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【第279話】早耶ちゃんとホワイトデー

「ホワイトデー、なにか作ったほうが良いかな?」


 オーブンレンジも届いたことだし……


「どうしたの? お菓子作ったことあるの?」


 三千花が、当然の疑問を投げかけてくる。


「いや、もちろん無いけど……」


 もらったお菓子って、全部手作りだったんだよね……

 岬さんですら手作りだったし。


「私が代わりに作りましょうか? そうすれば手作りですよ」


「いや、俺の手作りじゃなきゃ意味ないんじゃない?」


「そうですか? 私が作れば、涼也さんが作ったみたいなものですよ」


 ……俺の影武者か何かなのかな?


 ゴーストライターならぬゴーストパティシエールとか?


 大体、どこかで買ってくるにしても、女性のパティシエが作ったものですら、ちょっと躊躇してしまう。

 ホワイトデーなのに、別の女の人が作ったお菓子とか多分もらいたくないんじゃないかな?


 まあ、髭面のパティシエが作ったお菓子も、同じ理由で却下だな。


「クッキーくらいなら、簡単に作れないかな?」


「そうですね、買ってきたクッキーを、小分け袋に入れてリボンをかけるくらいなら、簡単にできますよ」


「いやいや、それ、全く作ってないだろ」


 好きな女の子から手作りだって渡されたお菓子がそれだったら泣ける。


「せっかく涼也さんが手作りしてくれても、私は食べられませんので……」


 だからって、手作りしてないのを手作りだって言って渡すくらいなら、最初から買ってきたものを渡した方が良い。


 ……って、よく考えたら、陽花も手作りだって言って渡すとまでは言ってないか。


「大丈夫だよ、夕花も食べられないから!」


「そうでした、夕花もプリンをあげていましたね」


「えーっと、夕花は学校に持っていけるものがいいな……ハンカチとか」


 なるほど、それなら、似合いそうな柄のハンカチを選べば良いかな。


「じゃあ、ハンカチにするよ」


「そんな! 私がクッキー作りを教える話はどこに行ってしまったのですか!」


 いや、教える気なかったよね……


「陽花にも買ってくるから」


「本当ですか? それなら良いです。一生大事にしますので」


 アンドロイドの一生って何年ぐらいなんだろう……パーツ取り替えてたら永久に稼働し続けられるよな……途中でボロボロになっちゃう気がするけど……


「陽花はどんな柄が良いの?」


「なんで私にだけ聞くんですか?」


 いや、三千花とか夕花とかのは何となく選べるけど、陽花って何が好きなんだ?


「陽花って、あんまり自分の好みとか出してこないから」


「そんなことありませんよ、涼也さんに関連していれば何でも好きです」


 めちゃくちゃアバウトな答えきたな。


「俺に関連してるって、幅広すぎない?」


「そんなことありませんよ、コンピュータとか……三千花さんとか……」


「狭っ!」


 あと、本人の前で三千花をいれるのやめてくれ。


「そういえば、ダイオウグソクムシ好きなんじゃないの?」


「あれはぬいぐるみが可愛いから好きなだけで、本物のダイオウグソクムシがいても抱っこしたりはしません」


 まあ、そりゃそうか。

 田中さんが作ったぬいぐるみだから良いんだよな。


「良いや、じゃあ、陽花のは適当に選ぶとして、買いに行ってくる」


「ちょっと、私のは適当なんですか!」


 適当っていうのは「当てはまる」とか「適してる」とかの良い意味もあるんだけどな。

 ネットとかから学習すると、よく使われている「いいかげんに」とかの意味を先に拾っちゃうのかな。


 拗ねる陽花は放っておいて、ハンカチを買いに行くことにした。


* * *


 そういえば、早耶ちゃんは遠いから先に連絡しておかないとな。


『今日、ホワイトデーでお返しを渡そうと思うんだけど、どっかで会える?』


『もう買ってあるの?』


『いや、これからだけど』


『じゃあ、私が見てあげようか?』


『えっ、いいよ、自分で選ぶから』


 なんだろう、俺が選ぶのって、そんなに心配?


『口出しするつもりはないけど、ほら、女の子ってコオロギとかもらっても嬉しくないんだよ』


 ……いつの話だよ。

 たくさん捕まえたから分けてあげよう思っただけだろ。


 小学校に入る前は、一緒に虫取りとかしてたのに……


『だいたい、コオロギ柄のハンカチとか無いから』


『ハンカチにするんだ。涼くんにしては良いチョイスだね』


 いや、俺というより夕花の案だけどな……


『新宿で買おうと思ってるんだけど』


『今、御茶ノ水だから、すぐ行けるよ』


 自宅から来るなら、時間かかるならいいって言おうと思ったけど、御茶ノ水か……それなら、こっちから新宿行くのと同じくらいだな……大学でも行ってるのかな?


