44:五月十日その①
「優木くん、どれがいい?」
「俺は別にどれでもいいけど……お前マジでこんなとこ来たかったの?」
あれから十日余りが経過して、俺と立川は都内某所にあるちょっと有名なテーマパーク的なところへ来ていた。
俺自身はこんなところへ来る予定はなく、それどころか生涯で二度と訪れることもないだろうと思っていたのだが、最初のデートの相手が立川に決まってしまい、じゃあ何処に行くのか、という話になった時にこのテーマパークの名前が挙がった。
別に苦手な乗り物があるとか、そういうことはなかったと思うがこういう場所もかつて家族と一緒に来たことがあったということもあって、意識的に避けて……まぁ、一人で来る様な場所でもないからな。
「楽しいでしょ、こういうとこ」
「まぁ……否定はしねぇけどよ」
しかし何ともミスマッチな二人だと思う。
立川と二人で行動する日が来るなんて、当然思っていなかった俺は最初の相手が立川になった時にどういうプランで行けばいいのか、想像すらできなかった。
だから立川に任せてしまえとなったわけだが、無難に映画とかでも良かった気がする。
もっともそうなれば俺は遠慮なく二時間くらいの間寝ることが出来たし、後で文句を言われるのは睡眠料とでも思っておけばいい。
「しっかし日差しすげぇな。しかも意外なことに立川でも日焼け止めとかちゃんと塗るんだな」
「意外ってひどくない? 髪だって自分で染めたし、ちょっとだけど化粧もするんだよ?」
「まぁ、知ってるけどよ。何だろう、世間知らずな印象の方が強くてそばかすなんて気にしないわ、みたいな感じかと思ってたわ」
「日焼けしたからって即そばかすが出来るわけじゃないから。それより手ぐらい繋いでほしいんだけど」
そう言って立川が手を差し出してくるので、しょうがねぇな、とか言いながら俺は財布から一万円札を取り出すと、立川の手に握らせた。
「……何のつもり?」
「え? 手繋ぎ料寄越せってことじゃねぇの?」
「優木くんの中で私がどんなキャラ付けなのか、よくわかった気がする。無料でいいから、手をつないで。じゃないとここで土下座するから」
せっかく渡した諭吉さんを押し戻され、物凄く不満そうな顔で立川は言う。
しかも土下座なんていう暴挙に出られたら、こんなにも人目のある場所で晒し者になるのは俺の方だろう。
「悪かったから、土下座は勘弁してくれ。そういやお前、自分のこと沙紀って呼ばなくなったな」
「……黒歴史ほじくるのは、よくないと思う。結構苦労したんだよ、これでも」
立川の言う通り、こいつには割と並々ならぬ努力を……って、本来小学校くらいでしてたはずのものを高校に入ってからやったもんだから大変だった、ってだけなんだろうがその点だけは評価してやるべきだろう。
そしてずっと手を引っ込めないでいる立川が少し不憫になってきて、根負けした俺はその手を握る。
「で、そろそろ動き出さないと熱中症になりそうなんだが」
「そうだよね。来て早々だけど、喉乾いたんだけど優木くんは?」
「まぁ、水分補給大事だよな。何か買いに行くか」
近くにあった売店で飲み物を物色することにして、立川にもどれがいいか聞いてやると立川が指さしたのはスムージーなるものだった。
いや、噂には聞いたことあるよ?
