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ピジョー、ピジョー

 蚤ヶ島でのはったんの行動は監視されていた。

 はったんが『征服計画書』を持ち出しあひるランドへと向ったことは、すでに枝子率いる蚤ヶ島新政府に知られていた。


 ベニヤ板の向こう側、蚤ヶ島では、あひるランドへのダニの先制攻撃と同時に、あひるランドからの反撃に備え、迎撃ミサイルのみならず様々な防衛、攻撃装備がすでに配備されていた。

 はったんたちが、なんらかの行動に出ると予想し、蚤ヶ島軍は迎撃の準備を整えていた。


 ピジョーは『征服計画書』をいち早く村人に伝えようと、月も出ない夜、多摩の浦に向ってひとり飛び出した。


 勿論、サマンサがしたようにユーラシア大陸を、危険と長い時間をかけて飛んで行くことも一つの方法だったが、やはり手間がかかりすぎる。ほとんど地球を一周することになるのだ。しかも道に迷ったらシベリアで凍死するかもしれない。頭が取れたら今度こそはおそらく再び体に戻る幸運は訪れないだろう。

 ならば島を隔てるベニヤ板を飛び超え、闇夜に紛れて一気に蚤ヶ島上空を飛べばすぐに多摩の浦に出、対岸の柿太郎たちの村に着ける。

 ピジョーはそう考えた。



 蚤ヶ島上空を、ピジョーは『征服計画書』を落とさないように強くくわえ、村に向って死にものぐるいで羽ばたいていた。そのとき夜の闇をとどろかせる爆音とともに幾筋かの光がピジョーに向って飛んできた。

 蚤ヶ島軍のミサイル攻撃だった。

「しまった、気づかれた!」

 ピジョーは右へ左へと体を大きく揺らしミサイルをかいくぐる。しばらくすると相手も慣れてきたのか、コツを得たのか、ミサイルが次第にピジョーの体をかすめ始める。

「ちくしょう、ここで墜とされたら元も子もない」

 ピジョーには一切、援軍はない。ピジョーを助けるものは誰ひとりいない。ひとりぼっちなのだ。攻撃する手立てもない。自分の力と運だけだ。ピジョーは今日までそうやって生きてきたのだ。

 ピジョーはいのちを賭けて力の限り羽ばたいた。覚悟はしていた。


 羽根は傷つき首が取れそうになる。全身傷だらけ、血まみれになりながらも、なんとか蚤ヶ島上空を過ぎ、多摩の浦に出た。

 まだ蚤ヶ島軍は多摩の浦の制海権を掌握できていない。攻撃音は次第に小さくなっていった。


 ピジョーがホッとしたのもつかの間、意識が薄れていくのを感じた。羽根に力が入らない。『征服計画書』を海に落とさないようにとくちばしに力を入れるのが精一杯だ。

 ピジョーの羽根にミサイルが当たり、火がついていたのだ。痛みに涙が溢れ出た。

 段々と海上に堕ちてゆくピジョーの目に、故郷の村に続く浜辺がかすかに見え始めた。


 子どもらのイタズラで火傷やけどを負いながら、幼いピジョーが生きるため泣きながら必死で渡り切った多摩の浦を、いま戻るのだ。あの日と同じように羽根に火傷を負って、いま帰るのだ。


 村人になんの恩があろう。幼くひとりぼっちのピジョーをいじめにいじめ抜き、火まで付けて追い出した村になんの恩があろう。

 ピジョーは飛び続けた。


 段々と近づく村を目指して、燃えながら、げながら飛び続けるピジョー。生れた瞬間に落ちぶれたドバトのピジョーである。

 ピジョーは羽ばたきを決して止めなかった。

 次第に大きくなっていく羽根の炎。燃え尽きてゆく羽根。

 火傷をまた背負う。

 ピジョーは燃えながら堕ちてゆく。

 堕ちながらも島に向う浜風に飛ばされ、運ばれる。風に吹かれて炎はさらに大きくなり、夜空をゆっくりと流れる彗星のように輝き始める。

 羽根のないドバトが風に乗って多摩の浦の浜辺に堕ちた。


「ピジョー、ピジョー!」

 浜にある臼から顔を出したかにが叫んだ。

 浜辺に堕ちたピジョーに駆けよる。胴体だけになり、焼け焦げて動かなくなったピジョーのかたまりだ。これがピジョーのすべてだった。

「ピジョー、ピジョー」と『征服計画書』を咥えたまま動かないドバトのかたまりにむかい蟹が何度も何度も呼ぶ。

 それはまさにあの日、貧しいピジョーに火を付けた者のひとりであった。

「これを村のみんなに・・・」

 ピジョーは眼を閉じた。


 ダフりん綜合警備のリッフィー川担当ピジョーである。前科者の誇り高きピジョーである。いじめにいじめ抜かれ生まれた村を追われた英雄ピジョーである。汚い病気のキチガイ・ドバト、ビンボー・ドバトの我らが高貴なピジョーである。

 これが、命懸けで多摩の浦をたったひとりで渡りきった敗残者ピジョーである。親の顔も知らず、鳥のくせに地ベタをって懸命に生き抜いた、これが、我らがドバトのピジョーである。

 多摩の浦の彗星ピジョーである。


「確かに受け取った」

「お前が生れた北野の谷に、俺が必ず埋めてやる。お前の悲しみと、痛みと一緒に埋めてやる」

 ピジョーの動かなくなった体を、蟹もまたひとりで背負った。



(つづく)


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