【第101話】本所デート その2 色んな出会い
「ああ、堪能したわ」
この狭い空間で、これだけ満足できるってすごいな。回向院とか江戸東京博物館とかはもっと広いからどうなっちゃうんだろう。
「次は回向院かな、ここからだと歩いてすぐそこだよ」
「そんなに近くにあるのね、さすが本所だわ」
地元を褒められると悪い気はしないけど、社会科見学のルートそのまんまだな。これって本当にデートなんだろうか。
「この辺は、震災と空襲で、2回も焼け野原になっちゃったんだよね。道路はその後作ったから、全部東西と南北に向かって走ってるんだ」
「本当、道が全部直角に交わってるのね」
「ここらへんの、道が碁盤の目みたいになってるところのことを、本所地区って呼んでて、”本所”っていう住所もあるんだけど、この辺り全体を本所って呼ぶ人の方が多いかな、昔の地名も本所なんとか町だったところが多いし」
「なるほど、吉良邸も住所は両国だったのに、本所松坂町公園っていう名前なのはそういうことなのね、勉強になるわ」
うん、どうやら本当の社会科見学になってきたな。どう考えてもデートの会話じゃない。
――と、そんな会話をしてたら、あっという間に回向院に着いた。先生も「近すぎて運動にもならんな」って言ってたのを思い出すな。
「本当に近いのね、5分も歩いてないじゃない」
「裏から入れればもっと近いんだけど、正門まで回らないといけないから、これでも遠回りしてるほうだよ」
「そうなのね、さすが色々知ってて頼もしいわ」
いや、土地勘以外は三千花の方が詳しいと思うけど……しかも、道はまっすぐだから大抵1回か2回曲がれば着くんだよね……まあ、頼られるとちょっと嬉しいかな。
「元々は、振り袖火事の犠牲者を弔うために建立された寺院だけど、動物の供養もしてくれることで有名よね、猫塚楽しみだわ」
「小学校のときは、鼠小僧の墓の話聞いたら、男子はみんなその話ばっかりだったけど。女子は確かに猫の話してたかも」
「あっ、猫ちゃんが居るわ。おいで、おいでー」
なんと、本物の猫が居た。飼ってるのかな? 随分人に慣れてる。
「さわらせてくれるの? かわいい……」
しゃがんで猫を撫でる三千花。うん、可愛いな、どちらかというと三千花が……
「あっ、どこかに行くみたいだわ」
猫が行く方向についていくと、招き猫の書かれた立て札のところに来た。
「ここが猫塚ね、案内してくれたんだわ」
元々、人懐っこい猫みたいだけど、なんか、猫と通じ合ってるみたいに見えるな。
「猫、好きなんだね」
「そうね、猫も犬も、動物はみんな好きよ」
”好きよ”って言われるとドキッとするな。動物がだけど。
何となく、まったりとして、穏やかな時間が流れてる気がする……
「涼しくて良いところね。駅から近いのに、ここだけ違う空間みたい」
似たようなこと、考えてたみたいだな。ここ最近忙しく動き回ってた気がするから、なおさら癒やされる感じかな。
「大丈夫? 私ばっかり楽しんでるみたいだけど」
「いや、どちらかというと、楽しんでる三千花を見て、癒やされてた」
「なにそれ、おじいちゃんじゃ無いんだから、元気出して!」
俺って、じじくさいかな? 姉貴にも「じじむさい」って言われたことあるな。最近の行動距離は結構広いんだけど、自分から行かないからかな。
「ほら、次行くわよ」
回向院の目的は猫だったみたいなので、あとは軽く見て回って、次を目指すことにする。
「次は江戸東京博物館かな、どうする? 一回入ると、時間掛かるけど、さきに食事でもする?」
「そうね、早めの昼食にしても良いけど」
「じゃあ、パスタとか、軽めの昼食にしようか」
――近くのイタリアンのお店の前に来ると、まだ時間が早いからそんなに混んでなさそうだ。
ランチは11時からだから、もうやってるな。
「ここで良いかな?」
「そうね、おいしそう。お腹すいてきちゃったかも」
店の中に入ると、店員のお姉さんが案内してくれる。
「お二人様ですか?」
「はい、二人です」
「テーブル席にご案内しますね」
お店の雰囲気も良いな。正解かも。
「こちらのお席にどうぞ」
「ありがとうございます」
さっそく、席に座ろうとすると……
「あれっ? もしかして涼くん?」
えっ? 誰だろう? こんな綺麗なお姉さんの知り合いはいないと思うけど、姉貴の友達とかかな?
まじまじと顔を見ると、何となく、記憶が蘇ってきた。何より、"涼くん"って呼び方するのは、一人しかいない。
「もしかして、早耶ちゃん!?」
「覚えててくれたんだ。うれしいー」
いや、姉貴から髪の毛をストレートにしたっていう前情報がなかったら分かんなかったな、あぶなかった。
「あっ、ごめんなさい、デートの邪魔しちゃって、すぐお冷お持ちしますね」
といって、カウンターに引っ込む早耶ちゃん。
「もしかして、この前、お姉さんが言ってた幼馴染の子?」
と、三千花が耳打ちしてくる。うん、顔が近くてドキドキするな。
「うん、全然顔が変わっちゃって気が付かなかったけど、多分そう」
「多分て……可哀想じゃない」
「だって、ホントに、小さい時とは別人みたいだし、髪型も全然違うし……」
とりあえず、席について、落ち着こう。
幼馴染に偶然会ったからって、何もイベントは発生しないよな。向こうもデートだって気づいてたし。
一抹の不安を抱えながらも、何事も起こらないことを期待するばかりだった。