリームの余韻!」
「スポンジの食感!」
「全部飛ばしとるやないか!」
ものすごい勢いで怒る。
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一方その頃。
下界。
一貴は突然くしゃみをした。
「はっくしょん!」
恵が笑う。
「どうしたんですか」
「いや」
一貴は首を傾げる。
「なんか今」
「幸枝に怒られた気がした」
恵は吹き出した。
「それ絶対怒られてます」
「やっぱり?」
「間違いなく」
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天国
幸枝はまだ怒っている。
「ほんまにもう!」
「何年経っても変わらん!」
でも。
その顔は笑っていた。
下界を見る。
お父さん。
お母さん。
お兄ちゃん。
星羅さん。
ゆきちゃん。
一貴。
恵さん。
パティスリー・ミズノのみんな。
支援の会の人たち。
それぞれが生きている。
泣いたり。
笑ったり。
迷ったり。
頑張ったり。
幸枝のいない日常を。
それでも。
ちゃんと生きている。
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「うん」
幸枝は静かに頷く。
「みんな頑張ったね」
風が吹く。
天国の花畑が揺れる。
幸枝はいつもの笑顔になる。
「私も見守っとるけん」
「これからも」
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エンディング
尾道の坂道。
千光寺公園。
尾道水道。
キバナコスモス。
パティスリー・ミズノ。
幸枝モンブラン。
幸枝どら焼き。
笑うゆきちゃん。
寄り添う家族。
続いていく日々。
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戻らない日常。
戻らない時間。
戻らない命。
けれど。
夢は受け継がれる。
声は残る。
愛は残る。
そして人は、
前を向いて生きていく。
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『戻らない日常』 完
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ありがとう、幸枝。
ありがとう、すべての日常。




