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最終話:これからも……

 それからのことを、少しだけ語ろう。

 元々大きな家を買って、という話が進んでいた俺たちの間で、土地と建物に関しては相続税だけで済むことになった。

 それというのも、母の兄がババァの生前にババァ名義で買っていた土地があった、と紹介してくれたからだ。


 そしてそこには既に、立派なお屋敷……と言っていいレベルに広い洋館が建っていた。


「これは……」

「母さんが、要くんの為にって実は建ててくれていたんだ。いつか使う日が来るはずだから、って定期的に掃除はされているし、外も綺麗なもんだろう?」

「…………」


 都内の、あの高校からそれほど遠くない場所。

 それなり土地代だって高いだろうに。

 一体何を考えてやがったのか、あのババァ。


「要くん、愛されてたんですよ。気づかなかったんですか?」

「……全然。って言いたいとこだけど……わかってたよ。俺が一人で物件借りた時くらいから、何となくな。何かと条件出してくるのもきっと、って。じゃなかったら完全にシカトするか今回だけ、って言ってそのまま放り出して終わってただろうよ」

「何だ、ちゃんとわかってたんじゃない。何で生きてる間にちゃんとしてあげなかったの?」

「ガキだったからな。死んじまって何年も経ってから、こんな風に身に染みて思い知らされる日が来るなんてよ、俺も思ってなかった」


 驚いたかい? なんて言いながら笑うババァの顔が、浮かんでくる様だった。

 そんな風に真正面からの笑顔を向けられた記憶こそなかったが、笑えばきっとこんな風なんだろうという顔が、すぐに想像できる。

 何しろあのババァ、俺と本当にそっくりだったんだから。


「どうするんだ、近々ここに引っ越してくる予定だって言うなら、手配はするけど」

「そうですね……近々……どのみち半年も猶予はないですからね。これからうちは出産ラッシュだ。家族が一気に増えていく。今の内に出来ることはしといた方がいいか。琴音ももうすぐ臨月ですし」

「私のことなら気にしなくても構わないが……」

「無理して取り返しのつかないことになったらどうする? 後悔して生きていく様なのは、もうやめようぜ。だから琴音、お前は引っ越し作業には加わるな」


 来月出産予定の、普通に考えて仕事だって休んでいてもおかしくない時期なのだ。

 であれば、引っ越しなんて言う力仕事に琴音を参加させるわけにはいかない。

 不満そうだった琴音も、みんなの説得によって渋々俺の提案を受け入れてくれた。


 欲を言うのであれば、入院しててもらってもいい、と思うのだが琴音は自宅出産がいいと言って譲らない。

 そして琴音がそう言ったものだから、他の女どもも同じがいいと言い出し、費用としては多少安く済むのかもしれないが、どうなんだろうな。

 俺としては安心して生んでくれるならどっちでも構わないと考えているが。


 さくらがフライングで出産を経験してくれているおかげもあって、その辺は実は心配してないわけだが。


「でも佐倉さんの時、要くん滅茶苦茶青い顔してなかった?」

「よく覚えてんな、沙紀……あんなの慌てないで初産やり過ごせとか、無理があるわ。滅茶苦茶辛そうだったしな。ていうかお前らもああなる懸念があるんだってこと、忘れてんじゃねぇのか?」

「そしたらあんた、手を握ってくれるんでしょ?」

「…………」


 さくらの出産の時……陣痛がひどくて病院で横になりながらさくらは俺に手を握ってほしいと懇願した。

 それくらいしか俺に出来ることが思いつかず、正直他に出来ることを探している最中でもあったので俺はさくらの手を一生懸命握ったのだが……。


『いで!! お、おまいてぇ!!』

『私はもっと痛い……ひぃ……ふぅ……!』


 マジで手の骨イカれるかと思うほど、それこそこれ、女の力か? と疑いたくなるほどの力でさくらは俺の手を握りしめてきた。

 今だから笑えるが、あの時俺の手がミシミシ言っていたのを、さくらも気づいていたらしいしそれでも力を緩める余裕はなかった、と言っていた。


「これからほとんど毎月、手の怪我心配しなきゃならないのかよ。しかも琴音に関しちゃシャレになってねぇんだけど」

「お前はまだ私をゴリラ扱いしたいのか?」

「そうじゃねぇよ……自分がどんだけ鍛えてたか、とか忘れちまったのか、その年で」


 今でこそそこまで派手に鍛えてはいない様だが、全盛期の化け物っぷりを目の当たりにしてきた俺としては、出産立ち合いを拒むつもりはないが手を握るのはまたの機会にしてもらいたい、と本気で思う。


