62:五月二十七日その①
「要くん、大丈夫ですか? 何か顔色がすぐれないみたいですけど」
「……ああ、ちょっとな」
翌日。
俺はこうして、どうにか生きているが……正直池野さんにはもう少しこう、手加減とかリミッターとかそういう概念を持ってもらいたい。
体のあちこちが痛むが、どれも見えないところへの……いや、思い出すと変な汗が出そうだからもうそれはいい。
それはいいが、俺が気にかかっているのはもう一つの問題だ。
『きっと本人も自覚ないんだろうけどもう一人能力者はいるよ』
昨日の池野さんの発言。
これがどうしても引っかかって、もう一度試しに聞いてはみたが、頑として教えてはもらえなかった。
容疑者……って言い方は少し違うかもしれないが、可能性のある人間は池野さんと俺を除けば露木、戸越、先輩、立川、富岡。
多いぜ……何でこんなに女増えた?
絞りたいとこだが、全員がそれを隠していたとして、不思議はない。
それぞれに、黙っていてもおかしくない理由があるからだ。
「なぁ露木、一個聞きたいことがあるんだけど」
「……? どうかしたんですか?」
「お前、最近変わったこと、なかった?」
「変わったこと、ですか」
そう言って顎に人差し指を置いて、考え込む露木。
何これちょっとあざと可愛い。
……いや、こいつのは天然なんだよな。
「あっ」
「お? 心当たりあるか?」
「えっと……ですね」
何故か顔を赤くして、露木が俯く。
そして時折上目遣いで俺をチラチラと見ては、でも、とか呟いてる。
何なんだ一体。
俺が何かしたのか?
「おい、露木?」
「あの、さすがにこんな場所で言うのは……私としても少し恥ずかしいんですけど」
「はぁ? 恥ずかしい?」
どうも、俺と露木とで認識のズレが生じ始めている気がしてならない。
こんな場所って、人気もまばらになってきた教室だけど、それでも恥ずかしいのか?
恥ずかしい能力……どんなんだろう。
いや、そもそも能力のこととは限らないわけだが。
「か、要くん耳を、貸してもらえますか?」
「……まぁ、それくらいはいいけどよ」
こうして耳打ちをしようと顔を近づけるだけで、教室に残っている生徒は興味深そうにこちらを凝視してくるのは何でなんだろうな。
おかげで俺も、意識してなかったことを色々と意識してしまうわけだが。
「その……」
「い、いいから早く言えよ。周りの視線がいてぇんだよ」
「じゃあ……あ、呆れないでくださいね? 実は最近……」
「…………」
聞かなきゃよかった。
ドキドキしたこの胸の高鳴り、どうしてくれるんだこいつは。
「で、でも本当なんですよ? すごく、お肌の調子もいいですし……」
「ああ、もういいよわかったから。うん、よくわかった」
誰が最近のお前の肌の調子がいいとか、周りから可愛くなったって言われる様になったとか、そんな情報を欲したんだよ、全く。
きわめてどうでもいい情報だったわ。
「悪い、そういうのが聞きたかったわけじゃねぇわ。ということは、だ。お前にはとりあえず用はない。邪魔して悪かったな、他当たってみるわ」
「……は?」
「いや、だから……」
「何なんですか!? 用はないって!! 何回かやったらポイですか!? 都合のいい女なんですか、私!!」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待て、誰もそんなことは……」
露木の叫びに、残っていた生徒の白い目が一斉に俺に降り注ぐ。
この流れ、何度目だよ……。
「そうやって、私のこと、捨てるんですね……」
「ち、違うっつの、落ち着けって!」
「おい優木お前……露木さんのことポイって、それマジなのかよ」
見かねた男子生徒の一人が、俺に詰め寄ってくる。
以前絡んできた、小林か。
随分とお怒りのご様子で。
「ば、バカ言ってんじゃねぇ! んなわけあるか!! こいつはな、俺の女だ!! てめぇら、指一本でも触れたらぶち殺すからな、覚悟しとけ!!」
冷静でいたつもりの俺は、ここで大いに失態を犯す。
露木がさっきまでの憤怒の表情から一転、顔を明るくする。
教室が、残っていた人間だけのはずなのにやけに沸き立つ。
「あ、ち、ちがその……ち、違わねぇけど、ああくそ!! 行くぞ露木!!」
ついつい売り言葉に買い言葉というやつで、訳の分からないことを口走り……俺は居た堪れなくなって露木の手を掴むと一目散に逃げ出した。
よくわからないが、教室を出るときに拍手の様なものが聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「お、俺の女、ですか」
「忘れろ、頼むから……。失言にもほどがあんだろ、あんなの……」
「いえ、もう無理です。しっかりとこの心に刻み込みましたから」
「……ああそう……。どうでもいいけど、誰にも言わんでくれ、頼むから」
すっかりと機嫌を良くした露木を連れて、俺は第二の目的地である戸越の教室へ。
顔の火照りがまだ収まらないが、この際そんなことを気にしている場合ではないだろう。
「あら、珍しいわね。あんたがこっちくるなんて」
「まぁな、ちょっと用事があってよ」
「何であんたも望ちゃんも、そんな顔赤いの? ……まさかあんたたち、学校でエロいこととか……」
「バカ野郎、声がでけぇっつの。それにそういうんじゃねぇから」
「そうですよ、ただ要くんは、私のこと……」
早速この野郎言うつもりか。
さすがに危機感を覚え、咄嗟に露木の口を両手でふさぐ。
「お前……さっき誰にも言うなって言ったばっかだぞこの野郎」
「そ、そうでしたね」
「何? あ、もしかしてさっき叫んでたの要? 丸聞こえだったわよ」
「…………」
俺もつい、加減しないで叫んでしまっていたからこればっかりは俺が間抜けだったとしか言い様がない。
「そ、そんなことより、立川は? 姿が見えねぇけど」
「今日はもう帰ったみたいだけど。何か用事があるって」
「そうか……じゃあお前でいいや」
「は?」
「あ、いや、お前にも用事があってだな……」
何こいつ……いつからこんな闘気とか扱える様になったの?
背筋が凍る様な経験を連日、ってのはさすがに勘弁してもらいたいんだけど。
「えっと、お前の体調とかそういうのは置いといて……特に気にならんし」
「ねぇ望ちゃん、こいつ私に喧嘩売りにきたの?」
「いえ、そうじゃないみたいですけど……私にもわからないんですよ」
「い、いやそういう意図は全くない。だけど教えてほしいんだよ。お前、最近変わったことなかったか?」
俺のこの聞き方に問題があるのだろうか。
物凄い不満そうな顔で、それでも戸越は考えている様だ。
「……まぁ、あるって言えば、あるかな」
「お? どんなんだ?」
「え、でもこれあんたに言わないとダメ? 私、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「……ハズレか」
「ああ!? 何よハズレって!! もっぺん言ってみろこの野郎!!」
俺の言葉に激昂した戸越が暴れ出してしまい、戸越のクラスでの聞き込みは当然のごとく失敗に終わった。
露木も何故か、その言い方は……とか可哀想な人を見る様な目を向けてくるし……今日は厄日か何かか、俺は。
この調子だと先が思いやられるが、とにかく聞ける人間は全部、総当たりで行く必要がある。
そう考えた俺は、正直気が進まないが先輩のところへ行って、先輩にも聞いてみようと考えた。
戸越と違って少し呑気なところもある先輩のことだ、戸越のクラスの様なことにはなるまい。




