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61:五月二十六日その②

 池野さんの部屋。

 そこは俺の部屋よりも広く……というか間取りも部屋が二つとかある時点で、もう俺の部屋とは違うというのが一目でわかる。

 何かいい匂いするし、そこそこ片づけられているし、彩りがピンクを基調としているところとか、やはり典型的な女性の部屋、と言ったところだ。


 リビングがあって、寝室が二つ。

 もうこの時点でこの人実家が金持ちなのかな、なんて想像ができる。

 けど不思議なのは、実家の情報とか全然、この人の記憶にないんだよな。


「適当に座ってて」

「あ、はい」


 リビングには、一人暮らしにはあまり似つかわしくないダイニングチェアとセットのテーブルなどもあり、俺はその椅子に座ることにした。

 これが電気椅子とかで俺が一瞬で意識を狩られて……なんてことはないだろうが、どうにも落ち着かない。

 そもそも人の家とか露木の家以来行った記憶がないし、その露木の家だってそんなに落ち着く空間とは言えなかった。


 出来ればあの母親とはもう、顔合わせたくないなぁ……。


「ねね、今露木ちゃんのこと考えてたでしょ」

「え……」

「優木くんって本当、露木ちゃんが大事なんだね。ちょっと妬けちゃうなぁ」

「…………」


 誰を特別に、なんてことは考えてないつもりだが、やっぱりそういうのは出てしまうものなんだろうか。

 否定もしないが、肯定するのも何となく憚られる。


「間違ってはないですけど、厳密には露木本人じゃなくて露木の母親のことを、考えてました。出来ればもう会いたくないなって」

「どうして?」

「あー……人の家ってあんま来る機会なかったから、最近の記憶だと露木の実家が最後なんですよ。その時の印象がね」

「すごい人なんだってね。琴音ちゃんから聞いてるよ」


 あんたも大概ですけどね。

 というか質で言ったらあんたは絶対露木の母親寄りだろ。


「まぁ……」

「私、露木ちゃんのお母さんに似てると思うの?」

「……あの、前から気になってたんですけど、俺そう言いました? 多分口に出してないはずなんですけど、何でわかるんです?」

「あれ、素直だね。てっきり誤魔化すかと思ったのに」


 誤魔化すこと自体が、この人相手だと無駄としか思えない。

 だったら手っ取り早く答えを引き出せる方向に話を持っていく方が、いくらか賢いってものだろう。


「色々おかしいなって。顔に書いてあるとかそういう風に言う人は確かにいますけど、それはあくまで比喩じゃないですか。実際に書いてあったらもうサトラレみたいなもんですし」

「うーん、いいとこまで行ってるよ、優木くん。心を読める、とかそんなことはないんだけど……私の場合はその人がその瞬間に思ったことが、顔に文字として現れる、って言ったら頭おかしい人に見える?」


 自分で自覚してんのか。

 まぁ、大概頭おかしいと思われる人って、自覚はあるとか言うもんな。

 健常者を装う、って言うと言い方は悪いけど余所行きの表情や人格を作り上げるくらいはこの人なら訳もなくやってのけるんだろう。


「……いや、逆に納得しますね。けど、俺の能力でそれが見えない理由は?」

「んー、私もわかってるわけじゃないから推測でしかないんだけど、私だけにしか見えない、つまり優木くんが受け取ってる記憶にはフィルターがかかっているから、とかどう?」

「どう? って言われても……」

「じゃあ、これでファイナルアンサーってことにしよう。不思議な力だけど、割と人生つまんなくなっちゃうんだよね、こういうのって」


 言いたいことはわかる。

 俺とはやや質の違う能力だが、対話している人間の考えていることが全て文字になってしまう。

 だとしたら、対話自体が無意味に感じられても不思議はないだろう。


 だが、俺は俺の能力を使ったとしても対話自体が無意味とは思わない。

 それは何故なのか、と言えば……。


「まぁ、本人が意志を持って伝えてくることが、逆に特別に感じられたりするから、ってのはあるからね。それに君たちは考えることがいちいち可愛いから、お姉さんも退屈しないんだよ」


