42:四月二十七日その⑤~因縁~
俺の拳を避けきれず、顎を捕えられた龍門は元々立っていた場所から中空へと跳ね上げられる。
「っらぁ!!」
俺の手元まで落ちてきた龍門の体を、残りの一発で地面に叩きつけることで俺と龍門の勝負は決した。
しかしあれだけのダメージを受けて倒れて尚、龍門の意識は途絶えていない。
「……どうだ、人間はなかなか壊れたりしないだろう」
「言ってろ、あんただからだよ。他の人間だったら、さすがに死んでてもおかしくねぇっつの。血ぃダラダラ流しながら何言ってんだ」
「……今なら私の記憶も、見えるんじゃないのか?」
「…………」
そう言われて目を覗き込んだ時、俺に流れ込んできたのは俺には到底理解しがたい記憶。
かつてあのクソババァの強さに魅入られ、虜になった男の半生。
ただひたすら、俺の強さを引き出す為の算段をして、その強さが引き出された時の為にと鍛えてきた男。
その為に娘を利用し、娘の人脈までもを利用してきた、俺からしてみれば薄っぺらい人生だと思う。
この時代に生きていて、肉体の強さや戦闘における強さがどれほどの役に立つというのか。
自分の身を守るだけでいいのであれば、ここまで常人離れした爆弾みたいな強さは必要ない。
そう考えるとこいつの考え方、生き方は常軌を逸していると言えるだろう。
「君には到底理解できないかもしれないね……それでも私にとっては、少しでも近づくことが人生における目標だったんだ」
「実につまらない目標だな。まぁ今その目標は達せられ、それと同時に潰えたわけだ。感想は?」
「概ね満足だよ。君からしたら、気に入らないかもしれないがね。こうなることまで、私は織り込み済みだったんだから」
確かに気に入らない。
しかし、それ以上に引っかかることがあった。
俺が見たのは、俺やババァに関することばかりではなかった。
それは先輩が龍門と引き合わされる瞬間。
「おい、先輩は愛人の子って聞いてたぞ。こいつはどういうことだ?」
「それは、間違いない。ただし私は琴音の血縁ではないがね」
「えっ……」
龍門と先輩の母親が知り合った時、既に母親には先輩がいた。
先輩の母にほれ込んだ龍門は先輩ごと彼女の面倒を見ようと申し出た様だが、それを母親が拒否……って言い方もおかしいが、辞退したとでも言おうか。
この時先輩はまだ四歳。
しかし満足に幼稚園にも通えないほどに、貧困な状況だった。
「で、資金援助だけでもってなったのか」
「そうだ。その数年後に、君のご祖母とは知り合った」
「……あの大けがをしていたのは、そういうことだったんですね」
「生涯で初めての、大敗北だったよ」
ババァと龍門は、何の変哲もない街中で知り合った。
何があったかは知らないが、その時丁度機嫌の悪かったババァがナンパされていた少女を助け、不良集団とみられる少年たちを一瞬のうちに無力化したその姿を見て、龍門は血が騒ぐのを覚えたのだ。
『もう失われつつある力だけどね、この程度の連中ならこの通りさ。私の孫に当たる子が、力は受け継ぎつつある』
ババァの言う通り、力はその頃から徐々に俺に流れ込んできていたし、ババァとしても龍門とやり合うメリットがないと思ったんだろう。
その考え自体は正しいし、だけど龍門は引き下がらなかった。
一見ちょっと屈強そうな男が老婆を追い回している様な絵面で、犯罪スレスレじゃねぇか、なんて思ったりもしたがババァも根負けして相手をしようという気になったらしい。
『孫が育つまで、我慢できないと言った顔をしているね』
失われつつあるとは言っても、龍門相手に負ける気がしなかったババァは正面から受けて立ち、そして勝負は一瞬で決した。
『あんたも相当鍛えてあるみたいだけどね、それは人間の到達しうる領域での話さ。この力は人間の力では到底敵うもんじゃない。恥じる必要はないよ。もしもう一度やりたいなら……孫が成長するのを待つがいい』
ってことは何だ、あのババァがこいつを狂わせた張本人だってのか。
