【第278話】初ドッジボール
「あーあ、またこの時間か……」
「どうしたの夕花ちゃん? あっ、次の時間体育だからか……でも、今日は大丈夫だよ、なんたってドッジボールだから!」
「えっ、ドッジボール? 授業で?」
「そうだよ、みんな楽しみにしてたんだから! 夕花ちゃんもやろうよ!」
でも……ボールが当たったら壊れちゃうだろうな……
「えーっと、外野の端っことか、ボールのこないところある?」
見学しててもボールが飛んでくることはあるのだ。
それなら、外野の片隅で、いつでも避けられる体制でひっそりとやり過ごしたほうが良い。
「外野かー、夕花ちゃんも通だね」
どうやら、外野からボールを当てる狙撃手のようなポジションを期待されているらしい……
「ううん、なるべく一回もボールにさわらないで終わりたいんだ……」
「そ、それは、見学と同じ……そんなことないか! 夕花ちゃんと一緒にドッジボールやりたい! それでも良いから出て!」
香菜ちゃんの必死のお願いを受けて、今日ぐらいは体育に参加しようと思うのだった。
* * *
「はい、今日は全員でドッジボールをやります! みなさん、ルールは大丈夫ですか?」
「「「「はーい!」」」
「それでは、出席番号が偶数の人と、奇数の人でチームを作ってください。偶数と奇数はみなさん分かりますよね」
なるほど、算数で習ったことも使うのか……えーっと、出席番号は一番最後の26番だから、偶数のチームだね。
「あっ! 夕花ちゃんもこっちのチームなんだ! 頑張ろうね!」
良かったー、香菜ちゃんと同じチームだ!
香菜ちゃんと戦わないといけないとか、それだけはいやだったから、安心した。
だって、香菜ちゃんの投げるボールが当たったりしたら、一発でパーツが破損して、メンテナンス室送りだ。
味方になってくれて本当に嬉しい……物理的にも……
「うん、足引っ張るかもしれないけど、お手柔らかにね」
「味方なんだから、言われなくてもサポートするよ……相手チームには達也がいるから、一緒にやっつけようね」
達也の投げるボールに当たらないようにするとかじゃなくて、やっつけるんだ……
でも、香菜ちゃんなら倒せるかもしれないね、頑張れ!
「――それでは始めます! じゃんけんに勝った偶数チームのボールからですよ」
先生が偶数チームにボールをパスしてくれて、試合が始まる……頑張れ! こっちにボール来る前にやっつけちゃえ!
「いっけぇーっ!」
香菜ちゃんの体重の乗ったボールが相手の内野の男子に突き刺さる……あれは佐藤文太くんか……かわいそうに、一撃で外野にチェンジだ。
「俺が投げる! さわんな!」
内野に転がったボールを達也が味方を蹴散らして拾いに行く。
いくらボール投げたいからって、それはないんじゃない。
「うおらーっ!」
香菜ちゃんを狙ったボールは、少し高めに浮いて、香菜ちゃんに簡単にかわされてしまう……
「さっきのうらみーっ!」
今度は外野に転がったボールを文太くんが取って、またもや香菜ちゃんを狙う……
男子二人で女の子を挟み打ちにするなんて、ゆるせない!
……と、思ったら、文太くんの投げたボールがこっちに転がってきた。
「夕花ちゃん! こっちにパスして!」
佐藤亜紀ちゃんが、ボール回しを要求してくる。
どうせ、外野に徹するつもりなんだから、パスして渡しちゃおう。
そう思って、山なりのボールを亜紀ちゃんに投げると……
「インターセプト!」
と、奇数チームの佐藤千佳ちゃんがそのボールを奪い取るためにジャンプした。
しまった! 読まれてたか!
……それにしてもこのクラス、佐藤って苗字多いな。
と、思ったが、後で聞いたら、他のクラスにも2、3人ずつはいるらしい。
それで、みんな苗字じゃなくって、名前呼びなんだな……ちなみに、名前が同じ子は一人もいないように、クラス分けされてるらしい。
「あっ、しまった! 届かない!」
千佳ちゃんの指に少し触れたものの、さすがに小学生の身長ではボールに完全には届かず、無常にもそのボールは、外野に転がってしまう。
「千佳さんアウト! 夕花さん入って!」
先生が、千佳ちゃんのアウトを告げる……えっ、もしかして私が入らないといけないの?
言われるままに内野に入ったが、敵陣の達也と目が合った。
ニヤリと笑う達也……コイツ、勝負する気だ。
「夕花ちゃん、ナイス! 一緒に頑張ろうね!」
香菜ちゃんに励まされるも、どう頑張れば良いのか……一回でもボールに当たったら壊れちゃいそうだし、逃げ回ってたらバッテリーが切れちゃいそうだし……
そうは言っても、達也と文太くんの挟み撃ち作戦に、一人、二人と減っていく偶数チーム。
最終的に残ったのは、香菜ちゃんと私の二人だけだった。
どうやら、香菜ちゃんが攻撃を引き付けてくれて、逃げやすくしてくれてるみたいなんだけど、狭いコートの中を走り回ってるだけとはいえ、バッテリー消費が激しい。
「チャンスだ! もらったー!……あっ、やばっ」
達也が、香菜ちゃんに向かってボールを投げる……が、一瞬、香菜ちゃん越しにこっちを見たような気がしたと思ったら、なぜか体制を崩したみたいで、いつもより力のないボールになった。
香菜ちゃんの後ろには私がいる……香菜ちゃんは避けるのを諦めて、正面からボールをキャッチしにいった。
「こんなへなちょこボール! キャッチしてやる!」
そう言って、両手で掴んだボールは、へんな回転が付いていたのか、無常にも香菜ちゃんの手から弾かれて、コートに転がった。
「香菜さんアウト! 外野へ!」
先生の無情なジャッジで、内野は私一人になってしまう……えっ、どうしたらいいの?
