71:五月二十八日その⑤
立川が語ったのは、ある日の出来事。
白昼夢の様な感覚と共に、目の前に現れた映像。
「未来視、だね?」
「はい……」
自制できる能力ではなく、自分の意識で発動するタイプでもない。
突如、前触れもなく頭の中に浮かぶその映像は見たいもの、見たくないものの区別なく無差別に見せられる。
「あの時は、単に正夢とかその程度だったんだけど……」
あの時というのは、以前理事会室へと行った時の話だ。
立川は、先輩がスイッチをいじるのに手間取っている時、口を挟もうとした。
しかし俺が口を出すことがわかっていたので、何もしなかったという。
しかし、これだけだと正直偶然だろ、なんて言いたくなってしまうのだが……。
「優木くん、私の去年の各学期のテストの点数見られる?」
「ん? ああ……」
そう言われて立川の目を覗き込むと、信じられない光景が脳に飛び込んでくる。
数学、化学と言った理系の点数は軒並み赤点もしくはギリギリ免れた、という程度のもの。
「私の能力が出始めたのって多分、五月入るか入るちょっと前かそのくらいなんだけど……」
「なるほど、初めて見たのが私から会計を任される未来だった、というわけか」
ゆっくりと立川は頷く。
それであの猛勉強の光景が見えてきた、というわけだ。
事実最近の立川の数学に関する知識は、去年とは比べ物にならないほどに向上している。
先輩がこう言う、ということを予知していた、ということなら何となく納得できないこともない。
「だけど……それはもしかして、という話になるが未来を変えてしまった、という結果にならないだろうか」
「あん? どういう意味だよババァ」
わからないのかい? とだけ言ってババァが険しい表情をする。
立川もその答えを予感していたのか固い表情でババァから目を逸らした。
「龍門の娘がこの子に会計を任せるに至った経緯は、何だい?」
「そうですね、彼女はどちらかというと社交的な部分よりも集中して何かをする方が向いていると思いました」
「でも、先輩あの時確か……」
『立川さんが数字に強いという話を聞いたものでな』
そう、こんなことを言っていたはずだ。
「私が、猛勉強して先回りしたの。できるだけ未来が変わらない様にって。先輩に自分から不自然にならない程度のアピールをして、先輩がそう言う流れを作りやすくしたの」
「……なるほど」
「まぁ、未来が仮に変わったとして……元の未来がどうだったのか、とかそういうのはわからないんでしょ?」
呑気な意見だと思う一方で、確かにという部分もある、戸越の意見。
仮に未来が書き換わったとして、誰がそれを証明して咎められるというのか。
そしてその未来が変わったかどうかに関しては、立川にだってわからない。
何しろ立川が見る未来は断片的なものばかりで、決定打に繋がる予知は今のところ会計を任された、という部分に留まっているのだから。
「まぁ最終的にはそうなるわな。お前、未来を変えちまったかもしれねぇって、それでビビッてたんだろ?」
「……うん」
よくあるラノベとか漫画では、未来を変えるってことが、とか過去を変えるってことがどれだけのことなのか、なんて議論されたりするが……正直誰にも証明できない以上誰も立川を責めることなど出来はしない。
仮にこれが変わってしまった未来なんだとしたら、俺たちはその未来を突き進んでいくしかない。
大体……たとえば誰かが死ぬ、という未来なんだとしたら意地でも回避しよう、そう考えるのも人情というものだろうし、おそらくは俺だってそう動くはずだ。
「まぁ……そんな能力がいきなり発現したら怖いって思うのは当然だろうな。俺だって今の能力でも持て余し気味だってのに、ここへきて新しいのが出てきました、なんてことになったらめんどくせぇって思うだろうし」
「でも、黙ってたら要くん以外にはわからないんじゃないでしょうか」
「そいつは立川が表情やら感情のコントロールを覚えたらって話で、通常の立川じゃ表情でバレバレじゃねぇの?」
立川は良くも悪くも、顔に色々出やすいタイプだ。
物静かなのは平静を保てる間だけで、想定外のことがあればすぐに顔色を変える。
不自然に口数が増えたり、挙動不審になったりと立川については最近漸くここまで情報を掴んだ。
「まぁ……そういう時は要が見てあげて、話しても大丈夫な内容だったら話す、くらいでもいい気がするけど」
