57:五月二十日その③
「……で、結局富岡さんも週末はここになった、と」
「まぁな……」
別に文句があるという風には見えないが、何となく露木の表情は普段と違う様に見える。
いや、もしかしたら何も考えてないかもしれないが、俺の中の後ろめたさがそう感じさせるだけという話もあるかもしれない。
「しかし……ま、知ってましたけどね」
「は?」
何笑ってんのこいつ。
頭おかしくなったの?
「知らなかったの、多分要くんだけなんですよ」
「ど、どういうことだよそれ」
「富岡さんのことはある程度美理亜ちゃんから聞いていましたので、ああ、とうとうバレちゃったんだ、というのが正直なところですね」
何だよそれ……先に言えよ。
俺だけ知らなかった、ってそれはさすがにひどい。
知ってたらもっと他の対処法だってあったに違いないのに。
「バレたってより、あいつが自分から明かしてきたんだけどな。それよりお前ら性格悪いぞ。あんな強烈なもん隠してるなんてよ」
「だって、本人が言わないでって言うんだから仕方ないですよ……」
またその顔か。
くそ、その顔でそんな風に言われたら言及しにくい。
確かに本人が内緒で、って言ってるのを言っちゃいました、ってのはこいつみたいな正直者には厳しいわな。
「要くんは、富岡さんが怖いですか?」
「怖いっていうか何て言うか……うん、珍種だな。今までにないタイプ」
「彼女は単純に要くんのことが好きなだけですよ?」
「それだけであの異常な行動か? どう控えめに言ってもおかしいって」
「今だけですよ。ちゃんとした関係が築ければ、多分彼女は落ち着きを取り戻すんじゃないかって池野さんも言ってましたし」
そこに行くまでの過程が、問題なんだと思うんだよ。
まぁ順調にいけば今週末でその辺はケリがつくかもしれんし、その後落ち着くって言うなら俺としても御の字だけど。
「はい、要くんの分です。少し熱いかもしれないですけど」
「……お前は、割と常識的な考え方出来る人間だよな。助かるよ」
「そうですか? 私だってたまにはこうして独り占めしたい、みたいな考えはしますよ?」
「それでもきちんと自制してるだろ? え、何その顔。まさかお前……」
「い、いえ……私は別に付け回したりとか、洗濯物の匂いなんて……」
「…………」
「…………」
こいつもあれか、やっぱ出禁とかにした方がいいのだろうか。
匂い嗅ぐとか、本当どういう環境で育ったら……。
ああ、ああいう環境でしたね。
「しゃ、シャツだけですから。その、パンツとか靴下はさすがに私も……」
「俺の目見て喋れよお前。そしたら本当かどうかすぐわかんだから」
「…………」
何こいつの目、個人メドレーでもやってんの?
