7:四月十二日その①
登場人物
渕上琴音
17歳B型 12月23日生まれ。
Iカップ 身長164cm 体重50kg 後ろ髪をアップにしていて、口元に泣きボクロ。
本作のヒロインの一人で、要の一つ上の先輩でかつ生徒会長を務める。
要が事故で家族を失い、忌引明けに登校してきて早々に起こした乱闘事件を身一つで止めて見せた。
しかし喧嘩両成敗という学校側の決断には抗い様もなく、停学にさせてしまったことを気に病み、以来要をずっと気にかけている。
普段鍛えているのと、家が厳しい家柄で様々な習い事をしていた結果、化け物扱いされるほどの筋力等の身体能力を持っていて、話し言葉も男に近い。
性格は快活で細かいことは気にしない性格でもあるが、自身が一生懸命やっていることをバカにされると烈火のごとく怒りだす。
先の乱闘事件をきっかけに、要が過ごしやすい学校を作りたいと考える様になり、生徒会長に当選したという経緯がある。
要への呼び方は「優木」
翌朝。
泣き腫らした目をこすりながら、露木は起きてくる。
俺はと言えば、正直女の子が背後で眠っていると考えるとほとんど熟睡もできずまだ頭がぼーっとしているが、さすがにそろそろ支度をしなければという思いもあって、露木を起こすことにしたのだ。
何故露木が泣き腫らした目をしているのか。
それは、俺の家族のことを話したから、と言うものではあるのだが……露木は俺の家族について当然知らなかったし、軽々しく聞いてしまったことそのものについても悔いている様子で、何度も謝られた。
過去のことだし、別に俺自身語っても問題ないと判断したから話したわけだが、まさか泣かれるとは思っていなかったからさすがに慌てた。
「おはようございます、優木くん」
「ああ。顔、洗ってこいよ。昨夜あんなに泣くから、ひどいことになってんぞ、顔」
「……本当に、すみませんでした」
「だからもういいって。何とも思ってねぇよ。それよりお前、先に出てもらわないと困るしとっとと支度しろよ? 朝飯なんてねぇんだし」
「…………」
あの顔、またロクでもない方向に考えが行ってるんじゃないか、って気がする。
俺のことなんか気にしなくていいし、正直ほっといてくれたらそれでいいのにな。
露木が俺をどう思っているか、ということについては、度々見た記憶からある程度察してはいるが……今の俺にはそれに応えてやれるだけの力がある気がしない。
仮にそれが露木の幸せに直結しているんだとしても。
その後に不幸にしてしまうんじゃないか、って思いが勝ってしまう。
あいつは別の形で幸せを掴めばいい。
俺とあいつじゃ、住む世界が違うんだから。
「あの、そういえばもう一つお願いしないといけないことが」
「わかってるよ、シャツだろ? ちょっと大きいかもしれんけど、今日はこれ着ていけよ。そいつはくれてやるから、あとは好きにしていいぞ。捨てるなりなんなり」
「いいんですか?」
「まだ何枚も代わりあるからな。あ、でも匂い嗅いだりとかはやめろよ? それ新品だから匂いとかしねぇし」
「…………」
何でわかったんだろう、という顔をしているが、俺にわからないことの方が少ないだろ、こいつに関しては。
「ゆ、優木くんが着ていたのとかは……」
「却下。変態に譲ってやるほど安くねぇ。それよりとっとと支度しろ、変態女」
「へ、変態って! 匂いが好き、ってくらい別にいいじゃないですか……」
それが自分の下着にまで範囲が及んでいるとなると、話は大分おかしな方向に行ってると思うのは俺だけか?
「今ならまだ男子の寮生に鉢合わせすることもなく出られるだろうから、早くしろよ。よからぬ噂が立ったら、困るのは俺だけじゃないんだ。それくらい、わかるだろ?」
「…………」
そう恨めしそうな目で見てくれるなよ。
俺だって何も意地悪で言ってるわけじゃないんだから。
俺なんかと噂になったら、絶対後で後悔するだろうし、こいつの将来の為なんだ。
俺だって、こんな能力とかなかったら女の子の友達の一人くらい、って考えたことはある。
だけど、それはもしもの話であって、現実ではない。
こんな風に全てを見透かすことが出来てしまう能力を持った人間と、まともな思考で付き合っていくことなんかできる人間はいない。
それなら最初から期待なんか持たせない方がいくらか優しいってもんだろ。
「色々、ありがとうございます。今日、放課後また……」
「ああ、わかってる。じゃ、学校でな」
何となく納得いかないと言った様子の露木が部屋を出て、学校に向かうのを見て俺はやっと一人になれた、と安堵する。
もちろんそれはもうあと数十分もしたら終わりを迎えてしまうものだが、やはり人と一緒にいるというのは落ち着かないものだ。
露木に関して言えば、もっと見てくれと言わんばかりに正面から目を合わせてくるし、その度あいつの感情が流れ込んできて、俺としては正直気が気でなかったというのもあるから。
変な噂が立ってやりにくくなれば、困るのは厳密には俺ではなく露木の方だということも、俺は理解している。
元々一定の友人を持ち、更にそれなりにモテもする露木だからこそ、尚更。
そのまま歩んでいけば、きっとあいつなら幸せになれるはずなんだ。
それを邪魔する権利も、ぶち壊す権利も俺にはない。
「あ、おはようございます優木くん」
「……何でお前、こんなとこにいんの」
あんなことを考えて寮を出た直後に、俺は露木との再会を果たす。
しかもその隣には露木とは別の女子生徒のおまけつきで。
露木とはタイプ的に逆の、ややギャル風な見た目の女子。
ゆるふわ……何とかって昔なんかの雑誌で見た気がする。
「優木くんって君なんだ? 望と仲いいんだ? あ、おっと」
「…………」
そう言ってその女子生徒は片目だけ手で隠して、俺対策をしたつもりの様だ。
もちろん無駄なんだけどな。
「……片目だけ隠しても意味ないぞ、川島。ばっちり左目が合っちまった」
「ありゃりゃ、そっかぁ。まぁ、見られちゃったなら仕方ないよね」
「その、出たところで鉢合わせしちゃいまして」
「……間抜けめ。少しは危機感持てよお前」
「あ、そうそう。その話、聞かせてよ。私の色々を見たお詫びってことで」
「…………」
隣のクラスの川島絵美里。
一年の時に露木と仲が良かったらしく、今でも親交の続いている生徒の一人の様だ。
ていうか露木もこいつも、何で俺に全部見られたってわかって尚平然としてんの?
