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43:四月二十八日閑話休題

「で、一人めは誰と行くんですか?」

「おい、俺まだ動けないんだけど」


 龍門と夜の学校の校庭で青春の殴り合いなんていうバカで滑稽なことをしでかした翌日。

 あの晩部屋まであいつらの手によって俺の部屋まで運ばれた俺は、全身の痛みに脂汗をかきながらも生きている。

 正直、体中がミシミシ言ってる気がするし、手足はもうほとんど感覚がない。


 こんな状態で外に出るということ自体がもう自殺行為でしかないだろうし、デートなんて以ての外だ。

 トイレに行くのですらやっとの状態。

 というかトイレにも這いずって行くイメージだし、あいつらの補助を片っ端から断って、トイレまできたら絶縁すると脅かして、おかげでトイレも全力で挑まなければならないという。


 パンツ一枚脱ぐのにあんなに苦労する、というのが前もって経験でわかっていたから、俺はあの力を使うことを躊躇ったと言っても過言ではないだろう。


「優木くん、運動不足なんじゃないの?」

「……あんたまだいたんですか。お役御免でしょ、池野さん」

「ひどいなぁ、私だって優木くんにぞっこんなんだよ?」

「……世代の違いをアピールしたいんですか。ぞっこんとかリアルで言ってる人初めて見ましたよ」

「私をおばさん扱いする気なのかな? ん? ここで童貞喪失したいって言う意志の表れかな?」

「や、やめてください。つい口をついて出てしまっただけなんで」


 実は、昨夜俺を運ぶ際に池野さんがタクシーを呼んでくれたというのは部屋に戻ってから聞いた話だ。

 ワンメーターで済む距離じゃないだろうに、と思ったのでさすがに払いますよ、と言ったら体で返してもらう日を楽しみにしてるから大丈夫、なんて粘ついた笑顔で言われたもんだからたまらない。

