78:あれから……
「何度も来てるはずなのに、やっぱり懐かしい感じがするわね」
俺の家族の眠る、都内にある霊園。
やや日差しの強いこの日、俺と賑やかな女どもはまたもこの場所へと足を運んでいた。
初めて俺の家族にこいつらを紹介した日から早くも七年が経過していて、俺は一人家族をまた失った。
あのちょっとした騒動があって、てっきり俺たちはお尋ね者にでもなるかと思っていたがババァの一族からの追跡なんかもなく、後になってババァからはもう少し大人しくやれないものか、なんて小言をもらって騒動自体は終結した。
母の兄は俺に踏んづけられてからというもの、新たな性癖に目覚めた、なんていう心底どうでもいい情報というおまけ付きで。
あの騒動が会ってから半年程度が経過した頃、ババァは突然……本当に突然、息を引き取った。
俺の怪我を治す為に使った力が、文字通りババァを衰弱させていたのかもしれないが、今となってはその原因すらも探りようがなく、当時にあっても俺たちは終ぞその理由を掴むことはできないままでババァを送り出したのだ。
「結局、あんたってやっぱり一族から恨まれてたわけじゃなかったのね」
「……どうだろうな。全員が全員、同じ感情を向けてくるなんてことはあり得ねぇだろ。確かだったのは、ババァだけは部下を使って俺をよく観察していたみてぇだけど」
ババァが死んで、一族の権利はあの変態……母の兄が引き継いだと聞いている。
特に勘当だとか縁切りだとか、そういうことはしてないが俺たちは一族に必要以上に関わることなくこの七年を過ごしてきた。
望はあの後、何を思ったのか夏休みに実家に帰省して家族と命がけの対話をし、結果として親子としての関係を今までよりも強固なものとしたし、その場にいた俺としては正直生きた心地がしなかったが、あの両親から娘をよろしく、と頼まれる結果になった。
そして今、望の腹には俺たちの子どもがいる。
美理亜は高校を出てから大学に進学したが、いの一番に俺の部屋に転がり込んできて、甲斐甲斐しく俺の世話を焼きつつも、大学卒業と共に母校でもあるあの高校の理事として今も働き続けている。
同じく後二か月ほどでこいつからも俺の子どもが生まれる予定だ。
沙紀はあの後、しばらくはババァの追撃がないか、なんてビビっていた様だったが何もないとわかると俺に襲いかかってきて、俺は敢え無く沙紀のエサにされた。
詳細な描写は省くが、相当我慢をしていたのだろうと言うことが伺える内容だった、とだけ言っておく。
二人同様高校を卒業してからは大学に進学し、以前先輩……琴音が言っていた様に会計士の資格を取って、今では理事会で最も重要な仕事をしている。
そして、予定ではあと五か月程度でこいつからも俺の子どもが……。
春香に関しては、以前から変わってない。
文字通り、何も。
見た目は髪が伸びたり爪が伸びたりと当たり前の部分が変わったりするが、中身は知り合った頃とほとんど変わっておらず、コンビニのバイトをあの後すぐやめた、ということくらいか。
サディストなのも相変わらずだし、ただ一つ言えるのは今でも家族に関しては謎な部分が多い。
一度実家に招かれたが両親はただただニコニコと笑い、淡々と親子で会話がなされ、俺は紹介された。
そしてこの子と一生やってくから、という春香の言葉に良かった、とだけ言って晩飯を食って帰る。
そこまででかい家というわけでもないし、普通の家庭に見えたがそこまで仲良しでもなく険悪でもないという、本当に意味不明な家庭。
深いことを聞こうかと思ったが、春香は一言、世の中には知らない方がいいってことも沢山あるから、なんて言っていて俺は追及を諦めた。
そして春香からもあと半年程度で子どもが生まれる予定になっている。
それから琴音。
龍門はまだ健在で、実は先週会いに行っている。
子どもはまだか、なんて言っていたが、来月の予定だと伝えると目を輝かせて、それこそ子どもの様に喜んでいた。
琴音もやはり理事会の会長として今も学校経営に精を出しているが、ストレスも多いのだろう。
夜になると一番暴れるのは琴音だ。
一足早く高校卒業となった琴音は、みんなと一緒の学校でないのが嫌だったのか、留年すればよかった、みたいなことを言っていたが美理亜の勧めもあり、中古の一軒家を購入して俺たちを呼びつけた。
それによって落ち着いたかに見えたが、大学はそんなに楽しくなかったのか夜の運動会で白熱するという暴挙に出ていて、このままじゃ子どもが出来てしまう、という話になって流石に子どもはせめて大学出てからにしよう、という話になったのだ。
そう、俺も別に子どもがほしくない、というわけではなかった。
寧ろ失った家族は、自分で築き上げるという気持ちもここ数年で芽生え始めているのだ。
「今日はさくらさんも来られて、良かったですね」
さくらは……実を言うと、一番我儘を言ったのはこいつで、こいつの親まで巻き込んで俺は子作りを強要された、と言ってもいい。
もちろん最終的に嫌々やったわけでもないし、俺が子どもを、と思ったきっかけもさくらとその一家のおかげ、というものでもあるからある意味では感謝してる。
せめて四十になる前には子どもがほしい、というまぁ……我儘と断じてしまうのは何となく哀れな、そして切実なさくらの願い。
