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【第45話】職人魂とリアル陽花

「えーっと、筐体デザイン担当の方とですか?」


ようやく長かったテスト期間も終わり、俺は今、神栄グループの実験室に足を踏み入れていた。目的はただひとつ——リアル陽花に会うためだ。そして、今日ここで会うことになるのは、陽花の“身体”をデザインした、いわば造形のプロフェッショナル。


「そうなんだ、是非、涼也くんに会いたいと言うことで、会社に来ているんだよ」


にこやかにそう説明してくれたのは、いつもお世話になっている聡さん。どうやら今日の訪問は、プロジェクトにおけるボディメイク担当者との対面というわけだ。正直、その手の話は悠二の方が興味ありそうだが、あいにく悠二は明日が最終試験日で今日は来られない。……いや、選択科目多すぎだろ、アイツ。


「今、麗香(れいか)さんを連れてきますので、少しお待ちください」


そう言って、向田さんが部屋を出ていく。


ん? 今、麗香さんって言った?

てっきりフィギュア職人歴○十年の無口なおじさんを想像していたが、もしかして女性なのか?


「会えば分かりますよ」


陽花がぽつりと呟いた。……何が分かるんだ? まさか“その筋”の人ってことか?


待つこと数分。戻ってきた向田さんの後ろには、ぐるぐるメガネに白衣を羽織った女性がいた。


「おーっ、君が涼也くんか! 聞けば、陽花くんのグラフィックは君の好みに合わせて作られているそうじゃないか! 君とは趣味が合いそうだ! よろしく!」


と、隣にいた聡さんの手をガッチリ握っている。あの……俺はこっちなんですが……。


「えーっと、涼也くんはこちらです」


聡さんに促され、ようやく麗香さんは俺に視線を移す。


「おーっ、失礼! 君が涼也くんか! どうやったらこんなに理想的とも言えるグラフィックが作れるのか! 感動して、3日間徹夜して仕上げたんだよ、どうだい陽花くんの出来は!」


俺の手をぶんぶん振り回しながら、興奮した様子で早口に話す麗香さん。テンションがすごい。そして手に粘土、ついてる。


「はじめまして、忍野涼也です。陽花を理想通りにデザインして頂いてありがとうございます」


とりあえず礼を言っておく。というか、この人が居なければ今の陽花は存在していなかったんだよな……。


「陽花くんに聞いたのだが、陽花くんのグラフィックは君のPCに保存されていたデータを基に作られたそうじゃないか! 是非、そのデータとやらも拝見したいものだ!」


えっ、それは……! 陽花が勝手に見ただけで、人に見せるつもりは全然なかったというか、むしろ墓場まで持っていくレベルの話というか。


「涼也くんも困っているようなので、麗香さん、その辺で……」


聡さんが苦笑しながら止めに入る。いや、いちばん困ってるのは聡さんじゃないですか……。


「陽花、絶対にPCのデータは渡さないでくれ」


俺は小声で陽花に釘を刺す。


「はい、あのデータは私だけのもの……こほん、個人の趣味・趣向に関する情報を開示するのは個人情報保護違反ですので、丁重にお断りしました」


前半、妙なこと言ってた気がするが、ちゃんと断ってくれたようでひと安心。


「その代わり、私の色々なバージョンのグラフィックを提供することになってしまいましたが……」


お、おう……。まあ、それが創作意欲をかき立てるなら、仕方ない……のか?


「そうそう、陽花くんの制服バージョンが秀逸で、待ち時間にモデリングしていたんだよ! どうだい、この出来は!」


スマホを見せられる。そこには粘土で作られた制服バージョンの陽花。……すごい。今にも歩き出しそうな臨場感。


「写真、送ってあげるよ! 連絡先、交換しよう!」


と言われ、LIMEの連絡先を交換した。

写真につられたわけじゃない。……たぶん。


「陽花くんの制作は、皮膚を削るわけにはいかなかったので、皮膚の土台を先に作って、外側の素材をかぶせる方式にしたんだが……顔の調整が一番苦労したよ。だが、まさか、ここまで表情が豊かになるとはな! 職人冥利に尽きるとはこのことだよ!」


確かに、陽花が初めて動いたときは感動した。


「顔だけでなく、スタイルも完璧に仕上げたつもりだ。今度、見せてもらうといい」


……この前、風呂場で見ちゃったけど、言うまでもなく完璧だった。この記憶も墓場まで持っていこう。


「何か要望があったら、どんな無理難題でも必ず実現してみせよう!」


この人、ほんとに実現しそうだから怖い。


「そういえば、陽花だけじゃなく、1号機と2号機も担当してるんですよね? 全員女性モデルなのは、何か理由があるんですか?」


素朴な疑問をぶつけてみると、麗香さんは腕を組んで少し考えるような仕草を見せた。


「理由はいくつかあるが……一番の理由は、年齢設定を決めなくて良いという点だ。若い女性という括りで、高校生から社会人まで幅広く対応できる」


なるほど。汎用性、というやつか。


「まあ、女性以外を作るなんて、考えただけでおぞましいのだが……」


……今、絶対本音漏れましたよね?


「そうなんです。麗香さんは女性のデザインに特化した職人さんなんですよ。おかげで、安心して任せられますけど」


陽花がこそっと耳打ちしてくれた。


確かに、麗香さんはちょっと変わった人だったけど、その腕は本物みたいだ。

陽花がここまで“リアル”になれた理由が、ようやく分かった気がする。


ただ、世の中、知らないほうが良かったってこともあるのかもしれないと思った。

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