転がったボールを拾うと、香菜ちゃん「ごめん!」って、手を合わせてる。
違う。
香菜ちゃんは私がいたから、避けずにボールを取ろうとしてくれて……
達也めー、大事な香菜ちゃんをアウトにするとは……ゆるせん!
「どうせ、夕花のことも挟み撃ちにするんでしょ」
「い、いや、そんなことは……って、最後の一人なんだから、当たり前だろ!」
達也がいたら、また挟み撃ちにされて、ボールを当てられて壊れちゃうんだ……
それなら!
「香菜ちゃんに代わって、やっつけてやる」
内野に転がってるボールを拾う。
「えっ、ちょっ、待って……」
「問答無用ー!」
さっき、ネットで調べた全身を使ってボールを投げる方法……体を後ろに反らしたら、後ろ足から前足に体重を乗せながら、体の回転もプラスして……
「いっけーっ!」
右手から回転を付けて放たれたボールは、ホップしながら、一直線に達也の顔面に……
パッカーーン!
と、命中した。
「えっ、やったの?……あれっ、でも、バッテリーが……」
ボールはホップしすぎておでこに命中したみたいで……達也はそのまま、後ろに倒れてしまった。
そして、当の私もバッテリー切れで、コートに倒れてしまった。
「た、大変! だれか保健室に!」
「えっ、先生、ど、どっちを?」
「両方! 二人とも保健室に!」
――こうして……初の体育の授業は、保健室送りで終わった。
* * *
「すみません、夕花が、ご迷惑をおかけして……」
「ごめんなさい、やっぱり体育は無理だったのね、こちらこそ見学させてあげていれば良かったのに……」
お兄ちゃんが迎えに来てくれた……今日は早退だ。
「ほら、夕花、おんぶしてあげるから、ランドセル背負って」
「うん、お兄ちゃんありがとう……ごめんね、迎えにきてもらっちゃって」
「まあ、今日は出かける用事無かったから大丈夫だよ、家に帰ってゆっくりしよう」
そうだね、ちゃんと充電しないと……
「夕花さん、大丈夫かしら」
「大丈夫ですよ先生、怪我じゃなくて体力切れみたいなので」
ボールがぶつかったとかはなく、普通にメインバッテリーが切れただけだってことは、お兄ちゃんにメッセージを送ってある。
「本当にごめんなさいね、ドッジボールなら少しくらい参加しても大丈夫だと思ったんですけど、あんなに活躍するなんて思っていなくて」
私だって外野でひっそりと過ごそうと思ったのに……むしろ、こっちがごめんなさい。
結局、達也はすぐ起き上がったんだけど、何が起こったのか分からなくて、しばらくぼーっとしてたらしい。
私も意識はあったし、ゆっくりなら歩けるから、香菜ちゃんが肩を貸してくれて、保健室のベッドまで連れてきてもらった。
香菜ちゃんに「勝てなくてごめんね」って言ったら、「そんなことないよ、達也を倒したんだから、みんな勝ったときより喜んでたよ」って言ってくれてた。
「じゃあ、すみません、先生、連れて帰ります」
「気を付けて、夕花ちゃんしっかり休んでくださいね」
「はい、先生、しっかり休んで、ちゃんと学校来れるようにします」
本当は、早退もしたくなかったけど……お兄ちゃんに連れて行ってもらわないと帰れないから仕方ないよね。
初めての体育はリタイヤ、そして早退に終わった。
* * *
「へー、ドッジボールやったんだ」
「そうだよ、それで、達也が香菜ちゃんを倒しちゃって……お返しに、思いっきりボールぶつけたら、バッテリーが切れちゃって……」
「そ、そうなんだ……その達也っていうのも、女の子にボールぶつけるなんて酷いな」
お兄ちゃんの背中に揺られてると、いい気持ちだ……それに、お兄ちゃんの良い匂いがする。
本当は、最後まで授業受けたかったけど、たまにはこういうのも良いか。
「まあ、でも、へなちょこボールだったけどね……それで香菜ちゃん上手くキャッチ出来なくて……」
「そっか、女の子だから加減してくれたのかな?」
「そんなことないよ、他の子にはバンバンぶつけてたし……」
あれっ、やっぱり達也は、香菜ちゃんのこと好きなのかな、それで加減しようとしたら、バランス崩しちゃったのか。
なんだ、無理してやっつけることなかったのかも……
気が抜けちゃったので、落っこちないように、もう一度お兄ちゃんにしがみつく。
「うげっ、ちょっと、くるしいんだけど」
「可愛い夕花が抱きついてるのに、くるしいって何? お兄ちゃんサイテー」
そう言いながらも、さらにギューッと抱きつく。
ずっと、こうしてたいなー。
おんぶされての早退――
涼也お兄ちゃんに、好きなだけ甘える夕花だった。




