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70:五月二十八日その④

『お前、怪我したね?』

「……何でわかんだよ」


 点滴を外してしまわない様に、左手で丁寧に電話に出るとババァが開口一番にわかってます、という様な口を利いた。

 何でもお見通しです、っていうこの口ぶりが本当に腹立たしい。


『お前に渡した力の影響なのかね、共感覚みたいなもので私にも伝わってくるのさ。本当にやれやれだよ。先日も誰かに思い切りぶん殴られていた様だしね』


 露木を庇った時のやつか。

 そういやあの時も露木を助けようとしてああなったんだっけな。


「っせぇよクソババァ。嫌ならとっとと切るなり死ぬなりしやがれ」

「ちょっと、要くん……そんな言い方……」

『どうやら、怪我の具合は芳しくない様だ。もうすぐ法事だってのに何をやってるんだか、このクソガキが』


 はぁ、とため息をついてババァは悪態をついてくる。

 怪我をしているとわかってるならもう少し労われよ、と思うがこのババァが俺を労わったり気遣ったり、なんて気持ちの悪いことをされたら、俺の容体が悪化するかもしれないからやっぱこのままでいいや。


「うるせぇってんだよ。法事には這ってでも行く。てめぇら親族に好き勝手されんのも癪だからよ」

『そんなザマで何ができるって言うんだか。どうしても来たかったら、そこにいる子たちに助けを借りてきな。墓前に報告も出来て一石二鳥ってもんだろ』

「余計なお世話だクソババァ。言われねぇでもそのつもりだよ。用事はそんだけか?」


 電話で言い争う様子を見た面々が、池野さんを除いて怪訝そうな顔をしている。

 こいつらは俺とババァの確執を知らないからそんな顔してられるんだろう。


『明日、そっちに行く。必要なものがあるなら今のうちに言っておくんだね』

「はぁ? とうとうボケたのかよババァ。見舞いとか日和ったことする様な、生ぬるい関係じゃねぇだろ」

『黙りな。金持ってるだけのガキが粋がるんじゃないよ。ガキはガキらしく大人に甘えてりゃいいんだ』

「…………」


 何を今更……俺の引き取りだって拒否した癖に、こんな状態になってから保護者面とか笑わせんな。

 そう言おうと思ったら露木が物凄い形相で俺を見ていて、何となく言う気が削がれてしまった。


「携帯の充電器と着替えくらいじゃねぇの。あと飯が不味そうだから何か適当に食えそうなもん」

『そうかい。お前の彼女たちは、好き嫌いはないのかい?』

「ありゃ何でも食うよ、こいつらは。こないだなんかすっぽん鍋奢らされて……ってそんな話はいいんだよ。何時頃来るつもりだ?」

「……要の口の悪さは、もしかして……」

「おばあさん譲り、でしょうか……」

「おい、聞こえてんぞ。……とりあえず俺はほとんど一人で出歩けねぇから、いつきても大体いるはずだ。じゃあな」


 特にこれ以上ババァと話すこともないだろう、と一方的に用件を伝えて電話を切る。

 最近の電話は向こうの声も割と漏れるから、ババァの声が聞こえてたらしく露木たちは何とも不思議そうな顔をしていた。


「要くんがおばあさんを嫌う理由って、同族嫌悪ってやつなのでは……」

「黙れ。あのババァと俺が似てるとか、冗談じゃねぇ。明日来るとか言ってたけど、お前らはくんなよ。それこそあのババァにネタ提供する結果にしかならねぇから」

「何よ、私だってあんたのおばあさん見てみたいわよ」

「見世物じゃねぇんだっつの。大体学校あんだろ。サボってまで見舞いとかやめろよ。学校終わってからなら俺も文句言わねぇから」


 あのババァが来るとしたら、きっと午前中だろうしそれならこいつらと鉢合わせってな愉快なことにもならないはずだ。

 



「うちのバカガキが世話になっている様で。こいつの母方の祖母の東堂玲子です」

「あ、いえこちらこそ……露木望です」

「…………」


 なんて思ってたのに何でこのババァ、午後になってからくるんだよ。

 普段通りの着物姿でビシっと決めてきた辺り、こいつらが学校終わる時間まで計算してきやがったんだろう、このクソババァ。

 マジでいい性格してやがんぜ……。


「あんた、おばあさんとそっくりね」

「黙れっつってんだろ。それ言われんのが一番腹立つ」

「いや、しかしお前は絶対将来ああなるだろ。何だか不思議な気分だな」

「あんたは……龍門の娘だね? 父親は元気にしてるのかい?」

「どうやら最近は隠居を決め込んでいるらしく、数日会っていません。まぁ多分元気なのでしょうが」


 そういやそんな話あったな。

 そうだ、このババァのせいで俺は龍門なんぞと戦わなきゃならなかったんだった。


「おいババァ。てめぇのせいで俺はあのバケモンと戦う羽目になったんだぞ。わかってんのかよ」

「力で退けたんだったら、もう終わったことだ。グチグチ言ったところでどうにもなるまいよ。私だって力を失い始めていた頃だったし、あれ以上龍門の相手をするのは骨だったもんでね。せめてもの生きがいを与えてやったに過ぎない」