 それにしたって、能力自体を隠していたって言う事実。

 よほど心を隠すのが上手いのか、俺が見た記憶からは感じ取れなかったもの。

 この人はこの人でやっぱりとんでもない。


「優木くんも薄々わかってると思うけど、記憶って表層的なものだけを指すわけじゃないからね。たとえば、人から質問されることによって呼び起こされる……その時まで忘れていたとしてもね。そのコントロールを意識的にできるのが、私ってわけ」


 先日ファミレスに行った時のことが思い起こされ、顔が熱くなる様な感覚を覚える。

 いくら俺の能力で読めなかった情報とは言え、さすがにあの発言はない。


「それ、俺なんかよりよっぽどスペシャリストですよ。こないだイキってスペシャリストですから、とか言っちゃったのが恥ずかしくなりますね」

「ちなみに……まだ優木くんは知らないだろうし、きっと本人も自覚ないんだろうけどもう一人能力者はいるよ」

「……え?」


 能力者がもう一人?

 それは一体、どんな?

 っていうかそれ、誰のことなんだ?


「すぐにわかると思うよ。本人が自覚するのも、多分時間の問題だから」

「え、それって……いい方面の能力なんですか?」

「んー……どうかな。そもそも意識して使えるものじゃなさそうな感じするんだよね、私もまだよくわかってないけど。だから時折、本人は戸惑ってることが多い様にお姉さんには見えるかな」

「…………」

「心配?」

「そりゃ、まぁ……」


 俺みたいに生まれつきで、あって当たり前と思っているのや池野さんみたいに自覚して使いこなしているのとは、聞いた限りじゃ明らかに違う。

 だとしたら本人が戸惑うのなんか当たり前だし、だけどそれを今まで誰にも言えずに来ているんだとしたら……それってひどく孤独なことなんじゃないだろうか。


「優木くんの能力で見えなかったのは、優木くんに心配させたくないって思う健気な一心からで、私みたいな器用なやり方してるのとは違うみたいだけどね」

「自分でそれ言いますか……っていうか何でこのタイミングでそれ言っちゃいますかね。気になってデートどころじゃ……」

「それはそれ、これはこれ。デートはもちろん中断しないし、だけど優木くんはそのことを忘れたらダメ。わかる?」


 無茶苦茶なことを言い出すな、この人……。

 まぁそう言うであろうことは想像していたけど、なかなか無茶だと思う。


「で、今日はこれからどうするんです? まさかお茶飲んだら帰っていいとか、そんなことは……」

「あると思う? まだまだ、これからだから。こっちきて。もう一個、隠してたこと教えてあげるから」


 まだあんのかよ……これまででももう、割とお腹いっぱいなんだけど。

 しかしついて行かなければ何をされるかわからない。

 そう考えると、もう行かないという選択肢は存在しなかった。


「ほら、ここ。もう一個の部屋はね、私の寝室として使ってるんだけど」

「……ええ」

「安心して? 中に人の死体とかあるわけじゃないから」

「…………」


 そういう方面にまで狂った人ならさすがに、俺も全力出してでも逃げるしかないだろう。

 しかし前もってそういう断りを入れてくるということは、別方向におっかない何かがこの部屋には眠っている。


「さ、ご開帳~」

「……な……何ですかこれ……」


 思わず言葉を失う光景。

 真っ黒な壁紙に真っ黒なカーテン。

 机にパソコン、椅子、本棚……どれもが真っ黒。


 そして何よりも驚かされたのは……。


「お姉さんがどれだけ優木くんを、思っているかの証。気に入ってもらえた? 富岡ちゃんと私、ちょっと似てるかなって思って親近感湧いてたんだけど……富岡ちゃんのこと気に入ってもらえたんだったら、お姉さんも受け入れて、もらえるよね?」


 壁、天井、床、机……そのどれもに所狭しと張り付けられている、写真、写真、写真。

 もうおわかりだろう。

 全て俺の隠し撮り写真。


 廊下は明るいのに、壁紙やらのせいでやたらと暗く感じる部屋の中で、池野さんの瞳が怪しく輝く。

 退路は断たれた。

 俺はこの後池野さんによって、美味しく頂かれてしまうのだった。

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