外✿【血】
母様は、とても美味しい。
うっすらあまくお腹の中が暖かくなるお乳の味、ほんのりと覚えている。
母様は、大人だからかしこい。
お乳は血で出来ているから、血には栄養がいっぱいあるんやって。
母様はお仕事で、ご飯を外で食べることが多い。
だから体には栄養が余っているそうな。
お家にはご飯が少ないから、ちょっと粥に草と水と血を足して煮込む。
そうすると、苦くて渋い緑の粥に塩気が出て母様の味がするようになる。
量も増えて、栄養も増える。
やっぱり母様は、頭がええなと思った。
でも、ふしぎと体はガリガリのままだった。
大人になると太るようになるのやろか。
母様は痩せているけれど、たまにお腹が大きくなる。よくあることだときいた。とても上手くいくときょうだいができるらしいけど、ほとんどがそうなる前に消えてしまうそうな。
本当だ。
少ししたらお腹がへっこんだ。その時の母様はとても青い顔をしていた。
それでもある時、いままでにないくらい母様のお腹が大きくなった。
いっぱい栄養を取らんとね、そういって包丁をもって外にいくことが多くなった。
母様はなんでもできるから、それからお肉が増えた。
臭いがつよくてあまり美味しくなかったけれど、母様はそれでもいっぱい食べていた。
そのおかげか、母様はもっと美味しくなった。
あとちょっと、もう少しやんね。
楽しみだった。きょうだいが増えたら、一緒に蹴鞠をするのだ。
床の下にはいっぱい丸い骨が転がっているから、きっといくらでも遊べるはずだった。
知らない大人の人がいっぱいきた。
手に刀や棒を持った大人の人たちが、家の扉を壊して入ってきた。
泥棒や。きっと母様もそう思ったか包丁を手に、一人のお腹を刺した。
蟻が横になった蟷螂に集まるみたいに、いっぱいいた大人たちが母様を押さえつけた。
怒鳴り声と、泥を叩きつけたみたいな重い音が何度も響いた。
可哀想だからやめてぇやと言ったけれど、大人の人たちはみんな怒った顔をしていて、私の声なんて聞こえていないみたいやった。
やがて母様はなにも言わなくなって、動かなくなった。
暗い部屋のなかで、はあはあと荒い息がよく聞こえる。
――なんで、こんなに酷いことをするんやろ。
ぱちっ
残り火がはねて、部屋が少し明るくなる。
赤黒くなってしまった母様と、ぎょろぎょろと落ち着かない目の数々が見えた。
誰かが床をはいで、ここに埋まっているぞと叫んだ。
誰かが鍋をみて、ここで煮られているぞと喚いた。
げえげえと誰かが吐きながら、食べかけの椀を蹴った。
お肉がいっぱい入った赤く黒い粥が溢れ、みんなが一斉にこちらを見る。
――なんで、こんなに嫌な目でみるんやろ。
怖がっているような、睨んでいるような不思議な目だった。
誰かがこいつも同じだと呟いて。
誰かが刀を振り上げた。
首を切るなよと聞こえ、すぐ体の一部が斜めにカッと熱くなった。
寒い日だったのに、燃えるようだった。
でもやっぱり寒い日だったので、どんどん体が冷たくなった。
口を半開きにした母様と、一緒に床の穴に落ちる。
大人の人たちが、上から見下ろして目をそらすようにどこかにいった。
――なんで、こんな苦しい思いをするのやろ。
手足がビリビリする。頑張って這いずって母様に抱きついた。
外に置いているお肉と同じように、冷たくて、硬い。
膨れ上がって、歯がみえている頬に手をあててさする。
起きてくれない。
寝ているのとは違うみたいだった。
母様がたまにもってくる肉と同じみたいだった。
どうしよう。なんとなくもう二度と動かないような気がした。
涙がこぼれる。しゃっくりするように、息が浅く、ひくついて止まらない。
抱きついて泣いていたら、溢れていた母様が口に入った。
――やっぱり母様は美味しいなぁ。
泣きながら食んでみると、少しだけ胃のなかがあたたかくなった。
ふわっと、穴のなかが明るくなった。
気がつくと、穴の外を暗闇のかわりに炎が埋めていた。
熱い。
髪がちりちりと焼けてきて、吸い込んだ空気で体のなかが痛くなる。
目が痛くて、鼻がいたくて、苦しい。
助けて。
誰が。
助けて。
誰もいないのに。
穴の底のぐじゃぐじゃの泥。
泥々泥々のそれと同じような、気持ちが体中に溢れてくる。
骨と、肉と、母様に囲まれて真っ黒な気持ちに溶けていく。
もう少しで一緒になれそうなのに。
体が重い。
首から下が邪魔をする。
影が、ふと落ちた。
顔をあげると、穴の上に誰かがいた。
人形の蜂のような姿の、知らない誰かだった。
煌めいた。
視界がごろっとひっくり返った。
――あれ、違う、首、おちてしもうた。
真っ暗になる。
黒い泥をぐるぐるぐるぐる混ぜて練り合わせて、じぶんもそこに入り込む。
地の底のふかいふかい所から、じわじわと流れてくる泥が混ざっていく。
母様がいた。
母様の中にいた二人のきょうだいもいた。
みんなと、一緒になった。
溶けていく中で、また別々になった。
沈みきった底で、目を覚ました。
横には、びちゃびちゃで白い、母様と肉の紐でつながれたきょうだいがいた。
外はまだ怖いみたいで、きょうだい達は母様の目に潜り込んでいった。
近くにご飯はなかったけれど大丈夫だ。
だって動かない母様がいる。
安心だ。
母様は美味しいから。
外伝。
続き用のプロットもあるのですが、ひとまず今は1冊分で色々な話を書くという練習をしているので、一旦ここで完結です。
また余裕できたら考えます。
他の話も暇をみて上げていきます。




