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39:四月二十七日その②~本戦~

 残りの三人については、詳しく語ると俺がまるで鬼畜の様にしか思えなくなりそうだから簡単に言うと、投降を勧めた。

 当然投降しなかったので、武器を蹴り飛ばして殴られて落とされるのと締め落とされるのどっちがいいか、と尋ねると、三人とも口をそろえて締め落とされたいと言うので、ご要望に応えて差し上げたわけだ。


「密着して眠りにつけるなら」


 などと一瞬背筋がぞっとする様なことを言われて躊躇う気持ちも生まれたが、これで残るは化け物一人となった。


「案外容赦ないな、優木」

「まぁ、そういう約束でしたから。一生懸命稽古してきたあいつらへの、せめてもの情けですよ」

「その割には随分加減していた様だが。顔を狙ったりも避けている様に見えたぞ」

「あいつらが持ってたのが、スタンバトンじゃなかったら顔面への攻撃もあり得たかもしれないですけどね」


 別に意識して顔を避けて攻撃したわけじゃないし、俺はフェミニストでもない。

 ただ必要性を感じなかった、それだけのこと。


「私に対しては、どういう作戦を取るつもりなんだ?」

「言うわけないでしょ。でも、手加減してたらこっちが死ぬかもしれない、とは思ってますよ」

「そうか、お前らしいな。じゃあ始めようか」


 残りが全員気絶しているので見物人はいないが、今度こそ掛け値なしの全力で挑んでくるであろう渕上先輩。

 俺も全力なんてほとんど出したことはないが、渕上先輩も底が見えない。

 単純に力や体力で言ったら、先輩の方が上かもしれない。


 スピードは五分……先読み出来れば俺の方がもしかしたら優位か。

 あとは経験の差。

 実際先輩は、ストリートファイトをほとんどしたことがない。


 正々堂々、相手を確認していざ、という戦いをしてきた人だ。

 性格上頷けるものではあるが、そこが俺との決定的な違いと言える。

 何でもありの戦いなら、俺が負けることはまずありえない。


「んじゃ、行きますよっと!!」

「んな!?」


 先輩が何故この場所をバトルフィールドに選んだのかはわからない。

 想像できる範囲で言えば、存分に暴れられるだけの広さがあるから、というだけのことの様な気もする。

 しかし、校庭と言えば砂や砂利と言ったものが大量にある。


 よって、俺の選んだ第一手は砂を蹴り上げての間接的な目つぶしだった。

 先輩は先の俺との戦闘で危うく目を潰されかけたと言う経験から、俺の接近には十分すぎる注意を向けていた。

 しかし、それが今回は仇になった。


 俺の指ではなく、足先から舞い上がる砂を、全部とはいかないまでもまともに食らった先輩は、一瞬とは言え意識がそちらに向いてしまったのだ。


「戦いの最中によそ見は、って前に言ったばっかですよ、先輩」

「ごふ……」


 がら空きになった脇腹へ、遠慮なく食らわせるショートアッパー。

 手ごたえは確かにあった。

 しかし。


「ってぇ……なんつー硬い腹してんだよ、あんた」

「ごほ……一応、これでも鍛えてはいるものでな」


 鉄板でも殴ったかの様な感覚。

 これが女の……いや人間の腹か?

 そう思わされるほどに鍛えられた腹筋。


 そもそも脇腹ってそんなに鍛えられるもんなのか?

