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47:五月十一日その②

「あっ……ず、ずるいです優木くん」

「……変な声出すんじゃねぇよ」


 俺たちは今、とうとう事に及んでしまったということもなく、健全にトランプをしている。

 そう易々とこいつの思い通りにされてたまるかと思った俺は、露木に勝負を持ち掛けたのだ。

 いや、正直なことを言おうか。


 実を言うと別にそうなること自体は構わないと、俺自身は思っている。

 しかし、引っかかることがあるというのも事実。

 それは、情報の共有を、という先ほどの露木の言葉。


 これがまんま事実なのであれば、仮に露木と肉体関係を結んでしまった場合。

 全て筒抜けになってしまうということになり、じゃあ私も、私も、となるのは目に見えている。

 そうなったら俺はどうなると思う?


 たった数日の間で干からびて死んじゃうかもしれないだろ。

 記憶を見ただけで、一部を除いて健康な女子ばかりの集まりでもあるのだ。

 俺みたいな淡泊な男子がそうした連中のエサになれば、下手したら数日どころか数時間で俺は干物になってしまう。


 だから、うっかりでも手を出してしまうことは憚られる。

 何なら一生童貞でもいいや、とか思い始めている賢者の様な心境の俺を、誰か褒めてほしいくらいだ。

 

 話を戻すが、俺たちがやっているのはババ抜き。

 ずるいと思うだろ?

 そう、ずるいんだ俺は。


 こいつに勝ち目なんか微塵もない。

 だってこいつ、いちいち俺の顔見てくるから、その度に目が合う。

 手札の配置とかもその度飛び込んでくるから、どうあってもこいつが勝てるわけがないのだ。


「優木くん、どうしても私とそうなりたくないんですね」

「まぁな。お前がさっき自分で口走ったことがなければ、まだ一考の余地くらいはあったかもしれんが。口の軽さを後悔しろ」

「優木くん……私たちはみんな、優木くんに抱かれたがってるんですよ」

「……黙って早く取れ」


 勝負に勝てないことがわかると見るや、今度は情に訴えようってのか。

 俺と同じくらい汚い女だな、こいつ。


「私、誰にも言いませんよ?」

「はいダウト。お前あの時のことだって全部喋りやがったろ。立川が普通に白状してたからな」

「…………」

「あれさえなけりゃキスくらいいつでも、って思ったのに……っておい」


 俺の言葉に、ギラギラした目を血走らせた露木がぐいっと迫ってくる。


「本当ですか?」

「……本当ですが、もう言っちゃってるからダメ。ほれ、ゲーム続行だ」


 そんな露木の額を手で押し戻して、手札を不満そうな露木に取らせる。

 残り三枚。

 ジョーカーは向こうにある。


 考えてみたら、あんだけ沢山の女に囲まれててほとんど手をつけてない俺ってすごくね?

 まぁほとんどってところがミソなんだが……こいつのせいでな。

 ぶっちゃけこいつらの中で一番関係が進展してるのは、こいつだからな。


「……あれ?」

「ふふ。優木くんは自分の弱点をお忘れの様ですね。何を考えていましたか? 私との関係が一番進展してるよな、とかですか?」

「……クソったれ」


 考え事をしながら何かをする、というのが俺にとっての弱点。

 それは先日先輩から指摘された。

 だけど何でこいつ、こんな的確に俺の考えてることがわかった?


