【第43話】秘密の共有と、ちょっとだけの勇気
『こんばんは!先輩!』
夜の静けさの中、LIMEにメッセージが届いた。送り主は天音ちゃん。何だろう、数学の質問か何かだろうか?
『こんばんは、どうしたの?』
すぐに返事を打つと、次のメッセージが飛んできた。
『実は、アルバイトをしばらくお休みすることになりました』
ああ、なるほど、受験が本格化してきたからだろう。辞めちゃうのかと思って少し驚いたけど、「お休み」と聞いてホッとした。
『受験が終わったら復帰して、できれば、大学生になっても続けたいんです』
それを聞いて、さらに安堵する。彼女はバイト先でもよく働いてくれているし、戻ってきてくれるなら助かる。
『じゃあ、希望の大学入れるように、しっかり勉強しようね』
とメッセージを送る。俺が教えられるのは数学ぐらいだけど、それでも何か役に立てれば嬉しい。
『はい、頑張ります!』
元気な返事が返ってくる。うん、実に天音ちゃんらしい。
すると、次の瞬間──
『そういえば、先日の朝、駅に行く途中でお見かけしました』
……え?
『もしかして、声かけてくれたのに、気づかなかったとか?』
と慌てて返すと、ちょっと間が空いてから返事が届く。
『いえ、ちょっと話しかけられなかったんですけど』
え……?
『難しそうな顔してたとか?』
何か考えごとしてて、話しかけづらかったのかな?
『いえ、楽しそうでした』
楽しそう?……って、まさか……!
あの朝──陽花と駅まで一緒に歩いたあのとき、まさか見られていたのか!?
『暑さで頭がやられてたとかかな?』と誤魔化してみるが、
『そういう訳じゃないんですが』
という返事がきて、これはもうダメだと確信する。
『ああ、あれね。あれは』
──と、途中まで打ったメッセージをうっかり送信してしまった。
「陽花だよAIの」って続けるつもりだったけど、これって、天音ちゃんに話しちゃ駄目なやつだよね。
『ごめん、何でも無い』
……我ながら、なぜこんな最低のごまかし方をしたのか分からない。しかし、返事はすぐ返ってきた。
『分かりました』
えっ、何故か分かってくれた? いや、これはスマホの向こうで誤解してる顔が見える気がする。
『もう、このことは聞きませんので』
いや、それ絶対に悪い方に誤解してるやつ!
「陽花!聞いてるか!」
スマホのマイクに向かって話しかける。頼む、ONにしててくれ!
『聞こえていますよ。どうしましたか?』
よかった……! 陽花の声が、スピーカーから聞こえてきた。
「天音ちゃんが、リアル陽花を見たみたいなんだけど、彼女にはアンドロイドのこと、話しても大丈夫かな?」
『スマホ版やPC版の私と話したことがあって、他人に話さないと誓約がとれている方には、話しても良いことになっています』
でかした、陽花! その確認が一番したかったんだ!
さっそく天音ちゃんに誓約をとる。
『天音ちゃん、今から話すことを誰にも言わないって約束できる?』
……返信がない。
しばらく経ってから、重い一文が返ってきた。
『覚悟はできました。誰にも話しません』
……何か、ものすごく大きな決意をさせてしまったような気がする。でも、これで誓約はとれた。
『朝、見たのって、俺の他にもうひとり居たよね?』
『はい、女性の方が隣に居ました』
やっぱり……!
『じつは、その女性は、AIの陽花なんだ』
──
……返事が、返ってこない。
まあ、無理もない。脳がフリーズしてるんだろう。
数分後、長〜いメッセージが一言だけ届いた。
『えーーーーーーーーーーーーーーっ!!!』
驚いてるのがメッセージ越しにも伝わってくる。
『どうみても、人間の女性にしか見えませんでしたけど、まさか、人間の脳に、陽花さんのAIを埋め込んだんですか!?』
そんな怖い話じゃない!日本じゃ絶対許可されないし、そんな技術はまだない!
『いや、あれは、人間にものすごく似せて作ったアンドロイドなんだよ』
と説明すると──
『でも、あの自然な笑いかた、歩く姿、ちょっとした仕草、どう考えてもロボットには見えませんでした!』
うーん、リアルすぎるのも、こういうとき困るんだよな。頭を外して見せるわけにもいかないし……
『神栄グループってあるでしょ、あそこが世界中の技術を結集して作ったんだよ』
『えっ、神栄グループですか?あの超大手メーカーの?確かにそれなら、可能なのかもしれません』
よし、少しだけ納得してもらえたっぽい。
『今度、本人に会わせるから』
『はい!ありがとうございます!ぜひ会いたいです!』
──こうして、天音ちゃんの誤解もどうにか解けて、俺はようやくホッと胸を撫で下ろしたのだった。
◆ ◆ ◆
ちょっと(かなり)びっくりしちゃったけど……涼也先輩の彼女じゃなかったんだ!!
勇気を出してLIMEしてみて本当によかった!
でも、あんな人間にしか見えないアンドロイドが存在してたなんて……しかも、そこに陽花さんのAIが入ってるなんて……。先輩たちって、本当に普通の大学生?すごすぎる!
しかもこの話、誰にも言っちゃいけないなんて……お母さんにも、茜にも内緒かぁ……
でも、そんなことより大事なのは──
先輩のお家に彼女さんがお泊まりしたんじゃなかったってこと!
お泊まりしたのは、アンドロイドの陽花さん……。
あれ?陽花さんが、お泊まり……?
……ええええええええーーーーーっ!?!?