 全く効いていないわけではない様だが、軽く咳き込む程度のダメージでしかないということか。


「なかなかエグい手を使うじゃないか、優木」

「喧嘩に綺麗も汚いもないですからね。先輩が負けた時に俺が汚いことした、って言いたいなら言ってもらって構わないですよ」

「ふふ、そうはならんから安心しろ。私は負けん」


 満面の笑みを浮かべながら、先輩は一歩ずつその距離を縮めてくる。

 さっきまでは俺からいかにして距離を取るか、と考えていた様だが、無駄であることを悟ったのだろう。

 武器を持たない先輩は、距離を詰めなければ俺に攻撃することは出来ない。


 どの道接近せざるを得なかったのだ。


「しかしさっきのはまだまだ本気じゃないんだろう?」

「どうでしょうね。その時その時が俺の全力のつもりですけど」


 俺も一歩ずつ距離を詰め、拳に力を込める。

 その距離一メートル弱。

 そこまで詰まった瞬間、びゅん! と風を切る様な音が聞こえて俺の上半身が回避行動をとっていた。


「っぶね……なんつー威力だよ」

「やはりお前の回避能力は驚異的だな。これでも不意を突いたつもりだったんだが」


 先輩が放った裏拳。

 そしてその拳は俺の鼻先数センチを横切った。

 食らっていたらさすがにひとたまりもなかったであろうことが想像できるほどの拳圧。


 先輩はいい意味で堂々としているせいもあって、人を騙すとか不意を突くということに向いていない。

 挙動の一つ一つが正直すぎるというのだろうか。

 本人がそれに気づいているかはわからないが、この人の攻撃は威力が凄まじいだけだ。


 制御機能の弱い核弾頭……まぁ当たれば即ジエンドなんだが。


「先輩くらい強い人だったらわかると思いますけど、もう無駄ですしやめません?」


 殴りたくないとか、そういう生ぬるいことは考えていない。

 しかし俺はこのあと、その足で理事会を襲撃するつもりでいる。

 場所の見当はついているし、この時間にあっても無人ではないことを掴んでもいる。


 無駄な消費は避けておきたい、というのが正直なところだった。


「バカを言うな、お前のしようとしていることはわかっている。させるわけにはいかない」

「学校が、そんなに大事ですか? 俺は別にあんたが生徒会長でなくなったとしても変わったりしませんよ」

「それもあるがな、それだけじゃない。理事長である龍門次郎は、私の父なんだ」

「な……!?」


 どういうことだ?

 理事長がこの人親父だとか……そもそも苗字が違うのは、何でだ?

 離婚したから?

 

 というか……そもそも何でこの人の記憶から、それを読み取ることができなかった?


「驚いているな。だが事実だ」

「いや……そんなわけないでしょ。俺の力で読み取れない記憶なんて、あるわけ……」

「お前だけじゃなく、そこで寝ている彼女たちも知らないことではあるんだが、私の父は俗に言う禁術の様なものを扱えるんだ。お前が入学するとわかった翌日に、私の記憶は一部だけ父によって封じられている。とは言っても私が思い出せない、ということはなく、外部からのアクセスが出来ない様になった、というものらしいが」

「…………」


 禁術って何のことだ?

 この科学が発達した時代に、説明のつかない様なものが……いや、あるんだけどさ。

 俺の力だって、その一つだ。


「私の母はな、龍門の愛人だったんだ。毎月多額の養育費をもらっている」

「…………」

「私の封じられた記憶というのは、龍門と私の家族に関することだ。寮で生活しているから、家族とはほとんど接触しなかったし違和感はなかっただろう? 子どもの頃の記憶に関しては、そこまで思い出深いものでもない、というのが理由の一つではあるが、それ故に家族の思い出というものがなくても辻褄が合う様になっている」


 愛人の子って……そんなやつでも父親だから、ってそれだけで俺との接触を妨害しようってことか?

 こいつらを巻き込んでまで?

 そんな父親と俺とを、どっちも手に入れたかったってのか?


 そんな子どもみたいな理屈が罷り通って、たまるか。


「義理堅いことだな。結果として、あんたの親父は愛人であるあんたの母親とその娘であるあんたを捨てたことへの後ろめたさから毎月養育費を払って、娘が手元にくれば生徒会長に召し上げて体よく使っているだけのことじゃねぇか」

「……何だと?」

「別にあんた一人がそのクソみたいな親父に使われてるだけなら、俺もこんな風に動いたりはしなかっただろうな。だけどな、一番許せなかったのはあんたがあいつらを巻き込んで平気な顔をしていることもそうだし、もっと許せねぇのはそれを平然と命令する様なクソ野郎だよ。それ以外、別にあんたが父親と仲良くしてようが文句は無ぇ」

「…………」

「あんたは結局、父親に二度捨てられるのが怖かったって、それだけのことさ。これ以上あいつらを巻き込んで行こうって言うんだったら……ここで俺はあんたも潰す。あんたがほしかったのは何なんだ? 厳格だけど理想の父親か? それともちょっとやそっとじゃ切れない絆か?」

「……それ以上、父を愚弄することは許さん」


 先輩の目が、今までにない殺気を帯びる。

 それは父親をバカにされたことへの怒りか、それとも……。


「バカにされる様な父親を持って、しかもそんなやつにこき使われて先輩も大変だな。だけど今日でそんなもん、全部終わりにしてやんぜ」

「優木いいいぃぃぃ!!!」


 俺の言葉を受けて、怒りに燃えた先輩が咆哮し、突撃してくる。

 それを迎え撃つべく、俺も再び拳を握りしめて迎撃の構えを取った。

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