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【第109話】オープンキャンパス その3 夏子ちゃんの見学ツアー

「はーい、見学ツアーに参加される皆さん、集合してくださーい」


 夏子ちゃんが、見学ツアーの指揮をとるみたいだ。


「これから、キャンパス内を順番に案内していきます。私は社会学科2年の常盤 夏子です。どうぞよろしくお願いしまーす!」


 すごい慣れてるな、見てて、安心感がある。これはお任せコースだな。


「はい、じゃあ、移動しますので、皆さんはぐれないように手を繋いでくださーい!」


 えっ、手を繋ぐの? 何で?……と思ったが、あたふたした天音ちゃんが、「あっ、えーっと、じゃあ、先輩繋ぎましょう」と、俺の手をぎゅっと握ってきた。


「なーんちゃって、ちゃんと着いてきてくれれば大丈夫ですよー。……あっ、もう手を繋いじゃった人は、しっかり握っててあげてくださーい」


 いや、なんだ? 冗談だったってことか?

 気づけば、手を繋いでるのは俺と天音ちゃんだけ……みんな微笑ましい顔でこっちを見てる。しまった、やられた!


「あっ、ごめんなさい!」


 といって、手を引っ込める天音ちゃん。くっ、見事に引っかかってしまった……しかし、天音ちゃんの柔らかくて温かい手の感触が、まだ手のひらに残ってる……後で、おれい……いや、文句言っとかないと……


「はい、まず案内するのは、なんと1号館を差し置いて、2号館から! この建物は我がキャンパスで一番の地上12階建て! あのサンシャイン60の5分の1の高さを誇ります! 天気が良い日は、最上階からあの富士山が、見えるとか、見えないとか!」


 この説明大丈夫なのか? 階数を割っただけだよね。しかも、富士山見えるのか見えないのか、どっちなの? まあ、嘘はいってないからセーフってことか。


「ここには、文系の研究室があるんですよー、そこにいる真面目メガネの宿直くんの哲学科はなんと、地上11階! うらやましーですねー」


 おいおい、かなりディスられてるけど、大丈夫か? いや、宿直くんをディスってるだけで、哲学科志望の子には、この上ないアピールなのかな? しかし、アピールするとこそこだけ?


「続いて、この巨大な建物は、なんと図書館! その蔵書数は、かの紀伊国屋書店を凌ぐと言われたり、言われなかったり……そして、3階には、豪華コンピュータールームが完備! そこにいる、情報科学科のやさしーい先輩が、手とり足取りパソコンを教えてくれるかもしれません」


 いや、凌ぐのか凌がないのかどっちなんだ! そして、人のことを褒め殺しにして、パソコンを教えさせようという魂胆……社会学科のコミュニケーション能力舐めてちゃいけなかったな。


「えっ、先輩が手とり足取り教えてくれるなんて……そんな……すごいです」


 天音ちゃんが小声でブツブツ言ってるけど、なんか想像の世界に入ってるみたいだから、そっとしておこう。


「そして! ここは、何と無料で使えるトレーニングジムがあります! 私も毎日ここでトレーニングしてる人を見ていたら、なんと……二の腕がこんなに……タプタプになっちゃいました! 皆さん、入学したら、是非、眺めるだけじゃなくて使ってください! なんたって、無料ですから!」


 うん、そうそう、無料だといつでも使えると思って、逆に使わないんだよね。


「体育のときにランニングバルコニーで延々走らされた記憶しかないな……」


「えっ、大学も体育ってあるんですね」


「うん、必須で受けないといけないんだよね。まあ、運動能力で成績に差をつけちゃいけないみたいで、全部出席すると必ずAがもらえるんだけど……」


「そうなんですね、体動かすのは好きなので、体育あるのは嬉しいです!」


 そういえば、天音ちゃんは運動得意だったな。


「ちなみに最初の体育の授業で長距離走らされるんだけど、そこでタイムが良いと駅伝にスカウトされるって噂があったっけ」


「ホントですか!? そうだ、箱根駅伝とか出てますよね。来年から絶対応援します!」


 うん、もう、ここの学生になった気になってるな……これは、責任重大かも……気を引き締めて、しっかりサポートしないとな。


* * *


「最後に、このキャンパスの遺産、理系の研究等でーす! ここは物理学科の危ない実験のため、建て替えられないという噂の、築60年は経ってるんじゃないかという、いわくつきの建物でーす」


