【第106話】高木さんと初合コン
「先輩、遅いっすよ」
まだ待ち合わせの5分前だけど……しかも、居酒屋での開始時間30分前に2人で待ち合わせてるので、むしろ早すぎるくらいだ。
「いや、むしろ来ただけでも褒めてくれ」
「先輩、デートだったら15分前には来てる人っすよね」
それは否定できないが、今日は足が向かなかったんだよね。正直来たくなかった。
「私だって、急に人数合わせで呼ばれて、しかも男子も1人足りないって、じゃあ4人でやればって言ってやりましたよ」
うん、俺もその話が来たら、そう言うな。
「そしたら、『もう予約のキャンセル期限過ぎちゃってるからお願い、この前の試験のときノート貸してあげたでしょ』って、もう強制っすよ」
「いや、それは、高木さんがちゃんとノート取っておけば良かったんじゃ……」
「授業中って、創作意欲わくじゃないっすか、思いついたときに描いとかないと、消えちゃうんすよね」
こいつ、授業中にBLイラストを描いてるだと……まさか、一緒の授業に出席してる男子がモデルになってるとか……こわっ。
「しかも『男子も好きな人連れてきていいから』って、男子の穴まで埋めさせようっていう魂胆っすよ」
言いたいことは分かったけど、何で俺が巻き込まれないといけないんだ。
「先輩だったら、こんなしょーもない案件につきあってくれそうだったんで、とりあえず連絡してみて、駄目だったら、後期のノートはあきらめるつもりだったっす」
お前の判断基準はどこからきてるんだ? あと、後期のノートはちゃんと自分で取れ。
「でも、三千花先輩に連絡したら『ご自由にどうぞ』って、即答で返ってきて、これは行かざるを得ないなって」
いや、俺の意志がこれっぽっちも入ってないだろ。
「なんで、三千花に連絡したんだよ」
「えっ、三千花先輩と、付き合ってるんじゃないんすか?」
「いや、まだ付き合ってない……っていうか、なんで付き合ってる前提?」
「どうみても、結婚して10年くらい経ってるオーラ出てるじゃないっすか、それに『まだ』ってことは、今後付き合うんっすよね」
10年前って、まだ小学生だよね……それに、ようやくデートに行った段階の「まだ」ってことで、三千花がOKしてくれなきゃ付き合えないだろ。
「まあ、三千花先輩も相当奥手だってことは分かりましたけど、それでも筋は通しておかないと駄目なんっすよ、女って、そういうもんっす」
なにその情報、怖いんだけど……
「ほら、先輩がグズグズしてるから、もうこんな時間っすよ、早くお店行かないと間に合わないっす」
いや、待ち合わせ時間には来てたし、延々としゃべってたのは高木さんのような気がするけど、俺のせいなの?
* * *
居酒屋に着くと、既に男女2人ずつが待っていた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって、先輩を連れて来てたんで……」
普段とは違う話し方でしおらしく言う高木さん。
まだ時間前だし、そんなに待たせてないと思うんだけど……あと、俺を理由にするのはやめて欲しい。
「えっ、彩が連れてくるなんて、どんな人だろうって思ってたら、意外と普通でびっくりー、私、社会学科2年の、常盤 夏子です。よろしくお願いします!」
「あっ、私は同じく社会学科2年の、小山田 美紀です。今日は楽しみにしてました。よろしくお願いします」
「えーっと、俺は哲学科2年の牧 芳人です。先輩、もしかしてサマンサ先生と仲良かったですよね。今日はよろしくお願いします」
「僕は、芳人と同じ哲学科の2年で、宿直 孝明です。先輩が、サマンサ先生だけじゃなくて、他の美人さんとも歩いてるの見ました、今日はその辺聞きたいです。よろしくお願いします」
……男子の方が、俺のことを知ってるっていうのも意外だが、何か変なところばっかり見られてるな。他の美人さんって誰だ? 高木さんじゃないし、三千花かな?
「なんか、先輩すごく失礼なこと考えてますよね……私は夏子と美紀と一緒の社会学科2年の高木 彩です。今日はおとなしくしてますので、その辺よろしくお願いします」
いや、しょっぱなの挨拶から、色々釘を差すんだな。俺、普通の挨拶していいよね。
「俺は、情報科学科の3年で、忍野 涼也と言います。高木さんにはAIの研究手伝ってもらってます。今日はよろしくお願いします」
「えっ、AI!? 凄くないですか? 彩にそんなの手伝えるんですか? あっ、私のことは”夏子”って呼んでください!」
「えーっと、高木さんはグラフィックの担当で……」
「理系なんですねー、すごーい、連絡先聞いて良いですか! 私も”美紀”でいいですよ」
いや、高木さんとしゃべってれば良いっていう話はどこ行ったんだ……いや、俺の挨拶がいけなかったのか……でも、高木さんとの接点説明しないと「何で来たの?」ってなるし、必要最小限の情報だよね。
「私だけ苗字っていうのも仰々しいので、”彩”でいいですよ……あと先輩、紹介が雑っす」
はい、ごめんなさい。合コンなんて来たことないので……
いきなりみんなで、連絡先の交換始めて、こんなもんなのかなって思ってたら、彩ちゃんから《ちょっと、いきなり連絡先交換することになったじゃないっすか! 何してんすか!》ってメッセージが届いた。いや、俺のせいか?