「そうだねぇ。私とか要くんみたいにオート、もしくは常時発動みたいな感じとは違うし、いつどんな条件で……そもそも条件とかあるのかもわからないんだしね」
「そういえば気になってたんですけど……池野さんの能力って何ですか? 昨日からその話がよく出てましたけど」
そうだった。
俺としては池野さんがもうすっかりと自分のことを全部話してしまっている、という前提で話をしていたし、池野さんとしても俺が話してくれてた、みたいに勘違いをしていたのだろう。
俺と池野さん以外で、池野さんの能力については知らない、という人間ばかりなのだということを、今思い出した。
「お前は肝心なところで抜けてるねぇ……池野さんって言ったか。思考を読める能力、そうだね?」
これにはさすがの俺も驚いた。
こいつ、実は力だけ失くしてる、異能者なんじゃ……。
「伊達に長生きしてないからね。もっとも私には通用しなくて最初戸惑っていたみたいだけど」
「そうですね。やっぱり経験豊かな人には通じなかったり、ってことはあるみたいです」
「でも、思考って……」
戸越が不安そうな顔を見せる。
簡単に俺と池野さんで能力についての説明をすると、得心した様な顔になった。
「道理で……。隠し事とかできないってわけね、あんたと池野さんの前じゃ。ある意味で凶悪過ぎるわよ」
「言い方選べよ。最初からそんなもんしようなんて考えなければいいだけなんだからよ」
結局はこれしかないはずだ、と俺は思う。
攻略法なんていちいち考えるよりは、読まれてもいい様に立ち回れる知識なり経験なりを積めばいいだけ。
「ひとまず、立川は何かあったら俺に言ってくれよ。力になれると思うから」
「へぇ、お前がそんなことを言うなんてね。人は変われば変わるもんだ」
「うるせぇな……男がいつまでも同じ位置にいるなんて思ったら大間違いだっつの」
「そうかい。けど、お前はまだその立川さんに謝らなければならないことがあると思うが」
「あん? 何だよそりゃ……」
そう言いながら立川を見ると、立川は恨めしげに俺を見つめている。
何だ、この顔……そう思いながら目を覗き込む。
「……げ」
「やっぱり、忘れてたんだね」
「はぁ……お前ってやつは。てっきり既に全員と肉体関係にあるのかと思えば……」
「う、うるせぇ! わ、忘れてたっていうか……お、お前が捕まらなかったから……」
そう、立川が睨みつけてきた原因。
それは私だけ仲間外れ、というその一念。
「でも、優木くん怪我しちゃってるし……」
「さ、さすがにこれからすぐにってのは無理だけど……」
「本当に世話の焼けるバカガキだ。要、退院できる日程が決まったら連絡してきな。今度はきちんとしてくるんだ。破る様なら、毎日ここに付き人を差し向けるからね」
「はぁ? 何だってそんな真似……退院したらさすがにもう用事は……」
「あるから、連絡してこいと言っている。これは命令だ。出来ないって言うなら、お前の口座から何から差し押さえてやってもいいんだ。つまらんことで一生を棒に振るってみるかい?」
口座の差し押さえって……。
正気かこのババァ……。
「……立川に関係することなんだろうな」
「そうだよ。まぁ、立川さんだけじゃないがね。ここにいる彼女ら全員に関係することにもなる。本当に大事に思ってるんだったら、連絡してこい。絶対だからな」
そう言ってババァは立ち上がり、病室を出る。
呆気に取られている俺と、圧倒されているらしい女ども。
「……まぁ、こればっかりは擁護できないから……何かよくわからないけどしっかりやんなさいよね」
「そうだな、うん。まぁ忘れてた要が悪い。女を待たせる、というのがどれだけ罪なことか、ここで学んでおくといいんじゃないか?」
好き勝手なことを口走る女ども。
露木がババァの手土産を食べようと言い出し、その手に乗せられていた懐かしい食べ物。
昔ババァのところへ行った時には毎回食わされていたものだ。
「……お前らだけで全部食っていいぞ」
「要くん、これ嫌いなんですか? 美味しそうなのに」
「これからまたババァに関わらねぇとなのに、そんなもん食ってられっか。それより……立川、悪かったな。ちゃんと、けじめはつけるから」
「大丈夫……今はとりあえず、安静にしてて」
そう言って手に持っていたババァの土産を口に詰め込まれ、危うく俺は窒息して死ぬかと思った。
女を怒らせる、または待たせる、忘れる、ということが男にとってどういうものなのか。
この日俺はこの身をもって思い知らされることとなった。