色々わかってくると、これで終わりじゃないのかよ、って気分になって苛立つ様な感情が生まれてくる。
「私は勝手に狂ったんだ。君のご祖母に罪はない。自分を律することが出来ず、君の成長を見守り続け……ある意味では琴音よりも身近に感じていたかもしれん」
「あんたがそこまで熱烈な俺のファンだったとはな、意外だよ。だが気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇぞ。あんたの娘はそこにいるし、俺はあのババァの孫ってだけの他人だ。目ぇ覚ませ……っつぅ!?」
そう言い終えた時、体中に激痛が駆け巡るのがわかる。
力の反動、これで二度目……三度目か。
そうポンポン使える力じゃないという理由の一つ。
筋繊維が切れる様な、骨が軋んでいく様なありがたみの欠片もない感覚。
これがなければ、と思うが常識で考えて人間の体があんなおかしな力に耐えられる方が、どうかしている。
「やはり、堪えるかね」
「……まぁな。けど、約束は守ってもらうぞ」
「わかっているさ、今はまだ動けないが……琴音、お前に頼みがある」
仰向けに倒れたままで、龍門は先輩を呼びつける。
ややふらつきながら、先輩は龍門の傍へと歩いていく。
「彼と……学校を頼む」
「……はい?」
「あ? 何だよそれ。勝手に決めんな」
「私が消える以上、代わりは必要だ。五百人以上の生徒を路頭に迷わせるわけにはいかないからな。既に理事会に話はつけてある」
「…………」
いやいやいや、マジで意味がわからん。
俺まだ高校生。
ピカピカの一年生。
この歳で将来が決まっちゃってるとかマジで勘弁。
見方を変えれば就職に困らなくていいよね! ってなるのかもしれんけど、そんないいことばっかなわけがない。
それに先輩がいいって言っても他のやつらが何て言うか。
「今までの君たちに対することは全て、理事会ではなく私の一存だったんだ。君たちなら、出来るはずだ。だから、頼まれてくれないだろうか」
「やってられっかよ、めんどくせぇ。大体そういうの、向いてる様に見えるのか?」
「君にはあれだけの人間が集っている。そして琴音の力もあればどうにでもなるさ。更に言うなら……いや、これは余計か。いずれ辿り着く答えの一つだからね」
「はぁ? 訳わかんね。つーかもう、救急車呼ぶからな。肉体的にも言動も痛々しいおっさんとか見えるに堪えねぇからよ」
そう言って携帯を取り出そうとしたところで、龍門はゆっくりと立ち上がり、それには及ばないと言う。
あれだけ痛めつけたのに、もう動けるとか本当は年齢詐称してるんじゃないだろうな、なんて考えてしまう。
「ひとまず私はもう、隠居させてもらうよ。概ね満足だからな。あとは琴音が子どもでも作ってくれたらもう、思い残すことはない」
「おいコラ待て。勝手なことばっか言いやがって……子どもなんかいつの話してんだよ。大体学生が学校を運営するとか、聞いたことねぇし俺たちが卒業するまで待とうとかって気持ちはねぇのかよ」
「生徒会を乗っ取る、程度の話ならよくあるだろう。やるならとことんだよ、優木くん。君なら学校を牛耳れる」
ラノベ脳かよ、いい歳こいてこのおっさん……。
しかも運営乗っ取るとか……何の苦労もなくそんなもん渡しちまったら、ガキども成長しねぇだろ。
何処までも自分勝手なおっさんだな……。
「ではな、後は任せた。願わくばいい学校にしてくれることを、祈っているよ」
千鳥足で龍門はフラフラと校門から堂々と出ていく。
あまりに堂々とした佇まいに、俺は龍門を呼び止めるのもアホらしくなってきてしまい、同時に疲労と激痛が津波の様に押し寄せてくるのを感じて地面に倒れこんだ。
「おい、優木!!」
先輩が駆け寄ってくるのが足音でわかるが、跳ねのけるだけの力も残っていない。
この人だってボロボロのくせして、何で俺の心配なんかしてんだか。
化け物みたいなやつでも女なんだから、もっと自分を大事にしたらいいのに。
そう思った瞬間、俺の意識は遠のき闇へと吸い込まれていった。