女子の間で一時期流行ってたとか何とか。
「それ、旨いの?」
「美味しいのもあるし、うええぇってなるのもあるよ。緑のやつとかは割と当たりはずれあるかも」
今飲んでてもうえええぇ、とならないってことはきっと、不味くはないんだろう。
そもそも今飲んでるのは何か紫のやつだし。
サツマイモでも入ってるんだろうか。
「優木くんもこういうの飲んだらいいんじゃない?」
「俺は日々野菜足りなくて困ったりしてねぇからな。そもそも好き嫌いねぇし」
「私はあんまり野菜好きじゃないんだよね。給食で食べられなくて残したら怒られたことあったけど」
よくある話だな。
居残りで食わされてるやつとか、いたわ。
今あれやらせたら体罰だ、とか騒ぐ親多数なんだろうなと思う。
「一口飲んでみる?」
「…………」
「私のじゃやだ?」
「べ、べべ別にそんなんじゃねぇしぃ? ひ、人目あるから恥ずかしいってだけで」
「優木くんでも恥ずかしいって思うことあるんだ?」
「…………」
こいつは俺を何だと思ってるんだ。
恥ずかしいって概念がなかったら、こないだ床に臥せってた時だってトイレなんか我慢せずに露木に大人用紙おむつ買いに行かせてたっての。
「はい、飲んで」
「むぐ!?」
無理やりストローを口に突っ込まれ、何となく健全でない方の意味で女の子の気持ちが理解できてしまって要、少し悲しい。
大体俺みたいな慣れてない童貞くんには、間接キスでも割と刺激が強いし抵抗があるんだぞ。
「お前な……いや美味しかったんだけど、もう少しゆっくり……心の準備くらいさせてくれよ」
「乙女みたいなこと言うんだね、優木くん」
「…………」
「望ちゃんとはもう、キスしたんでしょ? なら別に私としても抵抗なんてないでしょ?」
あるよ! ありまくりだよ!!
日常的にちゅっちゅしてるわけじゃねぇし、あれだって俺は心の準備とかできてなかったんだっつーの!
「ちなみにここでの締めは観覧車だから、心の準備しといてね」
「……何でそれ先に言うんだよ。いや、心の準備させようってのはご立派だけどよ。宣言しちゃうってのはどうかと思うぞ」
「だって優木くん今日、私の目見ない様にしてるんだもん」
確かにこいつの言う通り、俺は立川の目を見ない様にしている。
デートと銘打ってきている以上、記憶を覗いて立川の目論見がわかってしまったら面白くなくなりそうだ、というのがまず一つ。
そして記憶からは様々な欲望が駄々洩れする懸念があり、それを見た俺が萎えてしまったりして何とかしてそういう方向のものを回避しようとしてしまいそうな気がしたから、というのが一つ。
俺は俺で、一応こいつらの主義主張を尊重してやろうと考えてのことなんだが、早くも少々裏目に出始めている気がする。
「つーかお前ここでの、って言ったけどここには何時くらいまでいる予定なわけ?」
「普通のデートもしたいから、昼過ぎくらいには出てぶらり旅がしたい」
「ぶらり旅って……」
「ウィンドウショッピングとか」
「なら最初からそう言えよ……。温泉でも行くつもりなのかと思ったじゃねぇか」
ウィンドウショッピングねぇ……あれって買い物した気になる、とか言うけどならないよな。
見てるだけって、何か逆にストレス溜まりそうとか考えるのは俺だけ?
「温泉は……みんなで行った方が楽しそう。今度先輩に提案してみようかな」
「マジかよ、女子会と銘打ってお前らだけで行ってくれば? 俺別に風呂とか家のでいいわ」
「何でそんなこと言うの? 優木くんもちゃんと来てくれないとやだよ」
「俺、元々インドア派だから……わかったから、そんな顔すんなっての。まぁ、そのうちな。追々ってことで」
飲み終わったジュースの容器を近くのごみ箱に捨てて、改めて乗るものを探す。
出来ればまだ飲んだものがまだ腹の中でたぷたぷ言ってるから、ジャブ程度のもので、と考えていた俺の意志に反して、立川が指さしたのはフライングなんちゃらとか言う、船がひたすらぶん回されるやつ。
「……本気か? もう少しこう、コーヒーカップ程度のやつにした方が……」
「あれがいい。お願い」
そんなじっと見つめながら言わなくても……。
あんまり気は進まないが、どうしてもと言うのであれば仕方ない。
しかし何でかこいつは独特のペースを持っていて、逆らい難いものを持っている気がする。
じゃあ行くぞ、と俺は立川の手を掴み、その超絶揺さぶられる船に並ぶ列へと加わることにした。




