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ラベル・エラベット  作者: 天海 悠
回廊にて
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伝令 3






 キャンプは素早くたたまれ、午前中のうちに部隊は出発した。

 城にはロトが残り、最後の最後までサウォークに口(やかま)しく、何度も注意事項の確認をしていた。

 進むのはなだらかな丘陵きゅうりょう地帯だが、進むに従って少しずつ傾斜が険しくなっていく。

 もともと高原地帯ではあるが、青々とした草原に白地の岩が混じり始め、野生の山羊の姿もちらほら見えた。


 小高い丘を越えたあたりに広く見渡せる一帯があって、カペルは軍を止めさせた。

 斥候が行き来して、さらに二つほど丘を越えた先にモントルー軍が夜営していると報告がある。

 まだ動いてはいない。数で言えば圧倒的にこちらが有利だった。


 カペルは馬上から、小さな本型になった地図で確認していた。

 ラベル公の文箱ふばこをかき回して失敬したものだ。

 トゥアナのすすめでギアズの代わりに絵描きのピカールを同行していたが、横からのぞきこんできた。


「それ、ぼくが書いたんですよ」


 どこをどうやって絵筆を持つのか疑問なほど太い手の指までいちいち毛の生えた、毛むくじゃらの大男だったが話しぶりは穏やかだ。


「これいいな。見やすいし、使いやすい」

「光栄です。折り畳み方とじ方もぼくが考案したんですよ~」


 モントルーの後ろには鬱蒼うっそうとした木々に覆われた険しい山々があり、人家はない。

 例え初戦で圧しても、誘い込まれたら厄介なことになるだろう。

 馬に揺られるカペルの横の荷馬車の上から、くつろいだ姿のアギーレが話しかけた。


「カペル、お前まだ忘れてねえのな?」


 司令官は黙っている。


「モントルーの連中とやったのは、太子を助けたときのいくさだよな。いやな戦いだった。仲間も相当やられた。きたねえ手を使ってきやがるしよ」


 アギーレは目を細めて記憶を辿たどる表情になった。


「あの何て名前だったっけ、忘れちまったよ。あん時巻き込まれて死んだ奴。お前、あのあと何日もずうっと真っ青な顔してて心配したもんさ。替わりに偶然助けたのが実は王子様だったなんて、誰も思わないよな」


──カペル、この恩には必ず報いる。私は忘れないよ。


 かたくなに黙っているカペルの横顔をちらっとうかがったアギーレは、よっと起き上がると見事な身のこなしで、カペルの横を歩いている自分の馬に飛び乗った。

 そこからはひとりごとのように言う。


「だがおれは信用しないよ。平民出なんていくら取り立てられても捨て駒だ。モントルーにぶつけるのに損はない」

「そうだな、思い出したよ」


 カペルが出し抜けに言う。


「そうだよ、昔は楽しかっただろ?」

「楽しくはなかった」

「ああ、そうか、お前は楽しそうじゃなかったな。最近はお行儀まで覚えちまってさみしいよ。おまけに姫様かぁ」


 たいして寂しそうでもなく、屈託なく笑う。それから少しだけ真面目になった。


「お前は司令官だからともかく、おれなんかいつ死んでもおかしくねえのよ。いつ死ぬかわかんねえなら、好きにした方がいいだろ」


 アギーレはブーツの先でカペルのくら小突こづいた。


「おい、聞いてんのかよ」

「何かひっかかる」

「何がよ」

「今回のこと。この遠征だ。ロトやサウォークには言えないでいたが」


 幼なじみは驚いた顔をした。


「おまえ、ロトも信用してねえの?」

「いや、信用じゃなくて。立場の違いってものがあるだろ」


 カペルは脱いで膝に置いてある司令官用の特注(かぶと)を撫でた。


「おれも、いつ死ぬかなんてわかんなきゃ、好き放題やってやろうってのは同じなんだ。司令官だってやられるときはやられるからな。王宮や太子の思惑なんか深く考えちゃいない。この土地が欲しいかとか、爵位とか、正直どうでもいいんだ」


