77:六月八日その①
「やれやれ、暑いね」
「…………」
それは、どっちの意味で?
そう聞きたくなる様な、ババァの一言。
一応みんな、学生服で……そう、文字通りみんな。
池野さんも? って思っただろ。
俺も思った。
池野さんもなんだな、これが……。
法事だからって、別にそういうのに適した服くらい池野さんなら持ってそうなのに。
何なら普段着でもいいんだよ、別に。
超がつくほどのミニスカ、というわけではないにしろ、俺みたいな青春真っ盛りな男の子にはやや刺激が強すぎる。
「お前の性癖にまで口を出すつもりはないけど、程々にしときな、とは言っとくよ」
「……んなことより、用事って何なんだよ? すぐ終わるんだったら、先に済まそうぜ」
「全く。お前のせっかちなところは昔からちっとも変わってないね。慌てるもんじゃないよ。それに薄々お前は、感じているはずだ」
「……?」
ババァの一言で、俺の体に起きている異変に気付く。
右腕から痛みが引いていく……?
「私がお前にしてやれる、たった一つのプレゼントさ。今日すぐってわけにはいかないだろうけど、お前くらい若ければ三日もかからずに完治するだろう」
「何だよこれ……こんな便利なもんあるなら、これからももっと頼ってやったっていいと思うぜ」
「バカだね、本当に……」
「要、たった一つってことはきっと……」
「戸越さんはなかなか聡明な様だ。だが、このバカは言ったってわからないだろうからね、そのくらいでいいよ」
バカは余計だけど……確かに聞かされなかったら俺は、怪我をする度にまんまとババァの元へと足を運んでいたかもしれない。
そして行ってみて出来ないとわかって落胆して帰るというおまけ付き。
「お前の家族に、この子たちを紹介してやりな。今のお前は騒がしいほどに、孤独からかけ離れた人間関係を築くことが出来たんだってことを報告するんだ」
本当にこのババァ、俺の知ってるババァか?
そう思いたくなるほどに、何となく温かみを感じる。
昔から血が通っているのかどうかさえ疑いたくなる様な、冷たい対応をされた印象がやたら強かった俺にはにわかに信じられない態度だった。
「報告、か。……母さんたちは、喜んでくれるかな」
「要、子どもの幸せを喜ばない親なんていない……と思うんだがまぁ、露木さんのところは例外というか特殊ケースだ。それに露木さんもそんなことは気にしてない。そうだろう?」
「当たり前じゃないですか。要くんが私たちといて、楽しいとか幸せと思ってくれるんだったら、私だって幸せな気分になりますし……それに、私はいつかあの家族も理解してくれると思っていますから」
あの家族に、どうやって理解させんだよこいつ……。
でもその目は自分を信じて疑っていない目だ。
「まぁ何だ……そこの立川さんもこれで後数日で仲間外れから脱することができるだろ。あと一人、看護師のあの子は今日は来られなかったのか?」
「社会人だからな、来たがってたけど仕事抜けらんねぇってよ。まぁ仕事ほっぽり出す様な女だったらさすがに俺も考えちまうけどな」
「そんなこと言って、要くんはきっと養ってやらなきゃ、なんて思うに違いないんだけどね」
「…………」
そんな雑談をしながら歩く内、俺の家族が眠る場所へとたどり着く。
「ここが……」
「別に珍しくも何ともねぇだろ。普通の墓なんだからよ」
とは言ったが俺自身、そんなに頻繁に来てない。
それどころかこいつらとつるむ様になってからは半分ほったらかしだった気もする。
にも関わらず墓石の周りは綺麗に掃除されていて、花もきちんと綺麗なものが添えられていた。
「まさか……」
「私だけじゃないけどね。私はもう歳だし、そんなに頻繁にこっちまで来られない。だから若いのを使ってたまに掃除する様に言っておいたのさ」
「…………」
余計なことを、とはもう思っていない。
何だかんだ言って、やっぱりババァも母たちを家族だと思っていたのだ、そう思うと少しだけ胸が熱くなるのを感じる。
「お前が女遊びにご執心の様だからね、暇を持て余してる人間がこれくらいしても罰は当たらないだろ」
「一言余計なんだよクソババァ……でも、何だ……その、あり……」
「似合わないこと言おうとするもんじゃないよ。そういうのはこの子らに向けて言う日がまた来るんだ、とっときな」
クソが、ちょっとこのババァカッコいいなんて思っちまった。
あれだけ憎んで、恨んでいたはずなのに。
そんなことを考えていたら、見覚えのある男がババァに声をかける。
確かこいつ、ババァの付き人だかの一人だったか。
「奥様、準備が整いました」
「お呼びの様だ、ついといで。とは言っても今日の法事は年に数回の顔合わせみたいなもんさ。そして彼女らもお前と一緒にいることを選ぶなら、立派に私たちの親族候補だ。お披露目会みたいなものかね」
「……は? 聞いてねぇぞ、そんなの。まさかそのために……」
「それ以外で何があると思ったんだい? 怪我をすると脳の働きまで鈍るのかね。もうみんな、待ってるはずだ。とっとと中に入りな」
ババァに急かされる形で俺たちは寺の中に招き入れられる。
池野さんとババァだけはいつも通り、そして俺たちは先輩までもがやや固い面もちで中へと足を踏み入れる。
「もう腹くくるしかないね、要くん。大丈夫、おばあさまはきっと歓迎してくれてるから」
「……池野さんのそういうとこ、心底羨ましいと思いますよ」
楽観的というか何というか……それとも付き人の考えでも読んだのか?