「……って言う事情で泊めてやっただけで、俺は指一本触れてない」
簡単に事情を説明してやると、何故か露木は不満顔で俺に抗議してきた。
「嘘つかないでください、優木くん。私の髪の毛沢山触ったじゃないですか」
「え? 髪って……そんなことしてたの?」
「おい、今何を想像した? こいつが髪乾かすのが一人じゃできない、とか要介護者みたいなこと言うから、手伝ってやっただけだ」
「な……要介護者って! でもその後、一緒の布団で寝ましたよね」
「お前……何で黙ってればわからないことを次々自白すんだよ」
こいつ、既成事実作って俺の逃げ道塞ぐ作戦か?
わざとなのか?
……わざとじゃないのか、天然なのか、そうですか……。
「い、一緒にって……」
「お前が想像している様なことは何もない。それより誰かに喋ったら……」
「わかってるって。噂は聞いてるからね。私も自分は可愛いし、そんなことしない、約束するよ。その代わり……」
いたずらっぽく笑い、川島は俺と正面から目を合わせてくる。
もうこの段階でこいつの考えてることはわかっているわけだが、遮ってまでその発言を止めるのはどうかと思い直し、聞いてやることにしたのが間違いだった。
「望のこと、お願いね。優木くんはきっと、望を幸せにしてあげられるはずだから」
「は? ふざけんな。何で俺が……」
「出来ない、とか言うんだったら私、うっかり口滑っちゃうかもしれないなぁ。そしたら望も君も、もちろん仕返しで私もだと思うけど、不幸になっちゃうね」
「…………」
こいつ、卑怯だな。
女ってのは大体こんなもんなのか?
「……知るか。露木は自分のことくらい自分で何とか出来るやつだろ。もう、先に行くからな」
何となく居た堪れなくなって、俺は足早にその場を離れ、学校へ向かう。
あのままいたら俺は自我を保てなくなりそうな、そんな気がした。
「おやおや、珍しいじゃないか優木。お前が女連れで登校とは」
「……げ。っていうか女連れって……あ」
少し進んだところで追い抜いた女が、俺のこのタイミングで最も会いたくない女だった。
きっとこういう経験、誰にでもあると思う。
……いや、ないか。
「げ、とはなかなかのご挨拶だな、優木。仮にも生徒会長である私に向かって」
「…………」
「優木くん、生徒会長とお知り合いなんですか?」
「……ついてくんなっつったろ……」
「言ってないよね。先に行く、とは言ってたけど」
屁理屈を。
そして生徒会長と名乗ったこの女……渕上琴音。
一つ上の先輩で、去年の選挙で生徒会長になった女。
俺のことをよく知っているくせに、俺のことを欠片も嫌悪しない珍種。
それどころか顔を合わせれば話をしたがる変人でもある。
普段かなり鍛えているらしく、身体能力も高い。
握力なんか百キロあってもおかしくないくらいに、以前手を握られた時は痛い思いをしたのを思い出す。
「そうかそうか、同学年で仲のいい人間ができたのか、優木」
「そんなんじゃないっす。ただのクラスメートですよ」
「そうか? そこの……黒髪の子の方はそうは思ってない目をしてるが」
「…………」
そして無駄に鋭い。
こんなところで立ち話をしていたら、注目を集めそうなメンツではあるな。
「それより、遅刻しますよ。生徒会長が遅刻とか、シャレにならないでしょ」
「何、私が全力で走れば教室まで一分もかからん。それより詳しく話、聞かせてくれよな。おっとそこの彼女、私とこいつは君が思っている様な関係ではない。心配するな」
「そ、そうなんですか。私は二年の露木望です」
「ふむふむ、いいな、青春ってやつだ! いやぁ、朝からいいものを見せてもらった! はっはっは!!」
バシバシを俺の肩を叩き、満足げな顔をして渕上先輩は先に行く。
どんだけ力有り余ってんだよ、ってくらいに肩が痛い。
見た目は完璧美人で胸なんかIカップあるとか言ってたし、モテそうなのにその悉くを自分より弱そうだからと袖にしてきた変人。
『お前にだって、幸せになる権利くらいあると思うぞ? 別に不思議な力があると言ったって、お前も等しく人間なんだからな』
不意に、以前話をした時に言われたことを思い出し、錯覚してしまいそうになるのを懸命に堪え、俺も歩き出すと二人もついてくる。
「何でついてくるんだよ」
「教室、一緒ですし」
「私はその隣だし」
「……勝手にしろ。変な噂立っても、知らないからな」
何を言っても無駄そうなので、諦めてそのまま歩き、教室へ入る。
昼休み辺り、バイト先に連絡入れないとな。