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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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ロトの災難 2








 姉の姿がなくなり、カペルの出立後に城を席巻していた兵士が減ったからだろう。

 勢いを取り戻した次女の勢いは想像以上だった。

 だが、ウヌワがなしくずしに城を自由に行き来するようになってから、目に見えて秩序は回復した。

 確かに、ぱりっとしたシーツに細部まで行き届いた世話、カーテンのゆがみ一つなく、彼女は家政婦としては最高に有能に違いない。


文箱ふばこだって?私が知らない場所なんてあるものか。あんな大きなものがそうそう、動かせるわけないでしょう」


 本当にこの女は知らないのか?

 ロトは厳格そうな白髪姫の横顔を伺ったが、鉄のような表情に跳ね返されるだけで嘘を言っている様子はない。


「では、これ以上どうやって探せばいいのです」


 ウヌワは簡単に答えた。


「掃除するのよ」

「掃除」

「チリ一つ残さず、くまなく、ぴっかぴかにする!そうすれば必ず見つかります」


 兵士が走ってきて叫んだ。


「伝令!」


 カペルか?

 ロトは性急に伝令の渡したメモを開き、それからきっとなった。


「アウナ姫が?」


 トゥアナがいる東の塔をロトはにらんだ。

 まさかカペルも、そのままアウナをモントルー軍にスライドするとは…。

 ここまで一の姫の影響が強いとは思わなかった。


「それでカペルは何と?」

「アウナ殿をきっかけにして、モントルー軍と書簡のやりとりを始めるおつもりのようです。」

「そうですか」


 短く答えて、ロトは隣をうかがった。

 ウヌワは相変わらず腕を組んだまま、唇をムスッと引き結んで眺めている。


「アウナ殿はモントルー軍に行きました。ご心配のことでしょう」

「ぜーんぜん」


 ウヌワは興味なさそうに言う。


「アウナが最初っから、あの連中に混じりたがっていることはわかっていました。大人しそうなんていう人もいるけど違う。あの子は言う事なんてまったく聞かないから。扱いにくいし」


 この姫は家政婦としては有能だが、どこか人の情のようなものに欠けている…。

 妹が敵軍に参加したと言うのに。

 あの時はトゥアナに対する対抗心で怒っているだけのようだった。

 なぜだ?

 父親が死に、子供は都送致されてもしかしたら処刑され、妹が戦に巻き込まれて死んでもかまわないのか?

 この姫はたとえ自分が処刑されるとなっても最後まで、部屋の汚れ具合を気にしていそうだった。






 自分のために用意された部屋に入ってロトは一息ついた。

 少しだけいつも首元をしめている黒いカラーをゆるめる。

 多少の自負心を持って心につぶやく。


 今日もわたしはたくさん働いた。


 カペルは大戦争をやらかすつもりはない。ああ見えてわりと慎重なのだ。

 野放図で何も考えていないバカに見えるが…バカだけど…。

 太子が思うほど野心家でもない。

 もしカペルが考えているなら…うまくやれれば…サウォークとわたしの夢も叶うのかもしれない。平民出ではじめてのこの若い将軍を盛り立てて行けば…失敗さえしなければ…。


 ロトは顔をしかめた。


 あの長女はよくない。

 何とかして引き離さねば。

 この行軍でアウナとカペルがどうにかなってくれればそれに越したことはない。


 窓越しに、厨房の煙が見え、かすかに甲高いよく通るウヌワの声が鳴り響いている。


「食事を早く!無駄のないようにして!手が空いた者から食事をさせなさい!終わった者から先に片付けに入る!」


 ロトはため息をついた。

 カペルがいる間は暴れ放題だった一の姫がひっそりなりを沈め、替わりに城は完全に二の媛の統制下に置かれている。

 昼間、ウヌワは苦々しげに言っていた。


「結局ベルガ。結局モントルー。奴らにのさばらせたら、城が山羊臭くなってしまうわ。ベルガひとりがよくても他の全部がダメならダメなのに、押さえきれるわけがない!」


 印章を隠したのはやはり一の姫か。

 双子はどこにでも鼻を突っ込むのがお得意のようだが、印章の重要度がわかっているとも思えない。

 あれは錦の御旗になる。


 二の姫でないという確証もない。

 猜疑心にかられながらロトは体をさすった。

 あの騒がしい連中がいなくなってほっとしたのに。

 サウォークやアギーレや、普段はうるさくてもいなければいないで嘘寒い。


 城も夜になるとしんと冷えて来る。高所にあるのだ。

 あの能天気なカペルたちはどうしてこの薄気味悪い城の雰囲気に気付かないのだろう?とロトは思った。


(そうだ、日誌を付けねば)


 ロトが体を起こしかけたその時、ノックの音が聞こえた。


(?何事だ?)


「お夜食よ」


 入り口に、第三女のセレステが立っていた。


「これはどうも」


 ロトが一礼して招き入れると、手に持ったお盆から暖かいいい匂いが漏れる。

 思わずロトも相好が崩れかけたのを慌てて鉄の意志で抑えた。

 セレステは片手で盆を抱えてロトの部屋に入って来ると扉を背中で閉じる。

 ふと気が付いた。

 侍女がいない。

 セレステは一人きりで、シチューを注ぎ、パンを切って酒の壷を降ろしている。

 ロトは咳払いをした。


「あー…そのう、セレステ殿」

「なぁに?」


 彼女にはどこか、体の動きやいつも浮かべた笑顔に何とも言えない気配があって、ロトはこの女性と部屋の中で二人きりでいることを強く意識した。


「そのままで結構です。自分でやりますから」


 セレステは薄く微笑んで軽い調子で言った。


「まあ、そんな事言わないで?いいのよ」


 ロトが制するより前にセレステはもう座っている。

 器用にお酒を器にいだ。顔も際立って美しいが、手も白く細長く、仕草は実に艶めかしい。


「あなた、ねぇこちらにどうぞ」


 嫌な予感がする。






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