【第272話】急遽引っ越し
「綾花から合格したって連絡あったわよ」
三千花がスマホを見ながら言った。
「良かったね、これで全員決まったのか」
俺がそう返すと、三千花は嬉しそうにうなずく。
「そうね、大変だったわね、陽花ちゃんも夕花ちゃんも色々ありがとう。助かりましたって書いてあるわ」
「綾花お姉ちゃんのお世話したのは、夕花じゃ無くて陽花お姉ちゃんでしょ?」
夕花が首を傾げる。
「そんなことないですよ、夕花も家事を手伝ってくれてましたから」
「えーっ、あんなので良ければ、いつでもやるよ」
まあ、アンドロイド的には「面倒くさい」という概念はないのか。
バッテリーが残っていれば、じっとしているより何かしてた方が、学習データも増やせるからな。
「二人ともありがとう。後は穂乃花ちゃんが卒業して、こっちに引っ越してくるのを待つだけか」
俺が言うと、三千花が思い出したように言った。
「でもその前に、私の荷物も運ばないといけないわね」
そうか、俺の荷物は、ちょっとずつ運べばいいけど、三千花の荷物は一気に運ばないと駄目だな。
「どうやって運ぼうか? トラック借りたほうが良いのかな?」
さすがにマニュアルは運転できないけど、オートマなら何とかなるかもしれない。
「大きいのはタンスと本棚くらいね、それが乗っちゃえば、後は何回かに分ければ良いかしら」
「タンスは意外とコンパクトサイズでしたので、普通のワンボックスカーにも乗せられますね、本棚も分解すれば運べると思いますよ」
「じゃあ、夕花が分解するね」
陽花と夕花のサイズ感は、ミリ単位で正確だからな、採寸しなくても分解して入るって言うなら間違いないだろう。
「距離は遠くないし、何回か往復すれば良いか。ワンボックスカーなら麗香さんのを運転したことあるから大丈夫かな」
そういえば、麗香さんと全然連絡取ってないな。
夕花の新しい筐体のこと話したっきりになってるけど、ちょっと連絡してみるか。
そう思って、連絡してみたら、秒で返事が返ってきた。
『引っ越したら、会社が借りることになる部屋に、道具を置かせてくれ』
どうやら、引っ越した後、今の部屋を会社で借りてくれるという情報は知ってるみたいだ。
でもそれなら、俺の部屋の荷物は先に運び出さないといけないな。
『先に荷物を移動しちゃうので待ってください。三千花の荷物も運び込まないといけないので』
『荷物を運ぶとき車で行くから使ってくれて構わないぞ』
うーん、どうしよう、俺の荷物だけ移動しちゃえば、麗香さんの道具は運び込めるんだよな……その足で車を借りて、三千花の荷物を持ってきちゃうか。
『じゃあ、俺の荷物は移しておきますから、車で持ってきてください』
――ということで、引っ越しが予定より早まってしまった。
* * *
「とりあえず、ベッドはバラバラにしたから、運んでいいよ」
「ベッド先に運んじゃったら、後から机が入らなくない?」
「あーなるほど、確かに! お兄ちゃん凄いね」
「いやいや、普通だろ」
何をどこに配置するかはシミュレーション出来ても、入れる順番は考えて無かったってことか。
図面に配置するのは得意でも、先にベッド入れちゃったら、奥に机が入れられなくなるとかいう時系列的な考えは、すぐには出てこないんだな。
先に行っておけばそういうアルゴリズムで考えるけど、その辺の常識がすっぽり抜けてるっていうか、やっぱりそういう事例を学習する必要があるってことか。
「タンスは引き出しを一つずつ運べば、中身が入っていても大丈夫ですか?」
「まあそうだね、プラスチックのタンスだから、運べると思うよ……途中まで引き出してストッパー外せば出せるから」
「ここですね……出せました!」
「あーっ! そこはダメー!」
三千花が叫んだが、遅かった。
そこは、三千花と陽花と夕花の服を入れるために貸していた引き出し。