――それから乾杯して、
「先輩、その美人さんって、どういう関係なんですか」とか、
「サマンサ先生と知り合いだったんですよね、どこで知り合ったんですか」とか、
「えーっ、サマンサ先生って、あの巨乳の先生ですよね、先輩って、胸おっきい方が良いんですか?」とか、
「何で彩がこんなになついてるんですか? 男子と話してるのなんて見たことなかったのに」とか、質問攻めにあった。
もしかして、先輩を立ててくれてるのかとも思ったけど、流石にこれは無いよな……合コン初めての俺でも、これは違うって分かる。
俺も回し役に徹しようとして、
「哲学科って普段どんなこと研究するの?」とか、「社会学科って色々リサーチしたりするの?」とか、話を振って見たものの、
「ソクラテスとかプラトンですかね、そういえば、ゼミってどうやって選ぶんですか?」とか、
「結果をグラフにしたりするのにパソコン使わないといけないんですよ、先輩教えてください!」とか、俺に返ってきてしまう。どうすりゃ良いんだ、これ。
「先輩、もしかして、合コン慣れしてるんっすか? それとも、天然っすか?」
若干、不機嫌そうな彩ちゃんからそう言われて、愕然とする……いや、2年生の中に、1人だけ3年生連れてきた人選ミスじゃないのかな……
――そんな調子で、なぜか俺中心で話が回っていくという状況の中、創作居酒屋ということで、運ばれてくるオリジナルのコース料理も美味しくて、みんなお酒が進んでいく。
俺はビールだけ飲んでたので、全然余裕だなーと思ってたら、
「先輩、全然赤くならないですね、お酒強いんですか?」
と、赤ら顔の夏子ちゃんにツッコまれた、いや、彩ちゃんも顔真っ白だけど……って、ウーロン茶しか飲んでないか。
「いや、ビールだけしか飲んでないからじゃないかな? アルコールって、色んな種類飲むとその度にカウントがリセットされて、どうしても飲み過ぎちゃうから、同じ種類だけ飲んでた方が酔いづらいんだと思うよ」
酒屋で教わったウンチクを話すと、みんな感心してくれる。なんか、先生と生徒って感じだな。
「そろそろ、料理も終わりですね。この後どうしましょうか? カラオケでも行きますか?」
牧くんが2次会にカラオケを提案してくれるが、彩ちゃんを見ると、私は帰りますって顔をしてるので、ここは、同調させてもらおう。
「えーっと、俺は彩ちゃんを送っていくから、みんなで行ってくると良いと思うよ」
すると、「えー、どうしようか、行っちゃおうか」「うん、まだ早いし、ちょっと歌いたいね」と夏子ちゃんと美紀ちゃんが乗り気だったので、行くことになったみたいだ。
牧くんと宿直くんは、あんまり女の子にガツガツしていないところが高評価だったのかな。
* * *
みんなと別れて、彩ちゃんと2人で駅に向かう。
「先輩、あんなに乗り気じゃなかったのに、どうしてこんなにサラッとまとめちゃうんすか、たらしなんすか?」
「いや、たまたま、みんなが良い人だっただけでしょ」
「なんか、私だけ蚊帳の外だったじゃないですか、ズルいっすよ」
そう言われると社学の2人とは立ち位置違ってたけど、彩ちゃんも俺の話に結構ツッコミ入れてくれてて、あんまり偉そうにならなかったのが、逆に良かったんじゃないかな……
「帰って、先輩と後輩2人とのカラミ描きますからね」
おい、やめろ、その2人は、哲学科の方だよね……俺をモデルにするんじゃない。
「あと、三千花先輩にも報告します」
それは、事前に知らせてる以上、報告はするよね……どんな報告されるか怖いな……先に電話しとこうかな。
――駅に着くと。
「じゃあ、私はここでいいっす……あと、先輩……大学生が”送っていく”って言ったら、普通は家までですからね、ちゃんと”駅まで”とか付けてください。みんな勘違いするんで」
「分かった、ごめん、気をつけるよ」
「それから、怒ってるわけじゃなくて、先輩がみんなと仲良くなっちゃっていじけてるだけなんで、気にしないでください。今日は来てくれてありがとうございました」
「あ、うん、こっちこそ誘ってくれてありがとう」
「それじゃ、また連絡するっす」
「うん、それじゃ、また」
そういって、彩ちゃんは帰っていった。
――なんだろう、サークルとか入ってないから、後輩とかと飲みに行くって、結構楽しいのかもと思ってしまったけど、彩ちゃんには悪いことしたかな。
とはいえ、今日一番の収穫は、高木さんの呼び方が彩ちゃんに変わったことだな。
それを伝えてあげれば良かったけど、その辺がちゃんと出来ないのが、まだまだヘタレだな……
そう思った人生初合コンだった。