『分かった。じゃあ、新宿で』


『ちゃんと、三千花ちゃんには許可とるから安心してね』


 三千科から許可が下りないことは、まず無い。


 こうして、早耶ちゃんとホワイトデーのお返しを買いに行くことになった。


* * *


「ごめん、待った?」


「ううん、私も今着いたところ」


 そう言う早耶ちゃんは、ライトブルーの膝丈のワンピースに白のロングカーディガン、ウェーブのかかった髪とのコントラストが眩しい。


 少しヒール高めの春っぽいサンダルと、大学に行くような荷物は入らなそうなハンドバッグ……明らかにデートコーデだよな……


 もしかして着替えてきた?

 いや、そんな時間は無いはずだ。


「どうしたの?」


 俺が固まっていると、不思議そうに聞かれた。


「い、いや、その格好で大学行くのかなと思って……」


「御茶ノ水に居たのはそこまで定期があったからだよ、涼くんは絶対ホワイトデーのお返しを手渡ししてくれると思ったから」


 読まれてたか。


「まさか、まだ買ってないとは思わなかったけど……」


 ……ってことは、俺と会うためにおしゃれして来てくれたってことになるな。


「いいよ、”都合のいい幼馴染”として、いつでも呼び出して……」


「ちょっ、早耶ちゃん、こんなところで何言い出すの!」


 通りかかったカップルの彼氏が「都合のいい!?幼馴染!?」みたいな感じで驚いてる。


「こんなことでいいなら、いつでも来るよ」


 めちゃくちゃ積極的な早耶ちゃんと並んでデパートに向かった。


 これって、デートじゃないのか? あるいは浮気?

 そう思ったけど、三千花の許可は下りているので、それ以上何も考えないことにした。


* * *


「今って、ハンカチだけでもこんなにあるんだね」


「まあ、時期的にもそれだけ売れるってことかな」


 これだけ売り場が充実してるってことは、ホワイトデーにハンカチっていうのも意外と多いのかもしれない。


「ほら、この桜のハンカチなんか、刺繍になってて、すごい綺麗だよ」


「う、うん、でも、桜の木は……」


 あれっ、早耶ちゃん桜嫌いだっけ?


「桜、駄目だったっけ?」


「えーっと、小学生の時、桜の木に毛虫が大量発生したときあったでしょ」


 あーあの時か……


「それで嫌いになった?」


「桜は嫌いじゃないんだけど、涼くん、”俺がつかまえてやる”って、桜の木に登ってお箸で毛虫捕まえたでしょ」


 そういえば、そんなこともしたっけ……先生も、「大丈夫? 危なくない?」とか言いながらも、採って欲しそうにしてたけど。


「うん、捕まえたね」


「その時、ビニール袋いっぱいになった毛虫を涼くんが私にパスして、私、下でそれ受け取ったんだよね」


「そ、そうだっけ?」


「涼くんと桜の木を見ると、その時のビニール越しの毛虫の感触を思い出しちゃって……」


「ご、ごめん!……木の上から投げて、正確にキャッチしてくれる人、早耶ちゃん以外思いつかなくって」


 先生とかに投げたら、絶対、受け取れなくって、中身でちゃうと思ったような気がする。


「あの後、木に登って毛虫捕まえるの禁止になって……『お前らのことだ』って笑われてたよね」


 ……小学生の俺、ひどいな……なぜ、そんなことされて嫌いにならないんだ。


「私を信頼して投げてくれたのは嬉しかったんだけど、毛虫の量が……」


 そうだな、10匹、20匹っていうレベルじゃなくて、100匹近く捕まえたもんな。


「ごめんなさい、桜のハンカチは買いません」


「うん」


 ――思いっきり口出してる気がするけど、原因が小学生の時の俺だから、何も言えない……


 まあ、気を取り直して選ぶか……


「あっ、手ぬぐいの生地のハンカチがある……柄は大正浪漫……これ、三千花に良いかも」


「それは合格」


 合格があるってことは、不合格もあるんだよね……


「三千花ちゃんのを最初に選んだところが合格」


 採点基準はそこか……


「柄とかは?」


「それは口出ししない」


 そーですか……そこは俺のセンスで選ぶしか無いんだ……


「――あっ、スミレのハンカチ……早耶ちゃんスミレ好きだったよね」


「……覚えててくれたんだ……それも合格」


 良かったー、これで少なくとも早耶ちゃんのは大丈夫だ。


「覚えててくれたことが」


 えーっ! 柄は駄目ってこと!?


