プロローグ:これって追放なんでしょうか?
※別媒体での内容と違いはありません。読みやすい媒体でのご利用をオススメします。
昨夜からの記憶があまりありませんが、やらかしてしまったのは確かです。
ベッドの隣で穏やかに寝息を立てているのは、私とよく同じ部隊となるリリサちゃんです。
私たちは冒険者クラン『蒼穹の翼』に所属していて、リリサちゃんはいわゆるポーター、荷物持ちです。
鬼人族なのに背丈は低いのですがとても力持ちで、背丈ぐらいの大きさのリュックを背負って、部隊の支援をしてくれています。
顔立ちも年齢のわりには幼くて、でもとても立派なものをお持ちです。
なので男性陣からの人気も非常に高く、そういえば若手の有望株くん……名前、なんでしたっけ?
とにかく、彼とそういう噂があるぐらいです。ですが――。
今、リリサちゃんは何も着ていません。全裸です。すっぽんぽんです。しかも私の左腕に抱きついています。
うっすら記憶にある昨夜のリリサちゃんは、ちゃんと寝巻きを着ていたはずですが。
昨夜の自分の行動を深く深く思い出します。
討伐依頼から帰ってきて、そのままクランハウスの近くの酒場で食事して、確か麦酒を五杯ぐらい飲んだでしょうか?
依頼に出ている間はお酒なんかほとんど飲めません。なので数週間ぶりの麦酒だったので、とても美味しかった記憶があります。
クランハウスの私の部屋に戻ってきて、寝間着に着替えてすぐにリリサちゃんが相談があるって尋ねてきて。
いろいろとお話ししているうちに、リリサちゃんがその、私のことを好きって言ってくれて。
あとは……うん、いつものことです。だって初めてのことで戸惑っているリリサちゃんが可愛かったから仕方ないです。
やっぱり可愛い女の子の、そういう顔が一番好きかもしれません――じゃなくて。
クラン立ち上げから……ええと、確か五十年でしたっけ。
先々代のころから通算で、私がお相手した女の子の数は、これで二十人近くでしょうか。
今の代表に変わってからだと、リリサちゃんで確か四人めです。
私から、というわけではないんですが、その中には恋人がいた子もいました。
そういえばこのクランハウス、壁が薄いんですよね。
だからきっと昨日のリリサちゃんの可愛い声も、もしかしたら丸聞こえだったかもしれません。
酔っ払っていたからといって自分の部屋で、というのは……うん、その、迷惑だったかもしれません。
――以上、私のやらかしです。
でもリリサちゃんが可愛いのが仕方がないんですよ?
……と、そう自己弁護していたら、ドアをノックする音がしました。
「フィオナさん……マスターがお呼びです。至急、マスタールームまでお越しください……」
この声は……うん、リリサちゃんと噂になっている若手くんの声です。
ですがなんでしょうかね、なんかこの世の終わりでも見たかのような絶望的な声音ですね。
とりあえずリリサちゃんはまだ起きる気配が無いので、ゆっくりと左腕を抜いて、ベッドから抜け出します。
私の私室ですが、自分でも驚くほどに物が少ないです。
クローゼットの中には普段着と、守護の魔法が付与されたマナシルクで編まれた冒険用の装束、あと下着ぐらいです。
寝間着は……たぶんベッドの中でしょう。
とりあえず適当に着替えて、マスタールームに向かうとしましょう。
「フィオナ……悪いが、クランから抜けてくれないか?」
ガルドくんが、まるでバスティオン名物の蒸留酒を飲んだみたいな顔で、私と顔を合わせるなりそう言いました。
はて。クランの規則を破った記憶はこれっぽっちもありませんが……と言いたいところですが、お酒を飲んだ後のことまでは記憶があやふやなので断言できません。
ガルドくんは先々代のお孫さんで、赤ちゃんのころにお風呂に入れたから覚えています。
あ、申し遅れましたが私は魔族という種族です。人間と限りなく似た姿形をしていますが、寿命は……私が知っている同族ですと、確か今は四千歳ぐらいでしょうか。
寿命が長くて魔力が豊富な、欠点らしい欠点はあまりない種族です。
なので私の年齢は――正直、忘れました。たぶん三百年は生きてないはずです。
「ガルドくん、幹部会でなにかあったんですか?」
私は先々代のころからの古株ですが、身体を動かす方が得意なので、部隊のリーダーをやることはありますが、基本的には他のクランメンバーと同じ立場です。
他のクランだったら恐らく、私のような古株は幹部になっていてもおかしくないでしょう。
「ああ、あったよ――というか昨日のが決定打だな……」
昨日? ああ、リリサちゃんが可愛い声を出していたことでしょうか。
壁が薄いのですから、確かにあれは他のメンバーにも迷惑だったかもしれません。
ですが、他のメンバーも娼婦を自室に呼んだりしていますからお互い様、というものです。
「さっきレオンが、クランを脱退したいと申し出てきた」
「……んー、ガルドくん、レオンって誰ですか?」
ガルドくんは唖然とした表情を浮かべていますが、名前を出せれても思い当たる人がいません。
私たちの『蒼穹の翼』は実力派クランですが、怪我などで人の入れ替わりもそれなりに多いです。
なので、よほど付き合いが長い人でなければ、名前と顔が一致することは少ないです――あ、女の子は別ですよ?
