59:五月二十五日その②
目が覚めると確かに外は夕闇に照らされ、部屋に差し込む光も薄暗いものへと変わっている。
俺の予想はどうやら、概ね当たったらしい。
隣で寝ている富岡も、まだ寝息を立てながらすやすやと……。
「……ん?」
何かがおかしい。
何が……何故だ?
何故、富岡は裸で寝ている?
そして……何で俺も裸なんだ?
一糸まとわぬ男女二人が一つの布団で……ってこれは。
「やら……れた?」
どう見ても後始末しました、という痕跡。
その後始末に使われました、というあからさまな形跡……有体に言えばティッシュ、とか。
「嘘だろ、こいつ……マジかよ」
全身に、服を纏っていないのにも関わらず嫌な汗が流れるのを感じる。
何しろ、それらが行われたのであれば、本来俺たちくらいの年齢ならあって然るべきものが、使われていて当然のものがない。
「あはは、はは……え、こいつ……正気か……?」
先ほどからかいている嫌な汗が、増量期間にでも入ったのか三割増しくらいでダラダラと流れ始める。
そんなサービス期間いらねぇよ、いやマジで。
誰か、これも夢なんだとか言ってくれないかな。
「んぅ……あ、起きたの……?」
「…………」
何呑気な声出してんだこいつ……。
俺が寝てる間に……いや、そこまでされて完全に夢の中だった俺もどうかと思うけども。
今見ている景色は決して夢ではない、ということがすぐにわかる。
ちょっと待って。
俺十七歳でパパになっちゃうかもしれないってこと?
「あー……一応服着せようかなって思ったんだけど」
「…………」
「私も限界だったみたいで、諦めちゃったんだ。ごめんね」
「…………」
心臓が、今までにないほどのスピードでビートを刻む。
震えるぜハート、とかそんな呑気な言葉はさすがに出てこない。
先輩や龍門とのバトルでも、ここまで心臓がドクドク言った記憶もない。
「な、なぁ富岡」
「どうしたの?」
「お前、一体何回やったの?」
「聞きたいの?」
「いや……というか、え? お前、何してくれてんの?」
「ダメだった?」
何でこんな平然としてんだよこいつ。
いつも通りすぎて、正直震えそうになってる俺がバカみたいに感じる。
「いや、百歩譲ってやっちまったもんは仕方ないと言っておこうか。けどお前……あそこのアレは、使わなかったの?」
「うん」
「うん!? うん、ってお前……」
「だって私、薬飲んでるから」
薬?
何の話をしてるんだ?
風邪でも引いてるのか?
だったら尚更そんな恰好で寝たらいかんだろ。
いや、そうじゃない。
ていうかこいつが風邪薬を飲んだなんて、一言も言ってはいないはずだ。
「いや、待て。俺の理解力がないだけか? 薬って何の?」
「そういう薬。私、生理不順気味な上に、重い方だから」
「……は?」
いや……そういう体質の女がいるってのは聞いたことがあるし、病院なんかでそういう治療はしてくれる、みたいな話は姉貴から聞いたことがある。
だけど何?
富岡がそういう治療をしてて、そういう薬を処方してもらってたけど、その目的以外で今日その薬を使った、ってこと?
「だから、心配ないよ。焦っちゃった?」
「いや、待てって。そういう話をしてるんじゃ……してるんだよな、うん」
「落ち着いて、優木くん」
「ああ、そうだな。うん……いや無理だろ。理解が追い付かんわこんなの。で、何で俺が寝てる間にそういうことすんの?」
「それは……我慢できませんでした、ごめんなさい」
嘘じゃないよ、と言いながら俺の目を覗き込んでくる富岡。
そしてその記憶の中で呑気にも寝こけてるくせに、一部だけやたらと元気な俺。
今の心境を、どう形容したらいいのだろう。
正直、こんなにも間抜けな情事の瞬間を……しかも自分のを、こんながっかりした気持ちで見せられる日が来るなんて、思ってもみなかった。
こんなされるがままの俺とか、俺じゃない。
いくら昨夜寝てなかったって言っても、無防備すぎるだろ……。
「はぁ……はあああああぁぁぁ……」
漸く頭が追い付いてきて、同時に深い深いため息が漏れだす。
それを楽しげに見つめる富岡。
やっぱこいつ、ぶっ壊れてるよどっか。
「えっと、ごめんね……?」
「心底、安心した。無責任な言い方だけど、マジで。いや、金の心配とかは全然ないけど、お前に重たい十字架背負わせることになるかもしれない、って思ったらガチで混乱したっていうか……」
「え?」
俺がこんなことを言うのがそんなにも意外なのか、富岡は目を丸くしている。
本当に、失礼なやつだなこいつ。
「そりゃそうだろ。苦労とか絶対あるんだぞ? いや、さすがに俺もそこまで詳しくねぇけどよ。みんなが、周りが遊んでる中お前と俺は子育てに追われて、って見方変えたら幸せなことかもしれねぇけど、それだけじゃ絶対済まねぇよ。ストレスに感じることだって多いだろうし……俺はお前だけじゃなくて他の連中にもそんな思い、今からさせたくはねぇんだ」
「……ごめん」
ここへきて、富岡が神妙な顔つきに変わる。
どうやら自分のしたことの重さに、やっと気づいたというところか。
さっき言ったことで、意図的に避けたが子どもだってそれで不幸になる、ということも十分考えられる。
だったら万全の態勢で生んでやる方が子どもの為でもある。
そう考える俺は、ジジ臭いのだろうか。
「頼むから、寝てる間にみたいなのはもう勘弁してくれ。俺の意識のないとこで、なんて責任取りたくても取れないだろ、そんなの」
「……優木くんって、案外真面目なんだね」
「は? 人として当たり前のこと言ってんのにお前は……」
「そっか、だからみんな優木くんについて行くんだね」
「だからそんな話は今してねぇって……何言ってんだお前」
がばっと起きだしてきて、富岡ががしっと俺の腹にしがみつく。
一体何がしたいんだ、こいつは……。
「ごめんね、もうしないから。優木くんがちゃんと私たちのこと大事にしてくれてるんだっていうの、ちゃんと伝わった」
「……そうかよ。なら本当、頼むぞ。約束したからな」
「うん、約束する。もう変なことしないから。だから今度は頻繁に来てもいいよね?」
「……一応、前もって言ってほしいんだけど」
他の女とバッティングしました、とかさすがにごめんだし。
正直修羅場になったら俺は逃げない自信とかねぇもん。
女同士の争いとか、見たくないし。
しかし、今日俺と富岡は今までの蟠りを本当の意味で解消するに至ったのかもしれない。
これでこの先、富岡がまともになってくれるんだったら俺としては言うことはないし、露木の言った通りだって思えるから。
この後も何やかんやあるが……多くは語るまい。




