48:五月十二日~またも閑話休題~
「おはようございます、要くん」
「……その呼び方、学校ですんなって言わなかったっけ」
露木は結局泊まって行って、気だるい感覚と色々な恥ずかしさが綯い交ぜになった様な感覚を覚える月曜の朝。
本当ならもう、このまま怠いからサボっちゃおうか、なんて考えるが別々に学校に到着するなんて偽装工作までしておいて俺だけサボった挙句に言いふらされました、なんて洒落にならないと言うこともあって、俺は面倒だ、と思いながらも学校へやってきた。
あの後……まぁ、あの後だな。
色々あった後。
露木は苗字呼びが他人行儀だと言い出した。
確かにその理屈は理解できる。
とは言っても、急激にその変化を受け入れるには俺はまだ若すぎた。
簡単に言うと、とてつもなくこっぱずかしい。
最初はあのバカ、望ちゃんって呼んでいいですよ、とかぬかしてたがそれは即座に却下させてもらった。
俺が誰かをちゃん付けで呼ぶとかそれこそギャグでしかない気がするし、周りを不快にすること請け合いだと考えた。
だから二人でいるときだけは名前呼びを努力してもいい、という話をすると、優木くんじゃ仕方ないですよね、なんて失礼極まりないことを言われたがこういうのは慣れも必要だろうと思うし、俺には俺のペースがあるのだ。
「そうですけど……何で学校じゃダメなんですか?」
「誰が聞いてるかわからんだろうが。あいつらだって何処で聞き耳立ててるか……」
「ならみんなのこと名前呼びしてあげたらいいじゃないですか。そうすれば違和感だってないですよ」
「んなもん恥ずかしすぎて俺が死ぬわ。大体、あのことだっていつバレるかって冷や冷やしてんだよこっちは」
「……っ!かな……優木くんだってあの時のことは学校では言わない、って言っておいて口にしてるじゃないですか」
俺としてもややテンパり気味で翌日そのまま学校に来てしまったということもあり、うっかりと口に出してしまった。
俺は悪くない。
敢えて言うのであれば、状況が悪いとしか思えない。
『一年の優木要くん、露木望さん。生徒会室まできてください。繰り返します……』
そんなことを考えた時、校内放送で俺と露木が名指しで呼び出される。
え、まさかもうバレたの?
いやいやいやいや、そんなことはあり得ないはずだ。
あの部屋は徹底的に盗聴器だの隠しカメラの類がないかって調べた。
こいつが誰かに言ったりしなければ、バレたりなんてことはしない。
そう思って露木を見ると、露木はぶんぶんと首を横に振る。
「またあの二人だよ、何かしたのかな」
「でもあの二人って付き合ってるんでしょ? ならそっち絡みなんじゃない?」
教室の面々が懲りずに俺たちの噂をし始めると、さすがの俺もややムカっ腹が立ってくるのがわかる。
しかしそんな俺を露木が手で制して、行きましょうと手を引っ張る。
「やっぱりちょっと歩きにくいですね」
「……言うなっつってんだろ。公私の区別できないなら、お前とはもう……」
「嫌です!!」
あくまでも認識を少し改めてくれたら、程度に思っての軽口のつもりだったが、本人はそうは受け止めてくれなかったらしく、今にも発狂せんばかりの勢いで俺の肩を掴む。
そして生徒会室へと向かう廊下ということもあり、人目バリバリ。
瞬く間に俺たちが注目の的になったことは言うまでもないだろう。
「ちょ……」
「が、頑張りますから!! そんなこと言わないでください!!」
「お、落ち着け……わ、わかってるから。大丈夫だから。ただあれだ、こ、こういうとこで言うことじゃない、そうだろ?」
甘いな優木要……お前はいつからこんな甘い男になった?
だが俺としても言い分はある。
あの時の露木の表情、息遣い、声音……全てが普段と違い過ぎてショッキングなのを、俺自身が認めてしまっている。
そしてそれらを鮮明に思い出してしまう今となっては、ちょっとしたことで自分を律することができなくなりそうな、そんな不安に支配されているのだということをご理解いただきたい。
「そ、そうですよね……私こそ、ごめんなさい」
「わかればいい……ほれ、行くぞ」
周りの白い様な生暖かい様な視線を受けながら、俺たちは無限とも思われる生徒会室までの道のりを歩いた。
「さて、今日から私たち主導での理事会が発足となるわけだが」
生徒会室に到着するなり、先輩にまぁ座れと促されてやっぱりバレてた? なんて考えたのも束の間、先輩の口から発せられたのは理事会に関することだった。
考えてみたら、そんな話あったなー、くらいのものではあるのだが正直そんな軽い話ではないことはわかっている。
なのに会議とかそういうの一切しないままで俺たちが選出されてるのは、一体どういうことなんだろうか。
「まず簡単に役割を分担したい。立川さんが意外なことに計算に強いと言う話があってだな……」
立川が計算に強い?