何しろ知り合った時で既に俺たちよりも十年上だったさくらは、俺たちが大学を出る頃には三十を過ぎていて、それでも俺がいるから、と楽観していたらしい。
しかし、みんながみんな同じ歳ではないし、大学出てすぐ、ということになれば仕事、つまり社会人経験をしないままで親になってしまう。
そんな理由もあって出来てしまったら仕方ないが、という話にはなっていたがさくらに関してはそこで焦りを覚えた、というのもあると言っていた。
そこでどうしたらいいか、と考えたさくらは俺を家に連れて行き、親をも巻き込んで俺に子どもを作る様仕向けた……っていう言い方はあんまりよくないかもしれないが、実際にそうなったのだからさくらの目論見通りになった、と考えていいだろう。
『本当なら持って帰ってきちゃダメだったんですけど』
なんて言ってある晩取り出したナース服。
制服の入れ替えがあったとかで、どうしても、と上司に頼み込んで内緒で、ということでそういうプレイに使うのだろうと普通にバレていたらしいが、その上司とやらは話のわかる人で、と後々さくらが言っていたのを思い出す。
そんなわけであいつらの中で一番にご懐妊と相成ったのはさくらだった。
順当と言えば順当で、俺が二十三になった歳にその子どもは生まれ、今二歳。
さくらの親にも泣いて喜ばれたし、周りもみんな祝福してくれた。
そして何よりも女の子だったことが、俺には喜ばしかった。
「私の仕事は不規則ですから、要くんにちょっと負担が大きくないか、って心配でしたけど」
「んなもん気にするなって言ってるだろ。俺たちの仕事はある程度融通が利くんだから、協力できるところはしていけばいいんだ。大体こいつらだってもうすぐお前と同じになるんだ。その為に一緒に暮らしてんだろ」
多少手狭ではあるにせよ、今のところ琴音の購入した家に全員で住んでいる。
近々、みんなで資金を出し合ってもう少し大きな家を買うか建てるかしよう、という話になっている。
だって、あんなにも一気に家族が増えてしまうのだから、さすがに今の家では狭すぎてやっていけない。
一時は二つの家に、という案も出たが俺の体が一つしかない、ということが何故か問題に上がってならやっぱりでかい家に、ということになったのだ。
「要くん、こんにちは。その子も大きくなったもんだな」
さくらとその娘に笑顔を向けながら、こちらに歩み寄ってくる男。
七年前、俺が投げ飛ばして踏みつけた変態親父……じゃなくて母の兄が、親しげに話しかけてくる。
こんな大所帯でいれば目立ってしまうのだろうが、彼は彼で俺と少しずつでも距離を縮めようとしてくれているのだろうということが、この数年でやっとわかった気がした。
「実はちょっと、話があってね。みんなにもきっと、いい話になるんじゃないかって思うんだけど」
「話?」
とりあえずここじゃ何だから、と毎年食事会を催している寺の本堂に通される。
例のごとく春香はこの人の言うことがわかっている様だが、やはりいい話というからには本人の口から話したいだろうし、という考えもあって俺たちは春香にその内容を聞いたりはしなかった。
「ママ、おしっこ」
「あ……ごめんなさい、トイレに連れて行ってきてもいいですか?」
「行って来いよ、俺たちでちゃんと聞いとくし。それにしてもトイレトレーニングにゃまだ早いと思うけど……」
まぁ、早すぎるということもないかもしれないが、最近の一般的な親と比べるとさくらはややスパルタの気があるのかも、と考える程度には厳しい。
もちろん子どもがトラウマを抱えるほどのことはしないし、俺としても理由はある程度理解しているつもりだから反対もしない。
さくらは自分の仕事が忙しく、そしてさくらの親や俺に迷惑をかけていると思っている節があって、その助けになれば、なんて考えている。
気にしなくていい、とは言ってもやはりあの性格だからそうそう治るもんでもないらしく、出来ることは全部したい、というある意味では律儀なさくらがいつか倒れたりしないか、なんて考えると多少心配にはなるが、辛いときはきちんと言ってくるし、周りもそこまで心配はしていない様だ。
「さくらさんは、いいのかい?」
「大丈夫です。こんだけ人数いるんですし、聞き漏らしはないでしょ。それよりいい話って、本当にいい話なんでしょうね」
「そうだね、まぁ捉え方一つにはなるけど……それに春香さんは既にお気づきなんだろうと思うから、その彼女が何も言わないってことは……だろ?」
なるほど、そういう考え方もあるか。
春香の能力で、春香には全部わかってしまっているのに何も言わない。
それは春香が安全でかつ、この男の言うことから嘘を感知しなかったということに他ならない。
「じゃ、お聞かせいただきましょうか。すみませんね、疑ってかかる様なことを言って」
「まぁ、それは仕方ないし、君には守るものが沢山……それにこれからまた増えていくんだ。寧ろその考え方を捨ててはいけない。依子もきっと、そう願っていると私は思っているよ」
こうして話してると普通のおっさんなのにな。
ベッドの上じゃあんな口に出すのも憚られるほどの変態だなんてこと、未だに結び付かない。
しかしそのおっさんの口にした内容は、俺たちにとって確かにいい話で……そして将来的に俺たちがきっと幸せにやっていけるであろう未来に繋がる。
そんな内容だった。