 冗談に聞こえないこともないが、この人は大体本気で言ってる上に、必死さを感じさせないから逆に怖い。


「ていうか先輩……あんだけ痛めつけられたくせに何でそんな元気なんです?」

「いや、割とまだ体はあちこち痛むんだがな。鍛錬は怠るとあっという間にたるむと言うから」


 だからって背中に立川乗せて腕立てってもう、女子高生のやることじゃないでしょ……。

 しかも俺がくれた何発かの蹴り。

 あの時俺が履いてた靴には鉄板が仕込まれている。


 そのせいもあって蹴りの重さは何倍にもなっていたはずだし、軽いダメージなわけがないんだが。


「優木くん、元気になったらでいいので、またぎゅってしてください」


 露木が目を輝かせて、何か意味のわからないことを言っている。


「は? 俺がいつそんな真似したよ」

「ほら、首に腕巻き付けて……」

「……お前、気持ち悪いよ。あれは抱きしめたんじゃないから。ハグじゃなくて締め落とすのが目的だから」

「気持ち悪いって何ですかもう!! もっと接触したいんです!! 触れ合いたいんです!! それの何がいけないんですか!!」


 こいつ、随分アツいやつになったな。

 人間変われば変わるもんだと思うが、これは変わりすぎてちょっと引く。

 あけっぴろげすぎるのはちょっとな……。


「まぁまぁ露木ちゃん。優木くんはきっと、寝れば元気になるよ。ソースは私の元カレ」

「あ、それって……」

「お前、余計なこと喋ったらマジで縁切るからな」

「え、何で私の言おうとしてることがわかったんですか?」


 わからいでか。

 前に見られた朝の男子特有の現象。

 よく覚えてんな本当……。


「つーかやることないならもう帰ってくんない? おちおち寝てもいられないんだけど」

「ダメだよ。優木くんを交代でトイレに連れて行くって役目があるもん」

「お前、変な方向にこじらせそうで怖いよ立川。その辺で引き返しておいてくれ、頼むから」

「だけどあんた、一人だったらトイレ間に合わないんじゃない? トイレの前で寝るの?」

「んなわけねぇだろ。万一の時は咽(むせ)び泣きながら自分で掃除くらいするわ」


 俺が半笑いでそう言うと、みんな凄い顔で俺を見ている。

 言いたいことがあんなら言えよ。

 憐れんだ様な視線を一斉に向けられるのは、さすがにちょっと堪える。


「ごめん、さすがにそれはちょっと頂けないって言うか……」

「謝るな。冗談に決まってんだろ」

「あ、じゃあ私大人用紙おむつ買ってきますよ」

「おい、マジでやめろ! おい!! 誰かあいつを止めろ!!」



 なんやかんやで露木が大人用紙おむつを買いに行くという惨劇だけは止めることが出来た。

 だがしかし。


「で、話戻すんだけど。誰と最初にデートするの?」

「戸越、お前何でそんな必死なの? 別に俺の体が治ってから考えたらいいだろ」

「まぁ、そう言うだろうっていうことはわかってたんだけどね。優木くん、その調子で流れちゃえばいい、とか思ってるんでしょ」

「…………」


 マジでこの人一体何者なんだ……?

 だってこいつら全員と、それも一人ずつって……何日かかると思ってんだよ。

 俺の時間は? 自由は? 何処に行っちゃうわけ?


「でも優木くん、記憶でしかみんなのこと知らないって言っても過言じゃないでしょ。先輩の記憶見たって言ってるけど、それは今の先輩を形成するパーツでしかないんだし」

「難しい表現使うね、お前。そんな賢い子だったっけ、立川」

「優木あんた、そういうところよ? 人は日々成長してるんだから」

「別にバカにしてるつもりはねぇけど……」

「それに学校始まったら理事会で色々あるんですよね?」


 そう、露木の言う通りこいつらとのデートが、なんて言ってる余裕はない。

 始まったら、なんて言ってるが俺はともかくこいつらは週明けからまた学校。

 俺は多分早くても三日くらいはこの状態なんだろうからまだいいとして。


 学校が始まれば、授業の時間くらいしか学生ではいられないだろう。


「まぁ、そこは池野さんも協力してくれると言うし、理事会のメンツも全員が引退というわけではない様だからな」

「え、何で池野さんが?」

「え、ダメ? 就職難の時代に、こんな美味しい仕事にありつけるんだよ? たった一回締め落とされただけで」

「…………」

「みんなでやっていけるんだったら、私も賛成かしらね」


 どいつもこいつも楽天的で羨ましい限りだ。

 代表が先輩か池野さんになるんだとして、私立の学校って寄付金やらで成り立ってるんじゃなかったか?

 そんな多額の寄付金とかどうするつもりでいるんだ?


 寮費やらは毎月入るとしても、経費がどれだけかかるのかとか、俺にはまだまだわからないことだらけだし、期待や希望なんかよりも不安の方が格段に大きい。

 万一学校潰したとしたら、どれだけの負債を抱えることになるやら……。


「話題性なら十分、あとは実績詰んで行けばいいだけだ。優木、逃げられるなんて思うなよ?」

「……別にそんなつもりは、ないですけど」


 無責任すぎんだろ、あのおっさん。

 そもそもあの学校は龍門が創立者だったって聞いてるし、俺たちがそれを引き継ぐ理由は……。


「…………」

「わかった、わかりましたよ。あんなでも一応父だって言いたいんでしょ。つったって、俺たちみたいな素人がやってけるなんて到底思えないんですけど」

「ウジウジ考えていても学校は止まってくれないぞ? それに一定の報酬だって入るんだ、悪い話じゃないだろう?」


 悪くない、というだけで別にいいわけじゃない。

 だから迷っているというのもあるし、他にやりたいことが出来たらどうするんだ?

 俺たちみたいなガキなんて明日には違うことしたい、って思ってたって不思議はないわけだし。


「そういうのを見極めるのは、今すぐでなくてもいいんじゃないでしょうか」

「とは言うけどな……」


 露木の言わんとすることはわからないでもない。

 倫理を逸脱しない範囲であれば、別に誰も文句を言ったりはしないだろう。

 既に逸脱しかけてる様な俺たちは、一体どこへ向かっていくのか。


「それより優木くん、そろそろトイレ行きたくない?」

「……お前らと真面目な話が出来ないんだってことは、よくわかった」


 本当、台無しだ。

 しかし先輩の言う通り、学校は待ってはくれないしこうしている間にも時間はどんどん流れていくのだ。

 手近なところにある問題から、片づけていくしかない。

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