【第111話】鬼怒川旅行 その1 低血圧
「ほら、早く食べて、行くわよ」
朝起きると、既に朝食が用意されていた。眠い目をこすりながら食卓につく。
「余った野菜は全部入れちゃったから……あと、卵はご飯にのせて食べて」
焼きめの付いたソーセージと、具だくさんの卵入り味噌汁とご飯というシンプルな朝食だが、理由がある。
「平日なので、朝のラッシュ前に移動が必要です。荷物は用意しておきましたので、すぐに出発できます」
俺の荷物まで陽花が用意してくれたみたいだ。めちゃくちゃ助かる。
「ちょっと待って、残しちゃってもしょうがないから、お味噌汁もう一杯たべちゃって」
三千花がお味噌汁のお代わりをよそってくれる。これを食べたら出発だ。
* * *
浅草駅の待ち合わせ場所に行くと、ちょうど早耶ちゃんも着いたところだった。
「今日は誘ってくれてありがとう。楽しみにしてました」
「えーっと、彼女が陽花で、詳しい説明は後でする。こっちが早耶ちゃんで俺の幼馴染」
こんなところで、アンドロイド云々の話は出来ないので説明は省略、とりあえず、簡単な紹介だけしてしまう。
「陽花さん? 私は羽生 早耶です。よろしくお願いします」
「早耶さんですね、陽花です。涼也さんとは表向きは”いとこ”です、よろしくお願いします」
表向きはとか言うな混乱してるだろ。まあ、”いとこ”設定は言っておいた方が良いか。
早耶ちゃんの家からは、浅草が近いから良いんだけど、問題は悠二だな……電車は予約してるから、遅刻したら置いてくしかない。
と、ちょうどそこに悠二が現れた。
「遅くなってごめん、朝、起きられなかったん……」
「どうせ、夜、遅くまで起きてたからだと思うけど……まだ間に合うから、とにかく行こう」
待ち合わせに遅れても、電車に間に合えばOKだ。とりあえず、移動しちゃおう。
* * *
電車に乗って、落ち着いたので、悠二と早耶ちゃんの紹介を済ませることにする。
「こいつが悠二、同じ高校で、大学でも一緒の研究してる。で、彼女が早耶ちゃん。小学校まで一緒で、この前たまたま会って、旅行に参加することになった」
「今日は急に参加してしまって、すみません。羽生 早耶です。涼くんがいつもお世話になっています」
おいおい、身内挨拶をするんじゃない。
「オッケー早耶たん、幼馴染属性キター!、よろしくー」
挨拶が軽すぎる。微妙にぼけが噛み合ってて困るが、アニメとかに感化されすぎだろ。
と、ここで陽花が割って入る。
「悠二さん、早耶さん、LIME交換しましょう、スマホを入手しました」
って、いきなりLIMEか……昨夜も三千花と交換して盛り上がってたしな。まあ、初めてスマホ持つとそんな感じなのかもしれないけど……AIでも同じこと考えるんだな。
「こんなに友達が増えました。連絡先交換って楽しいですね」
陽花は悠二と早耶とLIMEのIDを交換して、ご満悦だ。
早耶ちゃんはというと、「涼くん以外の男性の連絡先が入るなんて……」とあたふたしている。どんだけ免疫無いんだ……大丈夫かな。
「そういえば、悠二は寝てないんじゃないの?」
「うん、3時間しか寝てない。ちょっと仮眠取るっしょ」
といって、早速脱落した。
「涼くんと一緒に旅行に行けるなんて、ハワイアンズ以来だね」
そういえば、そんなイベントもあったな。羽生家と合同で正月にハワイアンズに行ったんだけど、現地は常夏だからって、軽装で行ったら外が寒すぎてひどい目にあった。
「あのときは、寒くて大変だった記憶しかないけど」
「でも、涼くんが温めてくれたから……」
そんなイベントあったっけ? いや、今の容姿でそれを言われると、理性が揺らぐけど……小1とかじゃなかったっけ?
三千花がジト目でこっちを見ている……小学校低学年までしか一緒じゃなかったって知ってるのに、この反応?
説明しといて良かった。
「そういえば、悠二さんと一緒にしてる研究ってどんな研究なの?」
「ああ、えーっと、AIを作ってるんだ。人間みたいに考えて話をするんだけど……」
ここからは、耳元に手を当てて、内緒の話をする。
『実は、陽花がそのAIなんだ……』
早耶ちゃんは、三千花と楽しそうに話をする陽花を見て、俺の耳元で小声で言った。
『また、涼くん私のことからかって、どこからどう見ても普通の女の子だよ』
まあ、普通そういう反応になるよな。AIのときの陽花と話したことあっても驚くのに、いきなり眼の前に居る女の子がAIだって言われて、はい、そうですかってならないか。
『正確には、悠二と俺で作ったのは中のAIだけで、あの体は姉貴の婚約者の会社で作ったんだ。そこに、陽花を入れさせてもらってる』
ちょうど、そこに陽花からのメッセージが届いた。
《本当ですよ、早耶さん、このメッセージは涼也さんのスマホでも話せるようになっているので、送れています》
陽花を見ると、三千花とおしゃべりを続けている。
《マルチタスクで、三千花さんとお話している間に、こちらの会話にも入ることが出来ます》
早耶ちゃんが、陽花の方を見ると、三千花とおしゃべりを続けたまま、こちらにウインクした。
『えっ、もしかして本当なの?』
『うん、嘘は言わないよ』
《そうです。この会話も、涼也さんのスマホが近くにあって、音が拾えてるから、入れるんですよ》
『えーっ、そ、そんなことって……』
キューッ、と音がしそうな勢いで、早耶ちゃんが目を回して気を失った。やばっ、いつものやつだ。
頭を低くして、ひざ枕のように、俺の太ももの上にそっと乗せる。
「ど、どうしたの? 大丈夫なの?」
三千花が動揺して、状況を聞いてくる。
「いや、早耶ちゃん血圧が低くって、たまにこうなっちゃうから、頭を低くして回復するまで待たないと駄目なんだ」
「救急車とか呼んだほうが良いの?」
「小さい頃、よくあったんだけど、お医者さんからも、すぐに頭を低くして、回復するまで待つようにって言われてる」
まあ、あんまり回復が遅いときは、大人の人を呼ぶように言われてたけど、ちょっと脈を測ってみるか……
早耶ちゃんの腕をとって、手首で脈を測る……脈がいつもより早くなってるから大丈夫みたいだ。体に血液を巡らせようとしている。
「脈が早くなってるし、呼吸もしっかりしてるから、すぐ回復すると思うよ」
「子供の頃から、なのね……」
「そうだね、でも、小学校に入ってからは、自分でしゃがんだりして、気を失わなくなってたから油断してた」
しかし、大人になってから、これはまずいな。不謹慎だけど頭低くするために体触っちゃったりして、肩とか柔らかかった。これは、男が介抱しちゃだめなやつなんじゃない?
そして、そんなことを考えていると、三千花がなんとも言えない表情でこちらを見つめている。
いや、でもしょうがないよね?……早耶ちゃんの回復を待つしか無い俺だった。