【第107話】オープンキャンパス その1 天音ちゃんのお願い
「先輩、お願いがあります」
今日は、天音ちゃんの家庭教師の日だが、部屋に入ると、いきなり神妙な顔でお願いをされた。
「どうしたの? 急に」
「実は、週末にオープンキャンパスがあるんですが……一緒に行ってくれませんか?」
「えっ、俺? 一緒にって、どこの大学?」
オープンキャンパスとか行ったこと無いから、一緒に行ってもこっちが分からないかもしれないけど。
「先輩の大学です! 前に志望してるって言いましたよね」
ちょっと強めのツッコミを受けてしまった。そういえば、前にそう言ってたっけ。
「オープンキャンパスって、大学の良いところをアピールするじゃないですか、でも、先輩ならありのままの大学を案内してくれるんじゃないかと思って……」
「それって、大丈夫なのかな? むしろ逆効果になるんじゃない?」
「4年間通う大学なので、きちんと納得して受験したいんです」
真剣な目でそう言われたら、断れるわけがない。
「なるほど、意気込みは伝わったから、それなら、一緒に行ってあげるよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
こうして、天音ちゃんの大学訪問が決まったのだった。
* * *
「おはようございます、先輩! 今日はよろしくお願いします」
「おはよう天音ちゃん……って、制服!?」
ブレザーの制服にチェックのスカート、ブラウスの襟のリボンが、高校生であることを物語っている……いや、高校生なので当たり前なのだが……
「えっ、駄目でしたか? ネットでは制服でも良いって書いてあったんですけど」
いや、スカートもそんなに短くしてないし、オープンキャンパス的には全然駄目じゃないと思うんだけど、問題は、ここから大学まで一緒に行くというところだ。
「えーっと、全然駄目じゃないんだけど……俺、捕まらないかな?」
「何言ってるんですか、捕まるわけないじゃないですか」
いや、夕花と一緒だったとき、散々そんなこと言われてたから、条件反射的に身構えてしまったけど、大丈夫かな? ホントに大丈夫だよな?
「多少、"どういう関係だろう"って思われるくらいですよ」
思われるんだやっぱり……そういえば、周りからジロジロ見られてる気がするな……なんか、急に気が重くなってきた。
「大丈夫ですよ、家庭教師の先生なんですから」
「そうなのかな、まあ、そう言われると、大義名分はあるのか」
「じゃあ、今日は、”先生”って呼びますね」
やめて欲しいって言ってた先生呼びが復活してしまった。まあ、でもそう呼ばれてたら周りも先生と生徒だって思うかな? いや、どうみても先生としての威厳が足りないな。
「まあ、いいか、大学に着くまでだし」
「そうですよ、大学に着いちゃえば、他にも制服の子がたくさん居ますよ」
そう言って、俺の手を引っ張る天音ちゃん。いや、これ駄目でしょ……
* * *
案の定、電車の中でも天音ちゃんは目立っていた。
清楚な雰囲気の「これぞ女子高生」っていうオーラを全力で放ってるから、横にいる俺への視線が痛い。
「先輩、どうしたんですか、ボーッと外ばっかり眺めてて」
しかも、先生呼びはどっか行ってる。今日だけはその呼び方でも良かったんだけど。
「いや、雲が秋らしくなってきたなーって思って」
本当は、天音ちゃんと面と向かって話していると、周りの視線が痛いからだとは言えない。
「本当ですね、季節の移ろいを感じますね」
こんなその場しのぎの会話に合わせてくれるとは、なんて良い子なんだ。
「そういえば、10時からの学科の講演は、近年の日本の気候変動についてなんですよ。この先の日本の気候がどう変わっていくかも聞けるらしくて、ずっと楽しみにしてたんです」
そういえば、地球科学科志望だったっけ、天気の話もツボだったってことか。いや、良い子であることは変わらないけど……
* * *
そんなことを話してると、大学の最寄り駅に着いた。
