55:五月二十日その①
『今日これからちょっと会えない?』
放課後の教室で、富岡から入ってきたメッセージ。
正直後発である池野さんよりも最近じゃ付き合いが浅いと思われる相手で、今週末のデートの相手ではあるのだが、事前に二人きりで会おうなんて言われるのは想定外だった。
女子高生の送るメッセージって、俺の中ではもっとキラキラテカテカしていて目がチカチカしそうなイメージでしかなかったのだが……とは言っても露木たちがそんな意味不明なメッセージを送ってきたことはないんだが、この一文だけを送ってこられると本当にこいつ俺と同い年なの? と言いたくなる。
『今週末会うのにか?』
ならばと俺も富岡に倣って、簡潔に返してみる。
そして送ってしまってから、何となくこれだと今週末も会うのに何で平日にまでお前に会わにゃならんのだ、と言ってる様に見えてしまうということに気付いた。
いや、まぁ心境的にはそんな感じのニュアンスでも間違いじゃないんだが。
「どうしたんですか、要くん」
「……人の携帯見てから言うな。御覧の通りだよ」
「ああ……その言い方は確かにないですね。さすが唐変木」
露木にしては珍しくトゲのある言い方だ、と思うがあの文面を見たのであれば、致し方ないかもしれない。
あとこいつは多分、最近二人で会ってないから拗ねている、というのもあるのだろう。
本音を言えば俺だって、二人で会う時間くらいほしい。
もちろん言えば今から部屋に行きます、とか言い出しかねないし、そうなってしまうと週末に他の女に会う、という事実が何となく俺の中で突き刺さってくる気がして憚られるのだ。
「ああ? だったら聞くけど、お前ならどう送るんだよ」
なのでとりあえず無難……でもないが普段通りの俺、というイメージで返してみるがやはり露木からすると気に入らないらしい。
珍しく眉間に皺を寄せて、いつの時代のヤンキーなの? と言いたくなる様な目で俺を見ている。
「ふん、ドキドキしちゃう、とか適当なこと送ったらいいんじゃないですか」
「何だよ、何でふん、が冒頭に入った? 言いたいことがあるなら言えよ」
「知りません。要くんはやっぱり、私のことなんてそんなに大事じゃないんですよ、わかってました」
拗ねた様にそっぽを向いて、露木は吐き捨てる様に言った。
聞き捨てならんな……。
ガタッと椅子を押しのけて立ち上がると、露木もさすがに言い過ぎたと思ったのか表情を変える。
「お前は全然わかってねぇ。わかってねぇけど……人目がありすぎてちょっとアレだから場所変えるぞ」
こんなとこで露木の発言を否定することは、俺が自分で自分自身を公開処刑するのに等しい。
そして露木も意識してかせずかは知らないが、あっ、という顔をして俺についてきた。
「それよりあいつらは? いや、いなきゃいないで静かでいいんだけどよ」
「もう先に下校したみたいですけど。っていうか、富岡さんに訂正しなくていいんですか?」
歩きながらニコリと微笑むその笑顔の裏に、用事とっとと片づけて部屋にシケこもうぜ、みたいな意志が見え隠れしている様に感じるのは俺の気のせいだろうか。
もちろんこれから富岡に会って週末の予定を決めたら解散の予定ではあるが、そこに露木が紛れ込んでいいのか、という疑問がある。
富岡はそれを嫌だとかダメだとか言うタイプではないにしろ、それは口にしないだけでいい気分です、ということにはならないだろう。
「するよ。するけどお前何? あいつとのミーティングについてくるつもりなの?」
「ダメですか?」
「ダメでしょ。大体俺たち、既に抜け駆けしてんだから自重すべきだと思うぞ、本来」
「嬉しく、なかったですか……?」
こいつも大概卑怯だよな。
俺が強く言えなくなる顔を知り尽くしている。
女ってのはこういう方向に成長するの、早いよな。
「う、嬉しくなかったとか、そういうのはねぇよ。いや……こういう言い方は卑怯だってわかってっけど……」
「ふふ、それで十分です。要くんは嘘つけない顔してますから」
