【第112話】鬼怒川旅行 その2 宿に到着
「あれ、涼くん……あっ、ごめんなさい。私また……」
早耶ちゃんが目を覚ました。気を失ってから少しすると、スースーと寝息が聞こえてそのまま眠りについてしまった。
子供の頃は、頭を撫でたりしてたんだけど、流石に今はできないので、どうしたらいいのか分からず、しばらく固まっていた。
「まあ、少し休めたみたいだから、良かったんじゃない。十分な睡眠をとるのは必要だし」
「でも、重かったでしょ」
それは、子供の頃に比べれば大きくなってる分、重いのかもしれないけど、正直そんなに重いとは感じなかった。
むしろ、いい匂いがしたり、柔らかかったりして、精神的に削られていくものがあった。
「そんなことはないよ、全然大丈夫」
「そんなこと言ってくれるの、昔と変わってないね」
男に「昔と変わってない」は、果たして褒め言葉なのかと思うが、まあ、ここは褒め言葉として取っておこう。
「小学校入って、だいぶ良くなったと思ってたけど……」
「うん、血圧が普通になった訳じゃなくて、眼の前が真っ暗になりそうになったら、頭を低くしたりして、予防できるようになっただけだから、気をつけてないと駄目なの」
「そっか、さっきは驚かすような話しして、ごめん。また宿に着いたら、ゆっくり話すから」
「私こそごめんなさい。ちょっと理解が追いつかなかったの」
まあ、急に信じろという方が無理な話かもしれないな。
そんな話をしてると、隣の席から、三千花が話しかけてきた。
「早耶ちゃん、大丈夫だった? 今は平気?」
「うん、三千花ちゃん、ありがとう。スッキリしたから、さっきより全然大丈夫みたい」
いや、いまも結構真っ白な顔してるけど、これで調子いいんだ……道中しっかりついておいてあげないとな……
* * *
鬼怒川温泉駅に着くと、その広さに圧倒される。
「うーん、旅行に来たって感じがするわね、陽花ちゃんどう? 初めてよね」
「はい、温泉というと、ひっそりとした山の中という印象がありましたが、こんなに開けているんですね」
「早耶ちゃん、移動しても平気? ちょっと歩くんだけど」
「うん、大丈夫、少し歩いたほうが良いかも」
「じゃあ、荷物持つよ……って、軽っ、ちゃんと中身入ってるの?」
「もう、入ってるよ、ほら、あんまりお化粧とかしないからほとんど服だけだよ、見る?」
いやいや、見ちゃ駄目なやつでしょ。子供の頃と、距離感変わんないなまったく。
「まあ、ドライヤーとかアメニティとかは宿にあるっしょ、帰りのおみやげの分、空けとかないと」
おお、茜ちゃんにおみやげか、うらやましい……って、俺も天音ちゃん家に何か買ってかないと、いつもお世話になってるからな……
* * *
宿に到着したけど、中々趣のある民宿だ。
陽花も「こういうところが良いんです」って喜んでる。
「高校の友達が家族で経営してるの。電話ではよく話すけど、会うのは久しぶりだわ」
「ふーん、そういうのっていいね」
「元気にしてるかしら、真奈美……」
うん、やっぱり女の子だよね。安定の勝率だな。家族経営ってことは、若女将になるのかな?
――宿の玄関を開けて、中に入る。
「こんにちはー、まなみー」
……完全に友だちの家に遊びにきた感じだな。まあ、あんまり格式あるところでおもてなしされるより、こういうフレンドリーなのが良いかもしれないな。
すると、
「あーーっ、三千花ーー!」
女の子が走ってくる。彼女が真奈美ちゃんかな。いや、それにしても、久々の再会とはいえ、全力で走らなくても良いんじゃない!?
「三千花、ごめんなさいーー!」
……真奈美ちゃんは、全力で土下座した。
「…………」
なんだろう、新しいおもてなしかな……
「よやく、よやくが……」
「ど、どうしたの真奈美、ちょっと、落ち着いて、ちゃんと説明しなさいよ」
「それが……三千花たちが泊まる部屋が……ブッキングサイトで、勝手に予約が入っちゃって……」
「えっ、それって、どうなっちゃうの?」
「外国のお客様がさっき、いらっしゃって……この部屋を予約しましたって言われて……」
「もう、部屋はないってこと?」
「ごべんだざい、今日はもうどまでないど」
もう、涙と鼻水で、ひどいことになってるな……折角の若女将が台無しだ……
こうして、俺たちは、旅行初日から、路頭に迷うのであった。