 我が意を得たりとアギーレは心得顔でうなずいた。


「可愛い女がいりゃ欲しいと思うだけ」


 カペルはそれには答えずに続けた。


「モントルーをやるの前提なんだ」

「太子か?」


 相手はうなずく。


「なんかもう、軽いテンションで、おまえ怨恨えんこんあるでしょ、やっちゃってらっしゃい!ぶい!てな感じだったんだ。そこまであからさまじゃないけど、裏表ある人だから」


 額に指をあて、眉に深いしわを寄せる。


「ん~?何、なんで?みたいなよ」


 アギーレはわけがわからない顔で聞いている。


「いや確かにおれも、モントルーには色々と思うところあるけどな。なし崩しでやっちゃってほしい理由わけでもあるのか。したら、あの姫様が目の色変えて和平和平!お手紙お手紙!ってだろ」

「そらなんか、あるんじゃね?多分。知らんけど」

「うん。いいんだ。もう考えない」


 カペルは背筋を伸ばして眼前を見た。

 アギーレの目にも、迷いがあるようには見えない。


「ここまで来たからには、やるときゃやる。いつでも来い。けど、頭はましておきたい。それだけだ」


 唇を尖らせてそんな彼を見守っていたアギーレの顔がぱっと輝いた。


「やるときゃまかせな、めっちゃやたら暴れてやるぜ!」


 拍車を鳴らして脇腹を蹴ると、馬を走らせて先頭に立つ。

 カペルと同郷でずっと一緒にいる、粗野でわかりやすいアギーレの気分はいつでも士気に影響した。

 カペルは友人の後ろ姿を見送ってひとりごとを言う。


「恨みか?恨みって、何なんだ?」


 太子も当然と扱っていたし、戦う前のやりとりの中、ソミュール伯も匂わせて来た。

 感じてないおれが白状なのか。

 モントルーの戦い方や手強さ、汚いやり口と好き嫌いや恨みのあるなしが、カペルの中でどうしてもつながらない。


(そんなんあっても、死んだら誰も戻ってこない)




 カペルは夜営時は必ず、時間ある限り司令部や自分のキャンプから離れて各部隊を回って歩いていた。


「こっち来てこれ食えよ、けっこういける」


 昔から行動を共にしている部隊の仲間たちは、気さくな口をきく。寝転んだ状態でささやいた。


「それはそうと、未亡人は?やってもやらなくても、はじめて二人きりでお話したんだろ?どんな感触よ」

「そうだな、わりと普通だった」

「なんだ、残念」

「そりゃそうか。姫様イコール超美人、超好み、とはならんわな」

「いや、可愛いよ?可愛さは異常。まじ可愛い。美人ていうかあれは可愛い」


 むきになって抗弁すると仲間たちは笑った。


「一人、色っぽいのいたなあ」

「いたいた。慰労だとかってわざわざキャンプまで酒を届けに来たぜ。ロトに追い返されたけど」

「慰労して欲しかったなあ」


 カペルは考え込んでいる。

 姫のくちびるのぷっくりした感触がまだ残っていた。


(トゥアナは…、あれはお姫様とか、未亡人とか、そんなじゃない)


 明るくて、むきになって、元気一杯で、手の甲にしたキスに赤くなる。あれは…。


(あれはちょっと話し方が上品で、テンポが人よりズレてるだけの、普通の女の子だった)




 仲間たちと別れてカペルが司令部のキャンプに戻ろうとすると、天幕の入り口に人だかりが出来ている。

 サウォークが人混みを掻き分けて現れた。


「何だ、どうした?」


 かたわらにいた当直の兵が直立不動で答える。


「カペル様の幕屋で怪しい動きをしていた女を拘束しました」

「女?」


 カペルとサウォークはお互いに顔を見合わせる。緊張が漂った。


「城からの伝令といつわって入り込んでいたのです」









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