【第105話】本所デート その6 帰りの電車にて
「1人の人を10年以上も想い続けられるなんて、すごいわ」
帰りの電車の中、三千花がつぶやいている。
しかも、想い続けられていた相手が俺というのが、にわかに信じられない。
「告白されても、ずっと断ってたって言ってたわ」
そう、あれ程の美人が放って置かれるわけもなく、特に高校のときとかは、頻繁に告白を受けていたみたいだが、全て断っていたらしい。
理由は『涼くんの方が良いから』だそうだが、小学生のときの俺と比較して断るって、どんだけ記憶が美化されてるんだ。
「もっと早く、連絡とってあげれば良かったのに」
いや、しかし、疎遠になってから連絡するのって、どんだけ勇気いるんだっていうか、そもそも、連絡をとる理由がない。
いきなり「久しぶり」みたいに電話できれば良いけど、家の電話番号しか知らないから、絶対お母さん出るし、家族みんなで「どうして急に連絡してきたんだ」ってなるはずだ。
むしろ、初めて知り合った子に連絡するほうがハードル低いんじゃないだろうか。
「可愛かったわよね」
三千花と出会ってなかったら、偶然再会して覚えててくれたっていうのは、すごい嬉しかったんだろうけど、おそらく今日出会えたのは三千花の引き寄せ体質のせいなので、三千花がいなかったら再会することはなかったのではないかというパラドックス。人生はままならない。
「しかも、『涼くんがお嫁さん見つけられなかったら、私をもらってね』って言ってたわ」
うん、それにはびっくりしたけど、俺を見つめる眼差しは”俺以外と結婚するなんて考えられない”って言っているようだった。
「あの目で見つめられたら、断れないわよね……」
もちろん、肯定もしていないが、否定も出来なかった。いや、あそこでお断りできる人いないでしょ。鬼じゃないんだから。
「というわけで、今度の鬼怒川旅行、早耶ちゃんも連れてって良い?」
「えっ? どうして?」
「早耶ちゃんも大学生だから9月までお休みだし、それに、会わないほうが想いが募ると思うのよね」
なるほど、頻繁に会ってたら、意外と大したこと無かったって思うってことか……ってそれ、遠回しにディスられてる?
「とにかく、人間の想像力って、不足してる情報を美化して補ったりするのよ、現実を見ないと、想像力は無敵だわ」
「いや、まあ、それは分かったけど、何で鬼怒川旅行なの?」
「温泉なら、ほら、お風呂は男女別々だから、色々話きけるでしょ」
なんだかんだ、初めて会ったとは思えないくらい、気さくに打ち解けていたもんな2人とも。
「あっ、でも、旅行の目的は陽花が旅行したときのデータ集めっていうことだったから旅費も会社もちなんだよね、大丈夫かな?」
「鬼怒川の温泉を知り合いの子に頼んだから、ちょうど一人分くらい浮くわよ」
そうすると、同じ予算で5人で行けるわけか……それなら……
「って、そういえば、陽花のこと説明しなきゃいけないのか、結構知ってる人増やしちゃってるから、もう許可降りないんじゃないかな……」
――と、そんなとき、ちょうどスマホに通知が入った。
《大丈夫です。将来的に知ることになる可能性が高そうということで、許可が降りました》
というメッセージだ。いや、どこから聞いてたんだ? しかも将来的に知るってどういうことだよ……まあ、会うことが多くなるという意味かもしれないけど……
《ついでに旅行も大丈夫です。予算は多めに取ってあるということと、温泉で何かあったときのために、つきそいの女性が2人は居たほうが良いそうです》
そんなすぐ許可出るってことは結構前から聞いてたな……下手したらデートのときからずっとって可能性もある。
「というわけで、鬼怒川は一緒に行っても良いみたいだよ」
といって、陽花からのスマホのメッセージを三千花に見せると、
「じゃあ、早耶ちゃんに連絡してみるね」
とスマホに打ち込み始めた。
「ついでに、温泉の予約も1名増やして良いか確認するね、部屋は一緒だから大丈夫だと思うけど……」
と、こちらもスマホで連絡。同じ部屋で1名増えるだけだと、宿としては増やしやすいのかな。
「あっ、早耶ちゃんから連絡きたわ、是非一緒に行きたいって」
やたら返事が早いけど、バイトとか大丈夫なのかな? 行くのは平日だからあんまり入れてなかったのかも。
「宿も大丈夫そうね……高校が一緒だった友達の実家なのよ、その子も楽しみにしてるって」
それって、女の子だよね……またしても、知り合いに女子が増えてしまうわけだが、この記録って、どこまで続くのかな。
《電車も1名増やせましたので大丈夫です。私も涼也さんの幼馴染の方に会うの楽しみです》
と、陽花から連絡が入る……結構、すんなり決まったな。
「私も楽しみだわ。真由と会うのも久しぶりだし……」
三千花が、陽花からのメッセージを見ながら言う……その真由さんが宿屋の友達なのかな。
と、そんなところに、思わぬ人からメッセージが入った。
《先輩、明日一緒に合コン行ってくれませんか?》
高木さん……だよな、一番「合コン」という言葉が似合わない後輩からの連絡だ。
《三千花先輩には、許可とっておきますから》
いや、たった今隣に居て、同じメッセージを見てるところだが。
《人数合わせなんで、私としゃべってるだけで良いっす、支払いも割り勘なんで……》
女の子から合コンに誘われて、一緒にくる他のメンバーとは面識がない上に、人数合わせだから他のメンバーとはしゃべらなくていいって、合コンってそういうシステムだっけ?
「面白そうじゃない、行ってきたら?」
三千花がそう言うが、正直、かなり行きたくない案件だ。
「それに、男子の知り合いが増えるチャンスかもしれないわ」
高木さん繋がりだから、三千花の体質から外れるってことか……いや、それを求めて合コンに行くっておかしいだろ。
「あっ、私のところにも連絡が来たわ……『ご自由にどうぞ』って返しておくわね」
本人の意志って無いのかな……しかも、なんで三千花に確認取るんだ?
……こうして、三千花とのデートは全く進展がないまま(別の進展はあったが)、謎の合コンに参加することになってしまうのだった。