63:五月二十七日その②
「ほう、変わったこと……」
「え、ええ」
先輩のクラスへ行くと、俺は先輩のクラスメートから好奇の目を向けられる。
露木と何故か戸越までもがついてきているから、目立つと言えば目立つのかもしれないが、教室内からあの子がハーレムの……とか言ってるのが割とよく聞こえた。
もうちょい音量調節しようぜ、先輩方……。
「そうだな、私は最近特に調子がいい。何でかわかるか?」
「…………」
これまたハズレ、と。
何で露木も戸越も、先輩までも同じことを言うんだろうか。
ていうか、アレと体調とかって何? 連動してんの?
ホルモンのバランスがどうとかって昔何かで見た記憶はあるけど、オカルトレベルだろ、とか思ってたのは俺だけなのか。
いや、女どもが口をそろえてこう言うってことは、きっと何かしらの根拠はあるんだろう。
つっても俺は別にそんな変化とか全然気にならないし、言われても正直眉唾程度のものでしかないんだが。
「わからない様だな」
「いえ、わかりました。わかったので続きはさすがにここで言わないでもらえますか?」
さすがにこんだけ人がいる中でそんなことを盛大に暴露されるのはまずい。
好奇の目を向けてくる人間の中には、去年俺とやり合ったバカが何人か混ざっているというのを、既に確認している。
「ほう、何故わかった? 露木さんと戸越さんも同じことを言っていたのか?」
「えっと……まぁ、そんなとこです」
「聞いてくださいよ、先輩。私が同じこと言ったらこいつ、ハズレか、とかって……」
「ちょ、お前マジで黙れ。話がややこしくなんだろが」
俺が慌てて戸越を止めると、先輩はジロリと俺を睨む。
やべぇ、戸越が余計なことを口走ってくれたせいで、先輩の中での俺の評価がエンゼルフォールのごとく下がって行っている。
こいつら何かあると先輩にチクればいいと思ってんだろ。
いや、マジで効果覿面なんで、その辺で勘弁してくださいって感じなんだが。
「お前は、そんなことを言ったのか」
「あの、ち、違うんですって、聞いてくださいよ」
「あ、でも要くんは私にも同じこと言ったんですけど、その後こいつは俺の女だ! って……」
お前も大体似たこと言われて喚いてたくせに、何でそんな嬉しそうなんだよ。
マジで怖いわ、こいつ。
「お前まで俺を売るのか、露木……」
「ほう、俺の女。ちなみに私もお前の女だぞ、要」
「…………」
さらりと言ってのけた先輩の言葉に、冷やかす様な声がそこかしこから聞こえてくるのは、気のせいではなさそうだな。
先輩は元々この美貌だし人気もあった。
なのに俺みたいな唐変木に目を付けたばかりに更に人気者に……何でだ?
あれか、捨てられた子犬とか拾って好感度上がりました的なやつ?
そういう展開嫌いじゃねぇけど、俺って何、子犬だったの?
「それよりお前が何でそんなことを聞きたがるのかを、私は知りたい」
「あ、そうよ。あんた説明もなしにいきなり聞いてくるから……」
「いや、先に言っちゃったら答えてくれないかもしれない、って内容なんだって。察しろよ」
「それはさすがに無理ですよ……」
本当、頭の弱い子はこれだから……。
肝心な時にこれだからな、本当何で俺、こんなやつを……。
って俺、割と冷たいこと考えてる気がする。
「まぁとにかく先輩も白。そして池野さんは今回含まれないから……容疑者は富岡と立川、か」
「だから訳を話せ、訳を」
「そうよ、話さないでおいてハズレだの何だの、さすがに失礼だと思わないの?」
もちろん思わない。
だから堂々と聞いているわけだが……斜め上からの答えばっかでこっちも困ってんだよ。
「……まぁ、お前らは一応白っぽいし……けどなぁ、お前ら口軽そうだから……」
「お前確か……あの時の新入生か」
話そうかどうか逡巡していたところへ、野太い声がかかる。
聞き覚えがある様な、ない様な声。
「……誰でしたっけ。俺、ゴリラの知り合いとかいないんですけど」
そう言ったら何故か先輩に物凄い顔で睨まれた。
俺、もう先輩のことメスゴリラとか言ってないはずなんだけど、おかしいな。
まだ自分のことゴリラと思ってるって証拠だぜ、先輩。
「相変わらずの憎まれ口だな、優木って言ったっけか」
「ゴリラの癖に人の言語操って、人の名前まで覚えられるなんてすげぇっすね。テレビにでも売り込んだらどうですか。一気に人気者ですよ。上手く行けばお嫁さんとかもらえちゃうかも?」
ゴリラは大変お怒りの様子で、俺を睨みつけてくる。