「まぁ……それだけ沢山の子を愛した要くんの宿命みたいなものだね。とりあえず業者はこっちで手配するから」

「何笑ってんですか……俺の手が使い物にならなくなったらシャレで済まないですよ」

「まぁ、頑張って」


 まさしく他人事ではあるのだろうが、悪意がないのが尚更腹立つ。

 ともあれ俺たちの新居はこうして決定し、翌日から着々と準備が進んでいくこととなった。


 

「こんなとこかしらね」

「お前も一応身重な立場ではあるんだから、あんまちょこまか動きまわるなよ。望、お前もだぞ。大体のことは俺と業者でやるんだから、お前らは椅子かベッドにでも座ってろ」


 一週間が経過して、俺たちの新居はよりそれらしくなった。

 荷物は粗方運び終え、後は洗剤だのと言った日用品をそろえれば大丈夫だろう。

 

「それにしても……高校の時にはさすがにこんなとこに住むことになるなんて、考えたことなかったわね」

「まぁ、俺としては高校出てすぐにあの狭いマンションにお前が転がり込んできたことの方が驚きだったけどな」

「懐かしいわね……あの時の望ちゃんの顔、今でも忘れないわ」

「下手したら一生恨まれても文句言えないからな、あれは……」

「……いいんですけどね、要くんが美理亜ちゃんを拒否するなんてこと、あり得ないってわかってましたから」


 ああ、思い出させる様なこと言うべきじゃなかった。

 こいつがヤンデレ要素を持ち合わせているのだということを、最近影を潜めていたからかすっかりと忘れていた。

 まぁ、ここから更に女とか作ったりしなきゃ心配はないんだろうが……。


「ねぇ要くん、寝るとこ本当にここなの?」

「あー……だって、離れて寝るの嫌だとか言うやついるし」


 春香が言うここ、とは本来リビングや応接間として使われそうな巨大な部屋。

 二階建てのこの建物で、もちろん一階のわけじゃないんだが、普通に寝室として使うことは想定されていなかったんじゃないかと思う。

 しかし……離れて寝るのが嫌だ、なんて子どもみたいなことを言う沙紀が夜泣きでもしたら大変だ、ということで急遽キングサイズのベッドを四つほど購入したと言う経緯がある。


 ちなみに……ババァの死をきっかけに、なのかは定かではないが、沙紀の能力はぱったりと発動しなくなった。 

 これも沙紀に不安を与えまいとババァが何かしたのか、それとも他に原因があるのかはわからないし、実は発動しているのに黙っているだけなのかもしれない。

 ただそれなら俺か春香が気づいていておかしくないだろうから、ババァが何かしたのだろう、ということになっている。


「お茶にしよう。私、淹れてくるから」

「あ、おい沙紀! 俺がやるからいいって!!」

「もう、要くんは心配しすぎですって。お腹に子どもいても、多少の運動はしないと逆に毒になるんですから」

「え、そうなの?」


 こいつらもすっかりと母親の心構えの様なものが出来てきている様で、何よりだと思う。

 こうなってくると、俺たちが知り合った頃の様な、子どものままじゃいられないんだってことを、より強く思い知る。


「ねぇ……さっきから琴音がすごい静かなんだけど」

「ん? ……何か脂汗かいてねぇか? おい、聞こえてるか、琴音」

「……あ、ああ……実はな、破水したかもしれん」

「はぁ!?」


 台所に行った沙紀以外全員が、驚愕の表情で琴音を見る。

 一か月近くも早いのに?


「きゅ、救急車! ほら要……」

「いや、それなら車だした方が早いだろ。誰か沙紀呼んできてくれ」


 せっかちな女だ、全く……子どもにまでそれが伝染してるってのかよ。

 そしてこれからしばらくはまた、ほぼ毎月こんな状態なんだろう。

 自宅出産なんて、準備も何もできなかったし……今度からは前もってある程度準備しとこう。


「全員乗ったか? じゃ、出すからな!」


 こうしてまた、俺に騒がしい家族が一人増えることとなる。

 俺はもうあの頃みたいに一人じゃない。

 たった一人家族だった人間がこの世を去っても、またこれから家族はどんどん増えていくのだから。



人の全てが見える男と、その男の全てを理解しようとする女たち  完

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