「……さっきお前を呼びに行ったヤツだ。リリサに……その、お前の部隊が討伐依頼に出発する前日に、愛の告白したヤツだ」
「まあ、それはそれは。リリサちゃん、いい子ですから」
「そのいい子をお前が寝取ったんだよ! 廊下に声が聞こえるレベルで!」
やっぱり連れ込み宿に行くべきだったでしょうか。
でもあそこも壁が薄いですし、それにベッドがあまり質のいいものではないから、あまり利用したくないのですが。
「でもリリサちゃん、私のことが好きっていってくれましたし、リリサちゃんの方からキスしてきたんですよ?」
ガルドくんと話しているうちに記憶がはっきりしてきました。
そうです、確か告白されたけどどうしたらいいのか、という相談でした。
なんでもいい人なのは確かなんだけど頼りないとか、私みたいな優しくて強い人が、とかそういう内容です。
リリサちゃんみたいな若い子なら、そういうことで悩むでしょう。
ひとつひとつ丁寧に話を聞いていったら、急にリリサちゃんが泣き出して、泣き止んだと思ったら私の方があの人よりも好き、からのキスでしたっけ。
その後は……うん、切ない声で鳴くリリサちゃんが可愛かったですね。
「俺の代に入ってからこれで五件目だぞ……お前がクランの女子に手を出したの」
「まあ、私からは特になにもしていないですよ。みんなが求めるから、お相手しているだけです」
ガルドくんが天を仰ぐ。私はそんなにおかしなことを言っているのでしょうか?
「リリサのこともそうだが、お前がいる限り男どもの士気がガタガタなんだ……幹部会でも、お前の素行について、度々議題に上がっていた。でも先々代――爺さんが悪癖は大目に見てやってくれって言うから、俺も庇っていたが……もう無理だ。脱退にあたって金は用意する、頼む……クランから抜けてくれ」
お金は別に困っていませんが、リリサちゃんやニーナちゃんとか、今の代に変わってからの子たちと別れるのは困ります。
でも大事な子たちですが、きっと私がいなくても頑張れるでしょう。
過去の『蒼穹の翼』のクランメンバーで私がお相手した子たちも、今はお孫さんに囲まれている子もいますし。
「うーん……まあ、しょうがないですね。リリサちゃんやニーナちゃん、あとガルドくんとかが死んじゃったら、私も困りますから」
「……ずいぶんあっさりしているんだな?」
「ガルドくんよりずっと年上ですからね。こういうことはそれなりに、経験していますから」
名残惜しいけどしょうがないです。
依頼によっては違う人と部隊を組むことがありますので、ずっとリリサちゃんと同じ部隊、というわけにはいかないですから。
私がいることで男性陣の士気が下がって、それがきっかけとなってリリサちゃんたちに万が一のことが、と考えると、身を引くしかありません。
なにごとも割り切りが大事です。長く生きているとそう思うようになりました。
「それじゃあガルドくん、元気で頑張ってくださいね――あ、お金は必要ないですから」
クランハウスに住んで何十年ですから、住む場所がなくなりました。
家を買うだけのお金はありますが、そこは本来冒険者です。気ままに旅をして、気に入った土地に腰を落ち着かせてもいいでしょう。
それにクランを脱退したのにこの街に残っても、結局は『蒼穹の翼』の人たちと顔を合わせることもあるので、引っ越した方がいいでしょう。
荷物は驚くほど少ないです。いま着ている旅装束と着替えが少し、それと先ほど市場で買った数日分の保存食。あとは腰に下げた剣ぐらいでしょうか。
もともと『蒼穹の翼』に所属する前はひとりで冒険者をやっていましたから、旅慣れたものです。
顔なじみの店員さんにお別れの挨拶をしたりしていると、そんなこんなで気づけばもうお昼頃です。
行き先は特に考えていませんでしたが、ひとまず大きな冒険者ギルドがある街……そうですね、モントクレール領あたりがいいかもしれないです。
モントクレール領の料理のことを考えながら城門で出発の手続きをしていると、どこからか私の名前を呼ぶ声がします。
「フィオナさーん!! フィオナさんはいますかー!!」
