涙と秘密 2
廊下からさらさら、衣擦れの音が聞こえてきて、サウォークはロトがいったいどの距離からその音を聞きつけたのか疑う。
(どんだけ地獄耳なんだ?こいつ)
部屋に性急に入って来たのは、セレステの背の高い美しい姿と、トゥアナの太った侍女だった。
腕には赤ん坊を抱いている。
アドラと呼ばれたウヌワとギアズの子供に違いない。
ずいぶんおとなしい子で手がかかるまい。
ウルマの野太い腕の中で、安心してすうすう眠っていた。
侍女ウルマは、そっとセレステに赤ん坊を渡した。
「セレステ、アドラですよ」
「ありがとう」
彼女は子供をしっかりと抱いた。
頬ずりをして指で少しだけくすぐる。その長いまつげに大粒の涙が盛り上がった。
すすり泣きの音一つなく、綺麗な頬を伝って涙がぽたぽた床に垂れるのをロトは椅子の隙間から見た。
セレステはぎゅっと赤ん坊を胸に深く抱き締める。
「無理なのよやっぱり」
「そんなこと!言われないで下さい」
「もういいわ…だってもう、みんなベルガって流れじゃない。トゥアナがそう決めたんだから」
!?
???
三人は顔を見合わせる。
一体何を言ってるのかよくわからなかった。
ウヌワは嫁いだ身だし、ギアズは単なる侍従長だ。その子供がそれほど跡継ぎとして存在感があるかどうかというと、ないに等しい。
さっきセレステたちが入ってきた入り口の向こう、後から、若干ばたばたとした性急な足音と、鍵束のジャラジャラした音が響きが聞えてくる。
これはウヌワだと三人はもうなれていたのでわかった。
いつになく静かに部屋に入ってきたばかりか、セレステの手から赤ん坊を奪うこともしない。
しばらく黙って赤ん坊に顔を押し付けるセレステを見ていた。
太った侍女ウルマは重ねて言う。
「トゥアナさまと結婚したとき、死んだらソミュール伯が相続すると、公爵さまご自身が決められたんです」
微動だにしないロトの手をはっとサウォークの大きな手が握った。
ウヌワが重々しく言う。
「この子は危険だわ。正統な後継者なんだから、何としても守らないと。奴らに知れても、モントルーに知れても殺されてしまう」
太ったウルマはトゥアナの侍女のはず…スパイなのか?
ロトは疑った。
目を三角に吊り上げてウルマは言う。
「モントルー達は必要ありません!奴らはトゥアナさまのためにもならない。奴らを追い出してトゥアナさまにも目を覚ましていただかないと!」
あれは…?
物陰の三人は無言のまま、顔を見合わせた。




