【第5話】GPUよりも、私を見てほしい……かも
大学のキャンパス内を歩いていると、今日もあの人の声が聞こえる。
「りょうやー!」
あの大きな地声、誰よりも目立つ。
いや、体も目立つ。巨漢。まさにでかい。
でも、その隣にいるのは、なぜかいつも自然体な感じの男の子――忍野涼也くん。
正直、理系男子の中では異色だと思う。
その理由は、きっと“あのつゆだく事件”からだ。
*
そもそも、初めて話したのは、あの牛丼屋だった。
私がバイトしてるあの店で――
「納豆とご飯で、つゆだくで」なんて注文する人、初めてだった。
牛丼頼んでないのにつゆだく?
思わずツッコミかけたけど、あのとき、店長いなかったし。
ルール違反ってわかってたけど、つい……出しちゃったんだよね。
不思議だったんだよ、目の奥が。なんか、透明というか。
ちょっとお腹すかせた小動物みたいな顔してて、あれはずるい。
がつがつ食べる姿を見てたら、なんか……庇護欲っていうの? くすぐられるというか。
それで、つい次の日。
たまたま唐揚げを作りすぎて、「あげよっかな」って思った。
でも、サークル棟前のベンチ。
あそこ、今やカップルの巣窟じゃん……!
なんであんなに密度高いのよ。あんな中で渡すとか、めっちゃ勇気いるし。
だからつい、ぶっきらぼうになっちゃった。
「作りすぎて、余っちゃっただけだから!」って、あれ絶対ツンだったよね私。
はぁ、あの時の私、もうちょっと可愛げあれば良かったのに。
でもね。GPUの話聞いたあと、こっそり検索したの。
「GPU とは」って。
出てきたのが、なんか……扇風機みたいな金属の塊?
しかも、それが何万円とか、十何万円とか。
正直、目ん玉飛び出るかと思った。
「えっ? これが? 牛丼何杯ぶん?」
でもAI開発に必要だって知って……なるほど、理系オタクの世界は深い。
私の心理学の専攻じゃ想像できない領域。
というか、そもそもあの理系の旧棟――入ったことない。
床、木だったよね?
地震とか大丈夫?ってビビるレベルの古さ。
放射線の研究してたから建て替えられないって噂もあるし……なんか怖い。
でも。
そこに涼也くんがいるなら――
ちょっと、行ってみたくなってる私がいる。
怖いより、興味が勝っちゃってる。いや、興味っていうか……なんだろ、これ?
しかも「鬼平の文庫本貸してあげる」って言っちゃったし!
せっかくだから、最初から読んでもらいたいし。
1巻だけじゃすぐ読み終わっちゃうよね・・・10冊くらい? 軽い軽い。ううん、軽くない。バッグぎゅうぎゅうだよ。
GPUも見てみたいし、どんなふうに研究してるのか、ちょっと気になる。
あれって動いてるときって、光るのかな?扇風機回って涼しいのかな?
……差し入れ、持ってった方がいいよね。
でも、あのおっきい友達(名前まだ知らない)がいるなら、彼だけに渡すのも変?
そしたら、ちょっと多めに作ろっか。
唐揚げはもちろん、特製のほうれん草入りの玉子焼きも絶対いるよね。
おにぎり何種類か作れば、見た目も豪華になるし!
なんてスーパーで考えてたら――
気づいたら、買い物カゴが満杯になってた。
さすがに、これはやりすぎ。
……ということで、冷静にカゴから食材を戻しました。
自分でもわかる。
私、ちょっと浮かれてるよね?
でも、浮かれたっていいじゃない。
研究とかAIとか、わかんないことだらけだけど――
なんか最近、大学生活がちょっと楽しい。
それってたぶん、あの「つゆだく男子」のせいなんだと思う。