……つまり、本来男の部屋には無いはずの服が……特に下着が……丸見えだった。
「ごめんなさい、つい、いつも使っている引き出しを開けてしまいました」
陽花が素直に謝るが……
「見た?」
三千花は俺に聞いてきた。
「い、いや、見てない」
三千花に問い詰められて、そう答えてしまう。
うーん、ちらっと「D」という文字が見えた気がするけど……何で男って、一瞬でそういうのが目に焼き付いちゃうんだろう……しかし、意外と大きいんだな……
その上、白とか、ピンクとか、水色とかカラフルなものが見えた気が……見たこと無かったら気にならなかったけど、一度見てしまうと気になっちゃうな。
「別に、お兄ちゃんなら見てもいいよ」
「私も特に気にしませんよ、この前メンテナンス室で裸も見られましたし」
おいおい、このタイミングで火に油を注ぐんじゃない。
「見たの?」
三千花の目が細くなる。
「いや、背中だけだから! 背中開けないとメンテナンスできないんだよ!」
「そうですね、下着は火花がでたときに燃え移るといけないので外していますし……」
「そうなんだ……」
三千花のジト目が痛い。
いや、それって、安全上の配慮なんだけど……耐火シーツをかけてるから、前は見えないし……
……これって、俺が悪いの?
結局その後、俺は無心で運ぶ人になった――
* * *
「終わったー」
思わず、床に座り込む。
同じ階での平行移動とはいえ、何往復したんだろ。
普段バイトでビールケース運んで鍛えてるつもりだったのに、これは筋肉痛になりそうだ。
食器や調理器具とか、洗面所やお風呂あたりの小物は三千花と陽花も運んでくれたから、重い物ばっかりだったっていうのもあるのか。
まあ、小物まで全部運んでたら、それこそ何十往復するんだってことになるから助かったけど。
それと、バラしたり組み立てたりとか、配線とか全部やってくれた夕花の働きがけっこう大きかった。
あれ全部やってたら、日が暮れちゃってたし、部品が混ざってどれがどれか分からなくなるからな。
「みんなありがとう。おかげで一日で全部運べたよ」
「そうね、意外と運ぶものって多いのね」
本当だな、まあ、俺のパソコン関係のものが多かったってこともあるけど……
でも、それも全部夕花がコードも束ねたりして綺麗にセットしてくれた……机の下に潜ってて「何か動いてる!?」ってちょっとビックリしたけど……
「今日からこちらで生活できるんですね、不思議な感じがします」
入口の構造は前の部屋と似てるけど、中は部屋が多いこともあって、かなり違う。
俺は違和感を感じるけど、これを陽花も不思議と感じるのか……
自分の家の空間認識を書き換えないといけないからかな?
「夕花はこの小さい部屋で寝るね」
「では、私は涼也さんと一緒に寝ますね」
――おい!
この前、三千花の部屋で寝ることになっただろ。
「陽花ちゃん、私の部屋で寝ることになったでしょ?」
「そうですね、でも、涼也さんの布団を三千花さんの部屋に敷けば、どちらも条件も満たせますよ」
「それは……そ、それならいいけど……」
えっ、いいんだ。
「ベッドから布団を持ってくれば良いだけですよ、ちゃんと三千花さんの隣に涼也さんの布団を敷きますから」
「え、えーっと……うん、ありがとう」
流れでお礼を言う三千花。
「ちょっと、そっちでみんな寝るの? 夕花もそっち行きたい!」
一人部屋を確保したはずの夕花も、寂しくなったみたいだ。
まあ、そっちの部屋で寝るのは穂乃花ちゃんが来てからでいいか。
――結局、全員三千花の部屋で寝ることになった。
……うーん、穂乃花ちゃんが引っ越してきたとき、なんて説明すればいいんだ?
あっ、そのときは俺がベッドで寝ればいいのか。
ということで、穂乃花ちゃんが来るまでの間――
みんなで寝る生活が始まったのだった。