「仮にも孫に押し付けようとか、最悪過ぎんだろ。口八丁なのもてめぇの得意技の一つなんだからもっと上手くやりゃよかっただろが」

「はぁ、終わったことをいつまでも……ならここの病院代は払ってやるから、それでチャラにしな。それでこの話はおしまいだ」


 そう言ってババァがナースコールを鳴らし、付き人が尋ねてきた看護師にいくらになるかの見積もりを聞いている。

 おおよその金額を聞いた四人の付き人の内の一人が小切手を書き、それを看護師に手渡した。


「おい、勝手なことすんな。俺のことくらい俺一人で……」

「昨日も言ったろ、粋がるなガキが。お前にはここにいる全員の人生を背負う義務があるんだ。金なんかいくらあったっていい。取っとけるもんは取っとけ。この子らが一人頭二人ずつ産んだら何人になるか、小学校程度の計算もできないのかい?」

「そんな作る予定なんかねぇわ。大体先のことすぎてわかんねぇよ、そんなもん」


 単純計算で十二人って……円卓でも囲むつもりか?

 正直子育ての段階で頭がおかしくなりそうな気がするのは、俺だけなのだろうか。


「そうなの? お姉さん三人くらいほしいな、とか思ってたんだけど」

「私も最低二人くらいは……」

「そうだな、子どもは何人いてもいいと思うぞ」

「…………」


 先輩に関してはとんでもない人数生んだりしそうだ、なんて想像が立つ。

 何故かババァに気に入られてる様でもあるし、どうなってんだ本当。


「ところで……そこの子と茶髪の子は不思議な力を持っているね。それが今回の事件の発端、ってところか」

「……そうだけど、それ以上言うな。俺がカタをつけるって決めてんだ」

「ほう? お前に何ができるって言うのかねぇ? 能力の中身についてはもう聴いてるのかい?」


 実を言うと、昨日は俺がこうなったってこともあってその話そのものが流れてしまった。

 つまり、聞いてない。

 今日か明日辺りにでも、と考えていたがババァがきたということもあって、先延ばしにしてしまっていたのだ。


「それにお前がそのザマで、茶髪の子が素直に話したがるもんかね? 今ここで聴いてしまうのが得策だろうよ」

「るせぇな……デリケートな問題かもしれねぇだろ。女からホイホイ秘密聞き出そうってのは、公然とやるもんじゃねぇってこともわかんねぇくらい耄碌したのかよ、ババァ」

「ほう、お前の様な唐変木が女心を語るか。面白いじゃないか。そこの少し派手めな……戸越さんと言ったか。こいつはきちんとお前さんたちを大事にしてるのかい?」

「えっと……」


 どう答えたら、と言った様子の戸越が俺とババァとを交互に見る。

 余計なことを言えばどうなるかわかるよな? と俺は目で訴えかけ、そこから目を逸らした戸越がババァを見て、ふぅ、とため息をつく。


「まぁ、大事にはしてくれてますけど……女心を理解してるかって言ったら正直、落第点ですね」

「な、てめぇ戸越……」

「ほれ見たことか。仲間内で話すんだったら大丈夫ってことは、女にだってあるもんさ。それに昨日お前はこの子らを助けようとして、同じ様なことを説いていたのではないのか?」


 物凄くバカにした様な顔で、ババァは俺を見下ろす。

 このババァ……俺が治ったら覚えとけよ……。


「大丈夫……です。私の力は、優木くんや池野さんと違って常に使えるものじゃないっていうか……私の意志でどうこうなるものじゃないですから」


 どうもババァの話っぷりから、ババァは能力の特性まで見当がついてそうに見える。

 出会って数分というレベルなのに、ここまで的確に見抜く観察眼。

 俺がこのババァを嫌う理由の一つだ。


「今のお前じゃできることなんかたかが知れてるんだ。私も聴いてやるから、ここで全部ぶちまけちまえ。ああ、お前らは外に出ていな」


 ババァがそう言って、付き人を外に出す。

 これで確かに俺たちとババァだけになったわけだが……俺からしたらババァも部外者だけどな。


「これで話しやすくなっただろう。あいつらは私の護衛みたいなものさ。聞かせても良かったんだけどね、このガキがうるさそうだから」

「……いちいち癇に障るババァだな、本当に」

「優木くん、大丈夫だから……じゃ、じゃあ……お話しします。私の能力について……」


 全員が見守る中、立川は少しずつ頭の中を整理しながらぽつりぽつりと語り始める。

 立川から語られた真実は俺の想像の遥か上を行く話だったが、ババァはやはり何となく予想がついていた様で、全く驚く様子を見せなかった。

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