国境、開く
蚤ヶ島にある下水道の隠れ家に着くなりはったんはサマンサに告げた。
「計画変更だ。あひるランド軍はすぐにでもこっちに攻め込める状況にある。枝子にはデータと一緒に援軍を送ると伝えてくれ。国境を越えたらすぐに攻撃に出て蚤ヶ島軍を叩き、枝子新政府も潰す」
サマンサはことの意外さに唖然とした。こんなに早く軍隊が整い蚤ヶ島新政府を崩壊に追い込むことが出来るとは思っていなかった。
「さすがアヒル防衛大臣だ。これであひるランドの植民地化も村への侵略も阻止できる。ぜんぶ一気に解決だ。早速、大統領に伝える。だまし討ちだ」
はったんとサマンサは小躍りして喜んだ。
翌日、サマンサは勇んで大統領執務室のドアをノックし部屋に入った。
「閣下、あひるランド軍の兵力データは用意できました。それと同時に援軍も整いましたのでいつでもデータを持ってこちらに向かわせることが出来ます」
「ありがとう、サマンサ。感謝するわ。約束どおり援軍はうちの軍隊の指揮下に入ってもらう。これ「軍事協定書」よ。サマンサ首相、サインして」
枝子が差し出した協定書に眼を通すふりだけし、サマンサはあひるランド首相としてサインをした。最早協定書の中身など問題ではないのだ。軍隊が到着したらこんなものすぐに必要がなくなる。ただの紙切れに過ぎなくなる。
「では、データを持たせて、すぐにでもこちらに向かわせます。国境を開いて下さい。すでにあなたの軍隊です」
「分かった。すぐにでもそうする。これで村を守ることが出来る」
枝子は軍事大臣を呼びだすとあひるランド軍の国境通過と蚤ヶ島軍への吸収の命を下した。
ベニヤ板で隔てられる国境が、両国の建国史上はじめて開かれた。サマンは蚤ヶ島新政府の幹部とともに胸を張り、国境が徐々に開かれてゆくのを見守った。
「これでいつでも援軍が参ります」
「本当にありがたいことだ。財政難の蚤ヶ島にとってもまた友好国であるあひるランドにとってもこれ以上の福運はない」
「すぐに援軍は到着します。もうこちらに向かっているはずです。官邸で待ちましょう」
サマンサがそういうと幹部たちはゆっくりと大統領官邸に向かった。
一日が経った。二日が過ぎた。国境を通過するものはいなかった。三日目の夜もなにもなく過ぎていった。待てど暮らせどアヒルの軍隊は来なかった。
あひるランド軍にも志願兵たちにも蚤ヶ島への出撃命令は下されていなかった。しかもあひるランド軍は崩壊したままであり、再編もなにもなされてはいなかったのだ。
アヒル防衛大臣は誰にも出動の件を伝えていなかった。はったんにそう言っただけだ。事実、あひるランドの兵力はいまだないも同然の状態だ。この兵力のまま嘘の情報を伝えても枝子たちを騙せるものではない。こちらの力が足りていないことは枝子もとっくに心得ているはずだ。これで蚤ヶ島軍に、蚤ヶ島新政府に勝てる分けがないのだ。『征服計画書』どおりにあひるランドは植民地にされ住民は奴隷にされるだろう。これ以上、あひるランドの生き物たちを戦禍や苦しみに巻き込む分けにはいかない。防衛大臣はそう考えたのだった。
「この国を戦場にする分けにはいかないんだ、はったん」
アヒル防衛大臣はピジョーのアパートの畳をじっと見つめ呟いた。
サマンサとはったんさえ犠牲になってくれたら、ダニ騒動が収まったいま、今後の外交交渉によっては、またあひるランドに平穏が戻るはずだと。
(つづく)