数学の点数は確かに良かったな、とは思うが何て言うかこういう、人生を左右しかねない計算までどうこう出来るレベルなの? って言われるとちょっと俺の中では結び付かない。
「というわけだから会計部門に関しては立川さんを軸にやって行こう。もちろん、適宜周りが補助してくれると助かる」
「え、マジでそんな軽く決めちゃっていいんですか? 百万単位の金が動くことだって、多々あるんでしょ?」
「だからこそだ。後々立川さんは会計士の資格なんかを取ってもいいかもしれないな」
「マジかよ」
早速不安しかない方向に話が動いていると思うのは俺だけなんだろうか。
そして池野さんは理事長代理、ということになった。
ていうかいつの間にこの人学校に潜り込んだわけ?
「私は理事長ということになるんだが……」
「理事長って寄付額とかで決まるって聞いたことあるんですけど」
「厳密には金額で決まるものではないがね、ただ金額を考慮するのであれば、父が多額の寄付を私名義でやっていたらしい。あとは功労者であるとか色々条件はあるんだが、その点私なら文句が出ることもあるまい」
「…………」
興味なさそうなツラしてやがったくせに、割と子煩悩なのか、あのおっさん。
あと先輩は何でそんな自信満々なの?
まぁ理事長なんてめんどくさい真似は俺には向かないし、誰かがやってくれるのであればそれに越したことはないだろう。
「で、理事会は定期的に招集されるが、これについては事前に日時を決めるつもりでいる。池野さんに関してもまだ大学生ということもあるし、大体何処の理事会も非常勤が多いと聞くのでな。もちろん個々の意志で集まりたければそれについて制限はしない。そして、一人元々いた理事の方が残ってくれているので、各雑務に関しては必要に応じて教えてもらうといい」
「久下好美です。先代の理事長にはお世話になっていました。よろしくお願いいたします」
礼儀正しくお辞儀をする俺たちよりはかなり年齢が上であろう女性。
地味に見えるが、眼鏡の奥の眼光はまだ鈍っていない……なんてカッコつけた表現をしてみたが、まぁそこそこ仕事が出来そうなおばちゃん……って言っていい年齢なのか判断に迷う。
「優木くん、ですよね。私に言いたいことがありそうな顔をしていますが、遠慮なくどうぞ」
「え? あ、いや」
「一応言っておくと私には旦那も子どももいますので。琴音さんの二つ下……つまり優木くんたちの一つ下になりますね。たまにここにも来ることがありますが、その時は仲良くしてあげてください」
やっぱおばさんと呼んで良い歳の様だ。
もちろん普段からようおばさん! なんて呼んだりするつもりはないが、言ってしまえば俺たちの親くらいの世代ということになるのか。
「まぁ今日は顔合わせの様なものだから、そこまで固くならなくても良いだろう。ああ、あと今度の休みのことだが……」
ひと段落、教室にでも戻ろうかなとか思った時に先輩から発せられる一言に、俺と露木がびくっとする。
今度の、って言ったのに何でなの? って思うだろ?
もう俺たちの頭の中では休みの日はそういうことした日、みたいな認識なんだよ。
「どうした?」
「あ、い、いえ。や、休みの日がどうかしたんですか?」
「次の土曜の相手は私だ。日曜が戸越さん。文句はないな?」
「…………」
ないか、って言われてここであります、なんて言えるなら俺は苦労しない。
「ってことは来週のどっちかで池野さんと富岡なんですか?」
「うん、そうなんだけどねぇ……優木くん、いつもと匂いが違う気がするなぁ」
「!?」
「!?」
池野さんの発言に、俺も露木も再び狼狽する。
いや、おかしいでしょ。
何匂いって。
今朝普通にシャワー浴びてから来たんだけど。
ニコニコしながらもじっとりとした視線を向けてくる池野さんから目を逸らし、俺は教室戻りますね、と立ち上がる。
不思議そうな顔をしながらも戸越や立川も立ち上がり、露木もそれに続いて席を立って、俺に続いて生徒会室を出た。
どうも池野さんは勘働きが異常過ぎて、誤魔化せる気がしない。
どうしたものか……。