 そう、ここも、ちゃんと紹介するんだね……毎日、ここで、研究してますけどね……ああ、他の棟はみんな建て替えてて綺麗なのに……


「安心してください、ここの研究室を使うのは、物理学科、情報科学科、地理学科、地球科学科のたった4学科です。他の理系の学科は新しい本館が使えますよー」


 あっ、そういえば、地球科学科もここのA棟だったんだっけ!……ここにきて、まさかこんな落とし穴があったなんて……天音ちゃんが、まっすぐ研究等を見つめている……まずいな……


「……すっ、すごいです! そんなに長い間、ずっと同じ建物を使い続けられるなんて、環境にやさしいなんてもんじゃないです。究極のエコじゃないですか!」


 えっ、まさか、これが良いんだ……天音ちゃん基準ってすごいな……そういわれると、この建物も趣があって良いんじゃないかって思えてくる……


「しかも、先輩と同じ研究棟ですよ! もう、絶対、ここしか考えられません!」


 天音ちゃんの喜ぶ姿をみて、みんながこの研究等を見る目が変わったみたいな感じがする。そして、何か後ろの方のちょっとテンション下がってた男の子が、急に希望に満ち溢れたような顔つきになってる。この子、絶対理系志望だな。しかも、この4学科のどれかでしょ。


「そうなんですよ、そこの、やさしーい先輩が、この研究棟で最新のAIの研究をしてるんですよ! この年代物の研究棟から、もしかすると、世界を変える技術が発表される……かもしれませんよー!」


 思いっきり、畳み掛けてきたけど、めちゃくちゃダシに使われてるな。まあ、それでこの大学を志望してくれる子が1人でも増えてくれると嬉しいけど……


「そうですよね、陽花さんはここで生まれたんですもんね、もう、私の中では既に世界が変わっちゃってますよ」


 いや、俺はたまたま陽花を育ててただけであって、悠二とか、聡さんとか、麗香さんとかのお陰なんだよね。


「先輩、もっと自信を持ってください! 陽花さんが、今みたいなすごい陽花さんになったのは、絶対、先輩が居たからですよ。これだけは間違いないです!」


 と、一点の曇りもない瞳で見つめられる……そう言われると、そうだったのかもと思ってしまう……


「はーい、これで紹介する建物は以上となりまーす。拙い案内ではございましたが、皆さまの温かいご声援に支えられ、ここまでたどり着くことができました。本日はありがとうございました!」


 夏子ちゃんの挨拶に、みんなが割れんばかりの拍手を送る。これだけの人数を飽きさせることなく最後まで惹きつけられるって、ホントにすごいな。


「この後も、学科説明会は、まだまだ開催されていますので、是非興味がある学科があれば参加お願いします!」


 宿直くんが、この後の学科説明への勧誘をきっちりとしてくれる。うん、お似合いの2人だな、良かった、良かった。


* * *


「先輩、どうしましょうか? 私、地球科学科以外は考えられなくって……」


 まあ、そうだろうね。あれだけ思い入れてたら、他の学科は見なくても良いんじゃないかな。


「そうか、じゃあ、もう帰る? 帰ったら勉強するんだよね?」


「はい! 絶対この大学に入れるよう、もっともっと勉強頑張ります!……なので、帰ったら数学で分からないところがあるので、教えてもらっても良いですか?」


「もちろん、大歓迎だよ。じゃあ、帰ろっか」


 帰りはたい焼きを買って、朝きた道を戻っていく。

 毎日通学で使ってる道も、天音ちゃんが居ると、全く違う道みたいに感じる。


 そうか、制服で、こうやって一緒に大学まで行くのって、今日が最初で最後なんだな。

 だから、あえて制服で来てくれたのかも……次に一緒に大学に行くときは、合格して入学したときかな?


 そうなって欲しいし、そうなれるように、惜しみなく色々教えよう。

 オープンキャンパスでやる気が出たのは天音ちゃんだけじゃなかったな。


 一緒に行けて良かった……つくづくそう思う一日だった。

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