どっちにしても俺には、これが親族に向けての俺の公開処刑としか思えない。
『それでは……本日はこの厳しい暑さの中、お集り頂きありがとうございます』
あれは確か母の兄だかっていう……去年含めこんな盛大に何かやったりした記憶はないし、こんな風に前に出るタイプの人間じゃなかったはずなんだけど。
十数組のテーブルのうち、俺たちはその一つを占拠する形になって席につく。
ババァも何故か同じテーブルにいる。
『私の妹が、旅立ってから早くも一年以上が経過しました。家族を本当に大事に……』
昔から母を知っているらしい、変態的性癖をお持ちの母の兄は昔話に時折涙を交えて声を詰まらせ、俺は途中からどうでも良くなってあたりをきょろきょろと見回していた。
テーブルには色とりどりの料理が並んでいる。
これ、高嶋が食べたがったりしないかな。
持ち帰ったり……季節的にちょっと危ういかな。
などと貧乏性な考えをしていたら、いつの間にか会場中の視線は俺に集まっていた。
「え……?」
「何を呆けているんだ、お前は」
「大方美味そう、なんて思いながら見ていたんだろうけどね。全く話が耳に入らないほど、あの看護師の子のことが気がかりだったのかい? 心配しないでも持ち帰らせてくれる様言ってあるから早く前に出な」
「は? 何言ってんだ、前って……お、おい!!」
訳もわからないまま、俺はババァ以外の女どもに立ち上がらされ、先ほどまで母の兄が喋っていた檀上へ上げられる。
そして逃げられない様に全員で俺の服、腕、とところどころをがっちりつかんでいた。
『はい、では……本日の主役とも言える要くん。おばあ様の言う通り、あなたはかけがえのないものを手に入れました。これからの抱負を、お聞かせいただいて……』
壇上には見知らぬ女。
誰だこいつ、さっきまでこんなやついたっけ。
まぁ、司会進行とかそんなので呼ばれたプロのお姉さんなんだろうが、これからの抱負って……。
またもこんな風に晒し上げられて、俺は多少混乱しているのかもしれない。
マイクスタンドを低くして、愛が全てさとか歌ったらいいんだろうか。
「おいおい要くん、それくらいズバっと、サクっといかないと!」
「え?」
くだらないことを考えていたら、先ほどの母の兄が酒に酔った様子で赤い顔をしながらフラフラと壇上に上がってくる。
周りも、いいぞー! とか完全に出来上がってる様だ。
というかこいつら、揃いも揃って俺の引き取りを拒否した連中じゃなかったっけ。
そんなことがなかったことにでもなっているかの様に、異様な盛り上がりを見せる会場。
『あ、じゃあ……答えにくい様ですので質問を変えましょう。何をしている時が、一番楽しいですか?』
変に気を遣ったプロのお姉さんが、先ほどまでの難易度高めの質問からガラリと意見を変える。
そして母の兄が、調子に乗って俺の肩に手を回してくると酒の匂いがプンプンしてきて何となく頭の中がイラっとした感情で支配されるのを覚えた。
「…………」
悪いな、俺にはこんなやり方しかできねぇし……巻き込むことになるかもしれねぇ。
そんな風に考えて、俺は母の兄の腕をつかむとそのまま背負い投げの要領でその体を床に叩きつける。
会場が、一瞬で静まり返った。
『……その質問になら、答えてやるぜ。何してる時が一番楽しいかって? そりゃ見ての通りさ。こんな風に、人を這いつくばらせている時に決まってるわな!!』
いてて、とか呻きながら立ち上がろうとする母の兄だが、背中を俺に踏みつけられて床にうつ伏せの姿勢で咳き込んでいる。
うちの女どもまでも唖然とした顔をし、ババァはため息をついてやれやれ、なんて言っている。
「お前ら、行くぞ」
「はい?」
「呆けてんじゃねぇ。逃げんだよ!!」
露木の手を取ると、露木が先輩の手を取り、女どもが次々に手を取ったので、俺たちはそのまま走って会場を後にする。
呆気にとられた会場の面々。
酒が入っている人間もいたからか、俺たちを追ってくる人間はいなかった様だった。