別に怒ってはないんだから、もう少し堂々と……いや堂々と匂い嗅げとかふざけたこと許すつもりはないけど。
「つゆ……望。俺の目が見らんないわけ?」
「ず、ずるいですよ急に名前呼びするなんて」
「お前だって俺のこと名前で呼んでんだから、そうしなきゃ不公平だろ? それよりいいからとっとと俺の目を見ろ」
そう言って向かいに座る露木の顔を両手で掴んでこっちを向かせる。
あう、とか言いながら躊躇いがちに向けてきたその目から飛び込んできた情報に、俺はむせた。
「マニアックすぎませんかね……」
「ご、ごめんなさい……」
「お前、俺がパンツの匂い今すぐ脱いで嗅がせろって言ったら嗅がせてくれるの?」
いや、ぶっちゃけ嗅ぎたくないんだけど。
いい匂いがするとか絶対幻想だからな。
実際には悶絶すると思う。
食事中に何てもん見せやがんだこのアマ。
「そ、それはちょっと……」
「だよな? 俺だって同じなんだけど。わかる? お前、自分が嫌なこと人にしてんだけど」
「…………」
ちょっときつく言い過ぎたかもしれない。
露木は案の定下を向いてしまった。
しかし……しかしだ。
今後もこいつらと付き合っていくのであれば、人間として当たり前のボーダーは超えない、くらいの常識は今からでも身に着けてもらわないと困る。
そうじゃないと俺はこれから、脱いだ洗濯物は即洗濯しないといけない多忙な人になってしまうからだ。
「なぁ、どうしたらそれ直してくれる? 俺に出来ることなら協力するけど」
「どうしたらって……」
今度はもじもじして、顔を赤くする露木。
トイレ行きたいなら行ってくればいいのに。
俺は別に食事中なのに、とか言うつもりないから。
「と、トイレに行きたいわけじゃないです……その、ちょっと言いにくいって言うか……」
「何だよ、この期に及んで。もうお互い色々知った仲なんだからくだらない遠慮すんなよ。……ああ、でも毎日嗅がせてくださいとか言ったらぶん殴るけどな」
「そ、それは解決にならないじゃないですか」
「ああ、そうだな。一応の常識は身についてる様で何よりだよ。で? 何を考えてそんな赤くなってんの?」
目を見れば手っ取り早い、そう思う気持ちは俺にもある。
しかしここで甘やかすのではなく、要望はきちんと自分の口で伝える、という習慣はつけて然るべきだ。
なので俺は露木が語りだすのを待った。
「ほれ、ちゃんと自分の口で言え。俺じゃなかったら絶対伝わらないだろが」
「か、要くんには能力があるんですから、フル活用するべきかと……」
「ほー? 言わないんだったらお前、出禁にするよ? 鍵も替えちゃうかな」
「え、ちょ、それは困ります!!」
いつになく必死な露木。
俺は構わず飯を食べ進めているが……さっきの記憶のせいで食欲半減したよ、どうしてくれるんだこいつ。
「ならとっとと言って楽になっちまえ。別に減るもんじゃなし」
「……一緒に、暮らしてくれたら」
「…………」
『ねぇ優木くん。色々落ち着いたら、一緒に暮らそうか』
「おい……マジで言ってんのかそれ」
「ひっ!? そ、そんな怒る様なことですか!?」
つい富岡に言われたことを思い出してしまって、険しい顔になってしまった。
あいつのと違ってこいつのは……いや違わないよな。
あいつもあのおかしな行動を直す為に一緒に、とかぬかしてたんだった。
ちょっと涙目になってしまった露木を何とか宥め、ひとまず飯は食ってしまおう、と説得する。
くそ、どうでもいいけど俺本当にこいつには甘い気がするぞ。
「あー……何だ、富岡にも同じこと言われたもんでよ。さすがにフラッシュバックしたんだ、悪かった」
「そ、そうなんですか……じゃあ富岡さんと一緒に暮らすんですか?」
「バカも休み休み言えよお前。そんな予定は今のところ無ぇ。それに、どうせ一緒にって言うなら……」
「バカって……それより、言うなら……?」
夕飯を食べ終えて、片付けをしながら露木がこっちを見てくる。
何だよその構ってほしそうな子犬みたいな顔。
こっちはそういう顔に耐性とか持ってねぇんだっつの……。
「何でもねぇよ。それよりお前今日泊まってくとか言わねぇよな?」
「あ、ずるい!! ちゃんと言ってくださいよ!! 私には要くんみたいな能力ないんですから!!」
「喚くな……一番可能性が高いのはお前だってこと。言わせんな、恥ずかしい」
「そ、それって……」
「ああ、もう! シャワー行ってくるから……帰りたかったら先帰っていいからな」
そう言い捨てて追いすがる露木を引きはがして一人浴室へ。
実際ああ言ったところで露木が帰っているわけもなく、シャワーから上がって律儀に待っていた露木から満面の笑みを向けられ、そして直後に俺は露木の笑顔の意味を思い知らされることになったのだった。




