ロトの災難 1
トゥアナが住む東の塔一室の前では、侍女たちが声を嗄らして叫び声を上げていた。
「トゥアナさま!お願いです、出てきてください!」
「…何事です?」
衛兵を従えたロトが歩み寄った。
カペル出立から、文箱捜索と治安維持を兼ねて、西の塔にも東の塔にも兵士を入れた。
こうしてロトも歩き回っている。
侍女たちが涙をためた目ですがるようにロトを見る。
「今朝の出立からずっと閉じこもっておられますね」
「眠いんじゃないの?」
兵士が隣の兵士に囁き、言われた方はうっかり笑った。ロトの氷のような視線に慌てて居住まいを正す。
「姉なんてほっときなさい」
一同が振り向くと後ろにウヌワが立っていた。
ロトは眉を寄せる。
「あなたは、どうしてここに…西の塔に幽閉されているはずでは…」
「姉はどうせ気まぐれ、一日出てきやしないんだから」
ウヌワは腕を組みそりかえって、聞こえよがしに声を上げた。
「わたしがしなければ誰が城のことをするの?食事をどうすればいいのかわからない、ゴミ捨て場はどこ、洗濯をして欲しいけどどうすればいい、聞いてきたのはあなたたちの方よ!」
鬼のような顔で侍女たちをにらむ。
「お前たち、持ち場に戻って!それぞれやることがあるでしょう」
一人ひとり、指をさす。
「お前は兵士たちがドカドカ土足で汚した廊下のそうじ!お前は姉がくだらない何かを探すためにひっくり返した家具の後片づけ!お前は…」
ロトの厳しい顔の前でぴたりと止まる。
「こんな所にいないで城下にでも行ったらどう?兵士たちをきちんと見張ったら?」
「言われずとも、秩序は保っております」
「どうだか。兵士なんてもの誰も信用できませんからね~」
付け加える。
「どうせ姉と同じ部屋で一日過ごすような連中よ」
言い方にいちいちとげがある。
ロトは顔をしかめ、目をつぶって受け流した。
「あなたも来て!わたしに城のことを聞くくせに、あなたの裁可がないと何も出来ないんですとさ」
ロトとウヌワは並んで歩き出した。
ウヌワは一応は姫らしい服装をしているのだが、腕をまくって地味で大きなエプロンを身に付けている。顔立ちは決して見劣りしないのに、どこからどう見ても姫と言うよりはおかみさんだ。
「姉はいいんの。また、ストライキを始めただけよ」
歩きながらもウヌワは次々に侍女たちに指示を繰り出す。
「床をみがいて!倉庫を確認!たまねぎはもつの?農場は再開できたの!」
(これは…)
ロトは歩きながら悟った。
この城のハウスキーピングを掌握しているのがこの白髪頭の厳格な二の姫であることは明らかだ。
「三日も閉じこもることはしないでしょ。決裁を待っている書類もたくさんあるんだから」
軽蔑したように鼻を鳴らす。
「新しい手紙でもまた書いてんでしょう、都か諸侯のご機嫌とりに!そこ、怠けてる?」
歩きがてらすべての侍女たちに命令を下しているウヌワにはさすがのロトも気おされる。
ロトはウヌワに言ってみた。
「あなたも、ご主人がご心配では?」
ロトのことばに、軽蔑を力いっぱい込めてウヌワは答えた。
「ギアズは姉の腰巾着よ。情けない!」
うちの奥さんは怖いんですにゃ。何をしても絶対に怒られるんですにゃ
二の姫のことを聞いた時、ギアズが青い萎れた顔をしていたのをロトは思い出した。
「都に招致される可能性は高いのですよ。あなたのお子さんも」
奇妙な沈黙があって、ウヌワは肩をすくめて言い放った。
「だからなに?」
さすがのロトも返答に窮した。
「その時はその時。今は今日の食事に明日の準備、食事の後は洗い物、洗い物の次は寝る準備、先のことなんか考えてる余裕はないんです!!!」
鬼軍曹だなこれは。
ロトは辟易して天を仰いだ。




