怒り 1
ベルガの叫びに、ザワッと周囲がざわめいた。
押さえつけられていた感情が呼び水を与えられて広がり、噴出する糸口を与えた。
声高な叫びがあちこちで上がり、そこかしこで立ち上がった。
「そうだ!どうして遠い都にこっちのことで口出しされなければならないんだ!」
「何もわかってないくせに!あんな奴らと何を交渉できると言うんだ!」
「やめてくださいにょ!!皆さん!!変なことを言われぬように」
ギアズのか細い声など、野太い声にあっと言う間にかき消される。
トゥアナは蒼白になっていた。
カペルの合図に部下たちがさっと立ち上がり、臨戦態勢を取った。
素早く姿を探したが、ロトもサウォークもいない。
アギーレがカペルの後ろに寄り添った。
人だかりを作っていた女子たちはあっという間に消え、従者たちが外で集まって何か声高に口論したり興奮した様子で指さしている。
(奴ら、しれっと敗残兵も混じっているな)
面白そうに成り行きを眺めているアギーレは、一番興奮しそうなワベアと呼ばれたベルガの白髪の側近が立ち上がらないのに気が付いた。
苦虫を噛み潰したような顔で肩をすくめている。
ベルガが叫ぶ。
「今まで黙っていた。だがわたしはやっぱり我慢ならない!エグルだって我慢ならなかったんだ!奴らのやり方…」
ベルガがこぶしを振った。
「あの男はアウナも、トゥアナも…」
トゥアナが足早にベルガの方に向かう。
長机が二人を隔てているから、手は届きそうもなかった。。
カペルは後ろ姿しか見えなかったが、ベルガの側にいる市長が見たトゥアナの形相はさっきのウヌワよりも恐ろしかった。
両手を伸ばして、皆が思ってもいなかった何かをつかむ。
ばっしゃあん!!!
トゥアナの両手に掴まれていたのは、トゥアナの頭三つ分ぐらいはある、かなり大きな花瓶だった。
「おお、ぶっかけた」
アギーレがカペルの後ろで面白そうにつぶやく。
おもいっきり頭から水と花をかぶってぽたぽた垂らしているベルガは、目をつぶって顔をぬぐう。
よく持てたなと感心するほど花瓶は大きい。
腕を思いっきりスイングさせてベルガの顔のど真ん中に命中させていた。
ベルガは抗議するようにトゥアナの方を向いたが、あんぐりと口を開く。
「あーー!!!」
トゥアナは両腕で花瓶を持ち上げていた。
もう誰も話していない。
口を開けたまま、全員がトゥアナを見ている。
花瓶は床に思いっきり投げつけられた。
市長は見ていたが、それはさっきベルガが杯を床に投げつけたのとそっくり同じ仕草で、色濃い血のつながりを感じさせた。
しかし花瓶だ。
その音は杯の比ではなかった。
ぐわっしゃあああああぁん!!!!
広間どころか城じゅうに鳴り響いたのではないかというように派手な音が鳴り響き、いかにも高価そうな美しい花瓶は床の上で粉々になっていた。
ざーっと人が引き、広間の壁際にまで下がっていく。
真ん中に仁王立ちになっているトゥアナと、長机に水をたらしながら立っているベルガだけが残った。
「何をする!それはお前の母上の…」
「どうでもいいわ!」
喉をふりしぼってトゥアナは叫んだ。
「どうしてそんなにバカなの!どうしてそんなに単純なの!!バカ!バカ!バカ!!!自覚もって下さいませ!!」