「あっ、あそこが、三千花がバイトしてる牛丼屋で、あと、あっちには小さいけど映画館があるよ」
「えっ、そうなんですか、すごいですね。でも三千花さんが牛丼屋さんでアルバイトしてる方がびっくりです。もっとおしゃれなお店で働いてると思ったので……」
いや、そういう天音ちゃんも酒屋が経営してるコンビニでバイトしてたわけだから、似てる気がするけど……一生懸命働くところも似てるかな。
「ここのたい焼きは美味しいんだよね、帰りに買って帰ろうっか」
「ホントだ、行列してますね。ぜったい帰りに買いましょう。お父さんとお母さんへのおみやげにします」
こんなに可愛い娘さんがいたら、お父さんもデレデレだろうな……でも、毎日仕事遅いって行ってたから、ちょっと同情するな……
「あっ、ほら、見えてきた。あそこからが大学だよ」
「えっ、あそこからずっと大学ですか? 広いですね」
「そうだね、学科とか学年で場所が別れたりしてないから、人数も結構いるんだ。まあ、4年間同じキャンパスで過ごせるのが一番の魅力かな」
「そうなんですね、先輩ってけっこう勧誘上手じゃないですか。今のでハートを掴まれちゃいました」
いや、そのセリフにこっちのハートが掴まれちゃいそうだけど、大丈夫かな、誰かきいてたりしないよな。
と、そこへ……
「あっ、先輩、どうしたんですか? 今度は女子高生を連れて……」
この前、合コンで一緒だった宿直くんだ。あれ? 隣には夏子ちゃんがいる。
「先輩、この前はありがとうございました。おかげさまで、孝明くんと付き合うことになっちゃいました」
あの合コンのどこにそんな要素があったんだろう……むしろ、その後のカラオケが良かったんじゃないの?
「そうなんだ、おめでとう!……えーっと、オープンキャンパスに家庭教師してる教え子を連れてきたところなんだ」
思いっきり棒読みの説明口調になってしまったな。三千花曰く、やましいことがあると説明っぽくなるんだっけ? あれ? 嘘ついてるときだったっけ?
「涼也先生に数学を教わってます、天野 天音です。来年後輩になるかもしれません。よろしくお願いします」
律儀に挨拶をする天音ちゃん……宿直くんがだらしない笑顔になっちゃって、夏子ちゃんにこづかれてるし……これは尻にしかれる未来が見えるな。
「それが、私たちだけじゃなくって、美紀と芳人くんも付き合ってるんですよ、先輩、キューピットですね」
いや、キューピット要素ゼロだったと思うけど……殊勲賞は2次会でカラオケに誘った牧くんじゃないの、敢闘賞は人数合わせ埋めに貢献した彩ちゃん。
「そういえば、2人は今日大学に用事?」
「はい、オープンキャンパスの手伝いするんです。良かったら見学ツアー参加してください」
といって、宿直くんからパンフレットを渡された。
「私も一緒に説明するんで、是非きてください。ちょーサービスしますよ」
うん、俺より説明上手そうだから、お願いしちゃおうかな。
「1時間おきに出発するので、行きたい学科の説明会が終わってから来てもらえれば大丈夫ですよ」
「ありがとうございます! 説明会終わったら必ず行きます」
勧誘もソフトで良かったのか、2人の印象が良かったのか、天音ちゃんも行く気満々だ。
「じゃあ、先に学科の説明会に行ってくるね。ありがとう誘ってくれて」
2人と別れて、地球科学科の説明会場に向かう。
「先輩、すごいです。後輩さんたちのキューピットするなんて、顔が広いんですね」
いや、この前1回合コンに人数合わせで呼ばれただけなんだけど……その話は出来ないな……。
天音ちゃんは、「”今度は”ってことは、前にも誰か女の子を連れてたんでしょうか?」とかボソボソ独り言を言ってるけど、よく聞き取れない。
「ん? どうしたの?」
「いえ、何でもありません、行きましょう説明会」
どうかな? 大学気に入ってくれるかな?
進路希望聞いたときは、うちの大学じゃもったいないって思ったけど、行きたい学科があるなら、ここも良いんじゃないかなと思えてきた。
後輩の力も借りて、是非とも良さを伝えられればと思う秋の日だった。