だけどメスの方は俺のだから、手を出したら殺すけどな。
「いい根性してるな、本当……」
「ちょっと、要……」
戸越が心配そうに俺の服の裾を引っ張る。
露木も先輩も、いざとなれば俺を止める気でいる様だ。
「ああ、思い出したぜ。俺の不機嫌最高潮の時に絡んできたの、あんただっけ。ゴリラ程度の知能じゃあんな絡み方してくるのは当然だわな。この期に及んでまだ絡んでくるってのは何だ、まだ俺にやられ足りないってことか? ゴリラで人語が操れてマゾとか、属性てんこ盛りで羨ましいな、おい」
言いながらコキコキと手首を鳴らすと、目の前のゴリラ……生島達夫はさっと身構える。
「おいおい、ただの準備運動しただけでそのビビり様とか、大人しく柔道部で寝技の練習でもしてろよ。その方がよっぽど将来の役に立つんじゃねぇの? もっとも相手がいれば、だけどな」
「おい、要その辺にしておけ……」
「下がっててくださいよ。飼い主不在みたいだし、放し飼いにしてるゴリラの調教くらいこなしてみせますから」
「要くん、ダメですよ……」
こいつの顔を見ていると、あの時のことが思い出されて無性に腹が立ってくるのを感じる。
あの時先輩ごとぶっ飛ばしておけばよかった、なんてことを考えてしまう。
もちろんその後先輩にぶっ飛ばされるというおまけ付きかもしれないが。
「女連れで揉め事を起こす気か、お前」
「ああ、言っとくぜ先輩方。こいつらに指一本でも触れたら……死んだ方がマシってくらいの地獄見せてやるからな。俺に絡んだこと、死ぬほど後悔しろよ!!」
机を乗り越え、生島に蹴りを入れると他の男子生徒二人が一斉に動いて、俺に向かってくる。
そしてそのうちの一人が露木の腕を取った。
「あう……」
「の、望ちゃん!?」
「う、動くなよ。こいつがどうなってもいいのか、お前」
こいつがそう言った瞬間……いや腕を掴んだ瞬間なのか。
どっちでもいいが、俺の中にムカムカとした感情が湧き上がってくるのを感じる。
露木の腕、あとでクレゾールで除菌しないとダメなやつか?
「……触ったな?」
「え?」
「俺、言ったよなぁ……触ったら、ってよ。お前は優木裁判で死刑。今すぐ執行してやるから、覚悟しろオラアァァ!!」
もう一人の向かって来ていた方を椅子で殴り飛ばし、その椅子を放り投げる。
そして露木を捕えていた方の男の後ろに回り込み、髪を掴んで壁に向かって叩きつけた。
「あぐ……」
「おいおい、まだ気絶なんかすんなよ? さて、どうしてくれようか……まずは目、言っとくか。抉っときゃ俺と目を合わせる恐怖からも解放されてめでたしめでたしってな」
「や、やめろ……」
たまらず露木を離したヘタレ……平川修二が壁際でジリジリと追い詰められる。
解放された露木は戸越が庇いながら保護した様だ。
それを確認した俺は、人差し指を立てて平川の右目に突き立てるべく近づけていく。
「ほら、もっと抵抗してみせろ。さっきの威勢は何処行った? 口だけの先輩はここでお目目失って障碍者の仲間入りがしたいです、ってことでいいか? あ?」
「た、助けて……」
「そこまでだ、要」
先輩が俺の手首を掴み、その先輩を支える様に露木と戸越がしがみついている。
いらねぇこと思い出させてくれた礼を、なんて思ったのに興が冷めた。
「どうした、そんなに苛立つなんてお前らしくもない」
「…………」
らしくない、ね。
最近暴れてないからストレス溜まってたのかね。
「ここにいたらまたそうなっちゃうんだったら……出ましょう、要くん。まだ他の方に用事は残っているんでしょう?」
「ここで揉め事起こしてどうすんのよ……そういうのは私の役目なんだから」
「お前はもう少し自重してくれていいぞ、戸越。……まぁ、こいつらに言っといてくれよ先輩。次絡んできたらこんなもんじゃすまさねぇってよ」
こいつらに会ったせいで、余計なことを思い出した、というのは確かになくもない。
もうすぐ家族の法要……とは言ってもどれだけの人間が参列するのやら。
あのババァを始めとする親族には、正直顔を合わせたくない。
そういう思いが自然と苛立たせたのだとしたら、俺は家族に対して不幸な真似をしてる、ということになるんだろうか。
「立川は帰っちまったんだったら、捕まりそうな富岡か……」
正直あまり気は進まないが、富岡にも確かめておく必要はあるだろう。
なので、露木に俺のことは伏せて富岡に連絡を取ってもらうことにして俺たちは校舎を出ることにした。
富岡でビンゴだったら非常に助かるんだが……。