 たまたまだろうか。

 とにかく引かされたジョーカーを押し戻さなくては、俺の童貞は直ちに危うい。

 そしてあいつらに言いふらされて、俺の命までもが脅かされるという未来しか見えない。


「ど、どうだ露木。引き分けにするってのは……」

「はい?」

「ほら、このまま俺が勝っちゃったらお前も不満だろ? 俺としても何だ……勝てる勝負にそのまま勝っちゃっても面白くない。引き分けで終わりにするなら、あくまで健全な恋人としてだな……」

「……大変魅力的な提案ですね」

「そうだろ?」


 俺が何故こんな提案を呼び掛けたのか。

 それは、勝てる勝負だと思っていたのに急遽その確実性が損なわれつつある、と感じたからだ。

 はっきりとこれ、という原因は見当たらない。

 

 しかしこのまま行くと俺は負けるのではないか、と思わされる何かがこいつにはあった。


「ですが、断ります。私は、今日こそはと決めてきているんです。そして私は勝ちます」

「……そうかよ。ならば教えてやろう! 絶対に勝てない相手がいるということをな!!」



 ……どうしてこうなった。

 俺が負ける要素なんかなかったはずで、あの予感はただの根拠のない予感でしかなかったはずだ。

 

「な、なぁ露木」

「認めません」

「ま、まだ何も言ってねぇだろ……」


 勝負を持ち掛けた時の、俺の軽はずみな発言が悔やまれる。

 何て言ったのかって?


『お前が勝ったら、どんなお願いでも叶えてやろうじゃないか。その代わりお前が負ける様であれば、今日は大人しく学生らしい休日を過ごすんだ』


 得意満面の笑みを浮かべ、勝負すらしてないのに勝ち誇った様に言い放ったあの時の俺を、全力でぶん殴りたい気分だ。


「んふふ……ふふ」

「ま、待てよ。がっつくな、別に俺、逃げたりしねぇから……」

「もう待ちきれません。どんなお願いでも、でしたよね」

「……くっ」

「この時を、ずっと待っていました。わかりますか、私の気持ちが」

「…………」


 わかりたくねぇ。

 だけど、わかりすぎるくらいにわかり過ぎちまうんだなぁ……。

 こいつがどんな思いで、今日という日を迎えたのか。

 

 どんな思いで立川に一番手を譲ったのか。

 今日という日にかける意気込み等々。


「軽はずみなのは仕方ないと思います。でも優木くんは、実はそこまで嫌がってませんよね」

「嫌なんじゃない。それは認める。ただちょっと怖いだけだ」

「随分素直ですね。そこが可愛らしいところでもあるんですけど」

「やめろ、そういうキャラじゃねぇしそういう意図を込めて言ったんじゃねぇ。お前が言いふらしそうなのと、俺たちの関係が劇的に変化しちまいそうなのが怖いって意味だよ」

「……私だって、怖いですよ」

「え……?」


 一体こいつは何を言い出すのか。

 この期に及んで、怖いって……そもそもこいつが言い出したことじゃなかったのか?

 露木が望んだから、今こうなんじゃないのか?


「私だって、普通の人間ですから……体を持て余すことくらいはもちろんありますし、その延長線上で優木くんと……って考えたりもしてましたけど」

「…………」

「その一方でそうなっちゃったとき、私や優木くんがどう変わってしまうのか、って考えると怖いって気持ちはありますよ、やっぱり……」


 目尻に涙を滲ませながら、露木はつぶやく。

 そんな風に考えたなら、何で俺にはこいつの記憶から見えなかったんだろうか。

 結局こいつがそう考えたのって一瞬過ぎて、今日の意気込みが強すぎたってことなんじゃ……と俺は気づいてはいけなかったのではないか、と一瞬で後悔させられる。


「だからこそ、今日はもう逃がしません。もう、わかっていますよね? 逃げられないって」

「や、やめろ! マジかおい!」


 がっちりと肩を掴まれ、体重を乗せられるとさすがに俺の筋力で対応しきれない。

 そのまま布団に押し倒された俺を、誰が責めることが出来るのか。

 

「に、逃げないから……無理やりみたいなのは……」

「ダメです。優木くんにも、言い訳の余地くらいはあげないといけませんから。今日のことは、私が暴走したってことにしてもらって結構です」


 これがこいつの、精いっぱいの優しさなんだろうか。

 だが次第に、抵抗しようという気がどんどん削がれていく。


 この日一人の少女が純潔を散らし、一人の少年が大人の階段を登った――。

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