「うそだよ、涼くんが選んでくれたハンカチだったら嬉しいに決まってるでしょ」


 なんだ、びっくりした……じゃあ、これで決まりだな。


「ほら、どんどん選んで」


 はいはい、分かりましたよ。

 送る相手のことを想いながら選べば良いんだよね……


 ――それからは順調に選ぶことが出来た。


 やっぱり、俺のことよく分かってるな……口出しはされなかったけど……幼馴染としてのヒントは大いに役に立った。


* * *


「じゃあ、涼くん、ハンカチありがとう! 大切に使うね」


「こちらこそ、一緒に選んでくれてありがとう」


「私は選んでないからね……そこは間違えちゃ駄目だよ」


「あ、そっか、うん、分かった」


「じゃあね、また何かあったら連絡して……バイバイ!」


「ああ、何かあったら……じゃあ、またね」


 足早に立ち去る早耶ちゃん……

 後は、これをみんなに渡すだけだな。


* * *


 ――家に帰って、みんなに渡すと、


 三千花は、「あっ、私、この模様好きなの! 生地もこれ……手ぬぐいの生地! 大正時代みたいで素敵……ありがとう!」と、ほぼこちらの思惑を見ただけで分かってくれた。


 穂乃花ちゃんは、「えっ、私なんにもあげてないのに、いいんですか? あっ、かわいい花柄のハンカチ……来年お菓子作れるように頑張ります!」と何やら宣言された。


 夕花は、「あっ、これ、レッサーくんだ! ありがとうお兄ちゃん! 学校に持っていくね」とレッサーパンダのハンカチを大切そうにしてくれた。


 陽花は……


「私は……ひまわりですか? これはどういう意味でしょう?」


「それは、陽花の名前は太陽の花っていう意味で付けたから……太陽の花って言ったら、ひまわりでしょ」


「なるほど、そうだったんですね。太陽の花でひまわり―陽花―そんな意味があったなんて……ありがとうございます! ハンカチも名前も大事にします!」


 やっぱり、気持ちを込めたプレゼントなら伝わるんだな。

 陽花にもちゃんと伝わって良かった。


* * *


「先輩、どうしたんですか急に? 夕飯食べていきますか?」


 天音ちゃんのうちに行ったら、そう言われた……もう家庭教師してないんだから、夕飯はご馳走になれないな、さすがに。


「いや、夕飯は大丈夫だけど、これ、ホワイトデーだから……お菓子じゃないけど」


「ありがとうございます!……あっ、ハンカチ! すごく大人っぽいですけど、私、もっと子供っぽく思われてるかと……」


 天音ちゃんには赤とピンクと紺のタータンチェックのハンカチを選んだ。


「えーっと、4月から大学生だから、これからは大人っぽい方が良いかなと思って」


「あ、そうですね、そっか、分かりました。先輩の横に居ても恥ずかしくないような大人の女性になります!」


 ……それじゃ、俺のほうが子供っぽく見られちゃうような気がするけど。


「大学生になってもよろしくね」


「はい、そうですね、バイトの先輩から、大学の先輩に格上げですね、こちらこそよろしくお願いします! ハンカチ大切にします!」


 大人っぽくなっても、元気さは天音ちゃんのままでいて欲しいな。


「それから、江の島もよろしくお願いします」


 あっ、そうか、次は江の島か……


「じゃあ、8時に駅に集合で」


「はい、楽しみにしてます!」


 天音ちゃんとの関係は家庭教師が終わっても続くな……


 まあ、あんまり勘違いしないように気をつけよう。


* * *


「どうした、少年、今日はシフトじゃないだろ」


「岬さんにも、これ、ホワイトデーなので、これあげます」


「なんだ、トリュフチョコ1つに、こんなお返ししなくても良かったのに……なにっ、これは本命手作りウイスキーボンボンじゃないか」


 いやいや、ウイスキーボンボン手作りとか難易度高すぎる。


「違いますよ、どう見ても食べられないでしょ」


 それに、トリュフチョコ1個だけくれた人に、本命のお返しはしないだろ。


「ハンカチか……なんと、世界のお酒コレクションハンカチ……こんなのがあるとは」


「あまりにも岬さんっぽかったので、どうしても渡さなきゃと思って」


「ビールに日本酒、ウォッカ、ジン、ラム、おお、マッコリもあるぞ、飲んだことあるのばっかりだけど」


「あんまり、飲みすぎてバイト休まないでくださいよ」


「大丈夫だ、二日酔いでもバイトにはくるから」


 ……迷惑過ぎる、その状態で、通常の時給もらうとは。


「迷惑なので、休んでください」


「まあ、二日酔いになったのは、ウォッカ空けたときくらいだから、問題ないだろ」


 うーん、本当に大丈夫なのかな……


「ありがとう、せっかくだからコンプリートさせてもらうよ」


 コンプリートって、ここに書いてあるお酒全部?


 それは、飲んだことの無いお酒だけ? それとも最初から全部?


 なんか、恐ろしいものを渡してしまったような気がする。


 でも、まあ、みんな喜んでくれたようで、良かった。


 早耶ちゃんに感謝しつつ、胸を撫で下ろすホワイトデーだった。

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