【第273話】タマゴの中身
「おお、綺麗に片付いているじゃないか」
麗香さんが部屋を見回して、感心したように頷いた。
まあ、あの後、陽花と夕花が徹底的に掃除してくれたからな。
正直、クリーニング業者に頼むより綺麗なくらいだ。
「一応、荷物は全部運んじゃったので、生活に必要なものとかは一切残ってませんけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、これを運んでくれれば」
そういって指差した先――
ワンボックスカーの中には、大量の段ボール箱が積まれていた。
「えーっと……ちょっと筋肉痛なんですけど」
「そうか、じゃあ、昼は焼肉でも食べるか。いくらでも奢るぞ」
いや、焼肉じゃ筋肉痛は治らないと思うんだけど……
――と思ったものの。
結局、焼肉の誘惑には勝てず、段ボール箱は全部運ぶこととなった。
* * *
「テーブルとか、椅子とか、必要な家具は新しく購入したから、それが届いたら簡単なメンテナンスくらいは出来るようになるぞ」
「どおりで重いと思ったら、電子機器が入ってたんですね、あの段ボール」
俺が腕をさすりながら言うと、麗香さんは苦笑した。
「伊豆もたまには良いんだが、行きっぱなしと言う訳にもいかなくてな、移動も考えて、近場で籠もれる場所が欲しかったところだったんだ」
「まさか……ここに籠もるつもりなんですか?」
「いや、その最初からそのつもりだが」
さも当然という顔をする麗香さん。
うわー、麗香さんが隣人とか、どうなんだろう……まあ、基本引きこもってると思うから、実害はないか……
「まあ、じゃあよろしくお願いします」
「可動部分のテストとか、正直、一人でマニュアルを読みながら動かすのは大変だったんだよ、よろしく頼むぞ」
「えっ、それってもしかして俺がやるんですか?」
「当たり前だろ、夕花の筐体なんだから……まあ、バイト代は出るから、タダ働きにはならないぞ」
バイト代出るのか……それならやろうかな?
正直、家庭教師のアルバイト終わっちゃったから、最近は金銭的に苦しい。
「どういう作業なんですか?」
「ほら、関節を動かしたりしたときに、人間の皮膚と伸び縮みの仕方が違うと不自然だろ、だから、曲げ伸ばしした状態で人間と同じ見た目になるように、皮膚の厚さを調整したりするんだ、そのサポートだな」
そこまでやってるのか……確かに、陽花とか夕花が関節を動かしたときに違和感が全く無いとは思っていたけど、そんな地道な作業をしていたとは。
「麗香さんの指示通りに、関節を動かしたりすれば良いんですか?」
「その通りだ、さすがに話が早いな……まあ、ノートパソコンでも出来る作業だ」
4年生は授業も少ないし、就職活動は、ひと先ず神栄グループだけ考えればいいから、結構手伝えるかもしれないな。
「分かりました。やります」
「おお、ありがとう! これで夏までに間に合いそうだ」
いやそれ、俺が断ってたら、夏までに終わらなかったってことだよな。
まあ、麗香さんのことだから、時間の許す限り、妥協無く調整し続けてしまうんだろうけど……
「じゃあ、そろそろ車借りても良いですか?」
「そうだな、部屋を片付けてるから、その間に行ってきてくれ」
「でしたら、私が残ります。お引越しの方は夕花が分解しますので……もし、私が片付けたほうがよければ、2回目に行きますね」
なるほど、とりあえず夕花を乗せていって、分解できるものをバラしてもらっちゃえば、後は運ぶだけか。
じゃあ、麗香さんの部屋の片付けは陽花に任せるとしよう。
「了解、そしたら行ってきます」
「ああ、近いとはいえ気を付けるんだぞ、荷物をたくさん積むと後ろが見えないからな」
おお、まさか麗香さんから心配してもらえるとは……こりゃ安全運転しないと駄目だな。