元気のいい声です。フィオナという名前はあまり珍しくありませんので、私じゃないかもしれません。
でもこの声は昨夜、たくさん聞いた声によく似ていました。
「こちらに【雷霆】のフィオナさんはいませんかー!?」
どうやら私のようです。
【雷霆】というのは私の通称のようなものですから、間違いないでしょう。
「……フィオナさん、誰かがあんたを呼んでるぞ?」
「まあ。たぶんリリサちゃんですね。お見送りでしょうか?」
呼び声が出発の手続きを待っている人たちをかき分け、近づいてくるにつれて、リリサちゃんの声だとはっきりわかりました。
「……はぁっ、はぁ――っ!! フィオナさん、よかった――やっと……見つけた……!!」
息を切らした、大きなリュックを背負ったリリサちゃんが、私の前に現れました。
はて。依頼完了から数日は休養日だったはずですが、緊急の依頼でも入ったのでしょうか?
それにしては他の『蒼穹の翼』の人の顔がありません。
「あら、リリサちゃん、どうかしましたか?」
「フィオナさんがっ、クランを辞めたって聞いて……っ!! だってフィオナさん、クラン立ち上げからずっといるじゃないですか……っ!! それをなんで……!!」
リリサちゃん以外にも他の女の子のお相手をしていたから素行不良で、とは口が裂けても言えません。
男性陣の中には連れ込み宿や娼館ではなく、クランハウスの自室に女の子を呼んでお楽しみだった人もいるのですが。
それにしても追放した、ではなく辞めた、ということになっているようです。
ガルドくんの勧告があってその場で私も了承したので、どちらにでも取れるでしょう。
「五十年ぐらいもこの街にいましたからね、そろそろ他の街に行ってみようと思いまして」
きっかけは確かに『蒼穹の翼』から離れたのが理由ですが、これも決して嘘ではないです。
クランが請け負った依頼の際に他所に行くことはそれなりにありますが、三年ぐらいは滞在してもいいと思えた場所がいくつかありますし。
「ところでリリサちゃん、他の部隊の人はどちらに?」
「……ました」
耳は悪くないのですが、リリサちゃんの小声で言った言葉がはっきりと聞こえませんでした。
「……辞めてきました! フィオナさんがいなくなるって聞いたら、なんか急に『もういいや』ってなったので!」
はて。私としては一夜限りのつもりでしたが。
……まあ過去にも私がそのつもりでも、女の子の方からおねだりしてきて何年も、ということはありました。
ただリリサちゃんのように、すっぱりとお仕事を辞めてまで、というのはいませんでした。
「それにフィオナさん、困ったことがあったらまた来てって言っていたじゃないですか。リリサの困り事は――好きになった人がふらっといなくなってしまいそうなんです。どうしたらいいですか?」
「まあ。でも私、女性ですよ?」
これで私が男性だったなら、よくある駆け落ちロマンスだったでしょう。
ですが私は女性です――可愛い女の子が大好きで、求められたら応えてしまうせいで、クランを脱退することになるぐらいの。
「知ってます――というか正直、昨日は押せばイけると思ってました! 事務のニーナさんからフィオナさん、女の子でも大丈夫だって聞いていたので!」
あらまあ。女の子でも大丈夫というより、女の子にしか興味がないだけなのですが。
ということはリリサちゃんは元から私のことが……ということでしょうか。
そういえば直近の討伐依頼でも、野営の最中に私と距離が近かったことを思い出しました。
例の若手くんは最初から芽がなかった、ということになりますね。
「そうですね、リリサちゃんが後悔しない未来を選んだらどうでしょう。私からのアドバイスとしては」
ひとり旅のつもりでしたが、リリサちゃんが一緒にいたいというならそれもいいかもしれません。
それにたぶん、駄目だと言っても勝手に着いてくるでしょう。
「それじゃあ門番さん、リリサちゃんの分の手続きもお願いしますね。旅の目的ですか? そうですね……」
「――リリサとフィオナさんのお家探し、で!」
まあ。それならとても素敵なおうちを探さなければなりませんね。




