【第324話】絶世の美女
「じゃあ、先輩私たちは午後の授業に行きますね」
「うん、じゃあ、また」
学食でお昼を食べた後、天音ちゃんたちと別れて、研究室に向かう。
「けっこう、感情が戻ってきたみたいだけど」
「涼也さんに関する感情は、なぜか生成されるようです……ですが、それ以外がまだ難しいかも知れません」
あれ?……全体的に良くなった訳じゃないのか……
「俺に関してだけ? 学食のおばちゃんには申し訳なさそうにしてたけど」
「それは、世間一般的な常識を踏襲しているだけで、感情からくるものではないと思います」
あっ、そうなのか……陽花本人の感情と、世間一般的な反応から学習したものとの区別がつきづらいな。
「そうなんだ……でも、それは別として、天音ちゃんと居ると感情が出やすくなるみたいだけど……」
「それは、危機感を覚えるからかもしれません」
「えっ、どういうこと?」
天音ちゃんが陽花に何かするとは思えないけど……
危機感ってどういうことだ?
「私の居場所が取られるのではないかと……」
「ん?……居場所?……陽花の?」
別に天音ちゃんと居るときも、陽花を邪険にはしてないよな。
「陽花とはずっと一緒に居るつもりだけど」
「そうです。涼也さんはそう言ってくださいます……三千花さんもです……ですが、他の方にはそう思っていただけないかもしれません」
「えーっと、三千花はいいんだ?」
「はい、三千花さんは特別です。三千花さんは私も一緒に居て良いと言ってくださいます」
まあ、三千花は陽花と仲良いもんな……
「でも、どうして? 天音ちゃんだって、陽花と俺が一緒に居てもいやだとは言わないでしょ?」
「それは、表立ってはそうだと思います……ですが、普通の女性でしたら、好意のある男性とは二人きりになりたいと思うはずです」
「それは、男女の仲っていうことだよね……そういう関係ではないと思うけど……」
「生徒として先生が好きとか、そういう感情だと思っていらっしゃいますか?」
「……そうだけど」
「もう、生徒と先生ではないのですよ、後輩として先輩が好きという言葉に置き換えてみるとどうですか?」
……いや、その表現にすると、男性として好きという意味が強くなってしまうな。
「……そう言われると、確かにそうなのかもしれないけど」
「家族として好き、友だちとして好き、先生として好き……そういった好きとは違うのではないでしょうか」
確かに、図星かもしれない。
先生と生徒という関係だったら、躊躇する理由があったけど、先輩と後輩という関係だったら、普通に恋愛対象として成り立つ。
これは、気をつけないといけないってことか……
「分かった、天音ちゃんとは二人っきりになったりしないように気をつけるけど、それだと、陽花の感情のことはどうなるんだ?」
むしろ、そこが解消されてしまうと、元に戻らなくなるんじゃ……
「おそらく、大丈夫です……そこはきっかけに過ぎませんので」
「ん? きっかけ?」
「はい……私は最初、三千花さんが現れたときに、涼也さんの中の私の居場所を奪われるのではないかと思いました」
……最初に、陽花がそれまでと違う反応をしたときか……それは覚えている。
「ですが、三千花さんは、研究している涼也さんを私も含めて好きになってくださいました」
なるほど、確かに、それは三千花だからそうなったのであって、他の人だったら「研究をやめて欲しい」とか「もっと私と一緒に居て欲しい」とかになってもおかしくないよな。
「まあ、それはそうかも」
「そして、今度は、自分の居場所はここで良いという安心感の中で、様々な感情が生まれました」
なるほど……自己主張してみたり、拗ねてみたり、それは自分の居場所が確保されているという状況の中での感情からくるものだってことか。
「ですから、大丈夫です……涼也さんが三千花さんを選んで、3人で……いえ、夕花も入れて4人でずっと一緒に居られる状況でしたら、元に戻れると思います」
もう、家族みたいなもんだってことだな……まあ、穂乃花ちゃんは大学卒業したら一緒には居られないと思うけど、三千花と陽花と夕花はずっと一緒に居るだろうな。
「分かったよ……じゃあ、もう心配しなくても、その内、感情は戻るってこと?」
「そうですね……でも、未だに涼也さんに女性が近づくと危機感を覚えますので、それが解消できないと安心はできませんが……」
……いや、それは、この1年がたまたまそうだっただけじゃないかな……それまではそんなこともなかったし、急に俺がモテるようになったとかいう要素もないんだから。
「それは、大丈夫でしょ、そんなに俺、モテ要素ないから……」
「そうでしょうか……絶世の美女を連れて歩いている時点で、モテる男だというフィルターがかかることもありますので……」
そう言って、微笑む陽花は本当に綺麗だった――
そんなこと言われたら「誰が絶世の美女だよ」とか軽口を叩くところだけど、それができない自分がいた。
……そっか、今の陽花はそうやって出来ていたんだな。
「そうだね、じゃあ、気をつけるよ」
素直にそう言ってみた。
「どうしたんですか? 否定されないんですか?」
「うん、だって、本当に『絶世の美女』だから……」
そう言うと、陽花は理解不能という感じで固まってしまった。
自分で言っといてこれだ……
(まあ、こういう負荷をかけるのは、良いのかもしれないな)
こういう、日常の積み重ねが陽花を作っていたのかもしれない。
「そういうところですよ……」
何となく、陽花の感情を元に戻す方法が分かった気がしたのだった。




