山の砦 3
カペルは困惑の体で書簡を手に部屋の真ん中に立っていた。
手にあるのは太子からの仰々しいきらびやかな手紙だが、開いた内容は書きなぐりのめちゃくちゃだ。
サウォークが手元をのぞいて思わず吹き出した。
「なんじゃこら?」
「どう思う?サウォーク」
カペルは額に皺を寄せ、耳の後ろをひっかいた。
「ラベル公についてか、なんも答えてねえし。ベルガでいいんだよな?あの子も、もらっちゃって大丈夫ってことだよな?もとからこういうノリの人だけど、何なんだかさっぱりわかんねえや」
「いいじゃないか。やっちゃえよ!あの時だってほんとはそのつもりで呼んだんだろ?」
カペルは手紙を置いて片腕で頬杖をついて考え込む。
ぼそりと漏らした。
「貴族の娘はやっぱり、平民との結婚を嫌がるのかな」
「人によるとしか言いようがないわ。都じゃ裕福な商人に嫁ぐ貴族の娘なんていくらでもいたよ。逆だってありだ」
考え込んでいる若い将軍の背中をサウォークはばしっと叩いた。
「みんながみんな政治的しがらみで動いたり考えたりしてると思っちゃ大間違いよ。こちとら人間だからな!好き嫌いに恋愛沙汰、それにあっちこっち動かされて一般市民が損を見るのさ」
ああ嫌だな。何だろう、何がひっかかるのか。
カペルはしぶい顔がおさまらない。
全員に背中を押されれば押されるほど、彼女の首を傾げた可愛い顔がどんどん胸のなかでふくらんでいく。
多少強引でも考えていた下心が、もし少しでも嫌な顔をされたら再起不能になると思うほどになっている。
だからと言ってひれ伏してお願いするのはあまりにも卑屈で嫌だ。
彼女がおれをいいなって思ってくれる気持ちが、あいつより上でいてほしい。
イケメンな上に幼馴染だ。
そこまでは望めまいと思うのに、どうしてもその先を望んでしまう。
世の中、取引や政治やパワーバランスや立場の利用がこんなに蔓延しているのに、そこを持ち出したくない。
サウォークが爪をけずりながら言う。
「おれは今までロトの言う事は必ず聞いてきた。理由なく反対するのならお前の好きにすればと言うが、ロトはそんな奴じゃないからな。だからお前も迷っているんだろ?」
カペルは黙っている。
爪を松明の炎にかざした。
「男前だからねえ。モントルー公。あいつどうするって?」
「全くの丸腰と言うわけにゃいかないから、精鋭部隊を一部だけ連れて行くってよ」
サウォークは爪切りセットを器用にしまうとちらっとカペルの顔をからかうように見て、何気なく言った。
「しかしアウナちゃんはロトのおすすめなんだぜ。せっかくなついてたのにお前、あの子にちょっときついだろ」
「あのくらい言った方がいいんだよ」
カペルは憂鬱に答える。
「あの子の考えはこの城の連中が押し付けたものだ。自分の考えじゃない。あの子はベルガの考えを言ってる。それじゃ駄目だからな」
サウォークに指摘されるまでもなく、カペルの頭の中は不安でいっぱいだ。
彼女は誰が好きなんだろう?
誰かを好きなはすだ。
夫のソミュールをまだ思っているのか。
ひそかにベルガと愛し合っているのか。
端正なベルガの顔と可愛らしい目にいっぱい涙をためたアウナの顔が交互に浮かんでカペルは頭を抱えてベッドに倒れ込んだ。