「どういう顔だよ……。まぁいいけど、鍵持ってんだろ? 俺の部屋行ってていいから、会合にはついてくんなよ?」
「いいんですか?」
だってこうでも言わなきゃお前、またこいつ暗黒面に堕ちてくだろうがよ……。
本当なら平日くらいゆっくりしたいって気持ちがないわけでもないけど、こういう事情に首を突っ込んだらある程度諦めるしかないとも思っているからな。
だからと言って、やったぜひゃっほーぅ! とか素直に喜ぶとこいつは絶対調子に乗るから死んでも言ってはやらんのだが。
「ダメっつってもお前、黙って行ってるつもりだったろ。許可するから、晩飯だけ買っといてくれ。後で金払う」
「わかりました、洗濯とかやっときますね」
「いや、いい。頼むから俺の洗濯物に触るな。絶対だからな」
こいつの匂いを嗅ぐ癖とか割と、こっちがやられると恥ずかしい。
ちょっと強めに言って、俺たちは反対方向へ歩き出す。
『で、何処で会うんだ?』
これだけ富岡に送り直し、駅前で返事を待つことにした。
「週末に会うから、会うのは避けたかった?」
「……いや、別にそういう訳じゃねぇけど」
結局こっちまできてもらって、駅前の喫茶店で今週末の予定を決めようということになって、会うなりさっきの無神経なメッセージについて言及される。
もちろん俺が悪いことは自覚しているし、アホの子である露木にすらナシでしょ、とか言われているほどなのだ。
送られた本人は多少傷ついていてもおかしくない。
「まだ引きずってるんだ、昔のこと」
「ちょっと気まずいだけだ。お前のことが嫌いとか苦手とか、そういうことじゃねぇよ」
「ごめんね、私決定的なこと言ってなかったよね」
「ん?」
ここにしよっか、と富岡が指さした、チェーンで展開されているリーズナブルなコーヒー屋。
今日はいつもと違って少人数なので席もすんなり確保できた。
「私、ちゃんと言ってなかった。大丈夫だよ、許すよって」
「随分上からだな……いや、実際俺が悪かったんだけどさ」
「だからさ、仲直り。ね?」
そう言って差し伸べられた手を、一瞬躊躇って店員さんが持ってきてくれたおしぼりで拭いてから握る。
よくあるだろ、こういうシーン。
「なにそれ」
「笑うな。俺がトイレ行っても手を洗わないタイプだったらどうすんだよお前」
「別にそのくらい気にしないけど」
「…………」
いや気にしろよ。
最低限の礼儀と思って、テレビでやってたのを真似してみたら笑われるなんて。
「お待たせしました」
店員が俺たちの注文したコーヒーを持ってくると、一時会話は中断される。
あいつらは大抵紅茶かジュースなのに、富岡は珍しくコーヒーをブラックで飲む。
違いのわかる大人にでもなりたいのだろうか。
「ここん家、チェーンで安いんだけどそこそこ美味しいんだよ?」
「ほー、俺多分初めてだわ。つかお前、ブラックで飲むんだな。俺も気分によってはそうするけど」
そういいながら小さいパックの砂糖を自分の分に入れる。
これから帰ったら露木の相手をせにゃならん、ということを考えると正直多少でも糖分なり取っておいたほうがいいだろう。
あいつはあいつで加減を知らないからな。
「カッコつけてる様に見える?」
「いや、それはそれでいいんじゃねぇの? 無理して、ってことじゃねぇんだったらよ」
「そう、良かった」
そう言ってきた時、富岡が不意に俺の目を覗き込んでくる。
そして何だ? とか思ってつい俺も富岡の目を見てしまって、俺は浅はかだったと後悔させられた。
そして満面のドヤ顔、一体何なんだこいつは……。
「見た?」
「……お前、とんでもねぇな」
思わず一瞬でドン引きしてしまうほどの、ここ最近の富岡の記憶。
更にそこへと繋がる、中学からの記憶。
「私がどれだけ優木くんを思っていたか、わかってくれる?」
「…………」
こういう聞き方をしてくる女に、ロクなやつはいない。
何となく、経験は浅いがわかる気がする。
休みがほしい、そう思った週に限って何で、こいつと言い池野さんと言い、まともじゃない女と連戦なのか。
やはり俺は順調に不幸な様だ。