――この後、めちゃくちゃ慎重に3往復して、三千花の部屋の荷物を全部運んだ。
* * *
「うわー、筋肉痛が痛い」
「それを言うなら、筋肉が痛いでしょ、お兄ちゃん」
的確なツッコミを入れてくれる夕花……
でも、筋肉痛が更に痛くなった感じがするから、体感的には筋肉痛が痛いで正しいんだよな。
「重いものは全部運んでくれたんだから、少し休んだら?」
三千花がそう言ってくれる。
「それはそうなんだけど、ちょっと気になることがあって」
「気になること?」
それは、麗香さんの荷物の中にあったタマゴ型のケース……あの大きさからすると、中に何が入っているかの見当はついた。
――夕花の新しい筐体。
うーん、せっかく運んだんだから、開けるところを見てみたい。
「それって、夕花の新しい筐体でしょ、うわー、お兄ちゃん夕花の体に興味あるんだ」
いやいや、まだ夕花は入ってないだろ……まあ、夏になったら夕花の体にはなるんだろうけど。
「せっかく、重いのを我慢して運んだんだから、最初に開けて見てみたくなるだろ」
「ちょっと、レディーに向かって重いって、失礼極まりないよお兄ちゃん!」
まだ一回も入ったこと無い筐体なのに、よくそこまで感情移入できるな……
とはいえ、女の子に「重い」は確かに失礼なので、そこはフォローする。
「ごめん、ツルツルしてて持ちづらかったから、重いような気がしただけかも」
「もう、重い重い言わないでよ、せっかく楽しみにしてるのに、体重気にしちゃうでしょ」
今より軽くなるわけ無いんだから気にする必要ないんじゃない?
それに、あの重さって、バッテリー増量されてると思うから、稼働時間が長くなんじゃないかな。
「いいよもう、早く見に行こ!」
あっ、夕花も見に行くんだ。
――というわけで、みんなで麗香さんの部屋へ向かうことになった。
* * *
「お、だいぶ片付いてる」
さすが陽花が手伝っただけあって、食器とか調理器具とかは綺麗に収納されてる。
しかし、こんなの入ってたのか、重いわけだ……
……が、残った残った段ボールとは別に、ひと際異彩を放つ物体があった。
巨大なタマゴ。
「これって、夕花の新しい筐体が入ってるんですよね」
「ああ、そうだぞ。いいケースだろ」
いや、いいケースっていうか……
めちゃくちゃ気になるやつだろ、これ。
絶対に開けてみたくなるやつだ。
「どうやって開けるんですか?」
「下の方を押さえて、上の方を反時計回りに回せば開くぞ」
……めちゃくちゃアナログな開け方だった。
「そんな顔するな……ボタンひとつで開けられるんじゃ、移動中に突然開いちゃったりして困るだろ」
まあ、確かに。
ねじ込み式なら、安全ではあるな。
「えーっと、じゃあ、こっち向きに回して……」
上半分をくるくる回していくと、接合部分が外れた。
少しドキドキしながら、蓋を開けると――
そこには、体育座りでうずくまる全裸の少女が居た。
「…………」
すぐに蓋を閉めるが……
「お兄ちゃんのエッチ……」
夕花がジト目でそう言った。
「あー、そうだった、直前まで全体のチェックをしてたからそのままだったか」
麗香さんがこともなげにそう言う。
これって、俺のせいなのか?
「この前、私の裸も見ましたからね……次は三千花さんですか?」
「えっ、私!? それは……えーっと……やっぱりダメ!」
今、ちょっと迷ったよね……
もしかしてもう少し押せば、許可がでたんじゃ――
「お兄ちゃんサイテー」
そんな俺の考えを呼んだかのように、夕花が冷たい視線を向けてくる。
俺はタマゴ型のケースを、もう一度閉め直して、そそくさと部屋を後にした。
――ちなみに、夕花は今の自分の体ではなく、まだ自分が入っていない体の方を見られたのが嫌だったみたいだ。
……女心は分からないな。
そして、そんな夕花の葛藤をよそに……
また、隣人が増えてしまうのだった。




