1 疑似恋愛的な関係
中学の時の俺と宗雪は、お互いに意識はしているけれども決して恋愛関係ではない、なんだか微妙な関係だった。
バスケ部の部室のドアの前で苦手な先輩が何人かと喋ってて、入りにくいな……とげんなりしていたら、その中の一人が俺に気づいて「どーぞ」と場所を譲ってドアまで開けてくれた。それが宗雪との出会いだ。
当時の宗雪は女子バスケ部のキャプテンの彼氏だった。俺と同じ二年なのに、怖いことで定評がある男子バスケ部の三年の先輩達とも普通に仲が良かった。
背がでかくて顔面が強くていつもダルそう……ダウナー系? な感じで一目置かれてる、いわゆる一軍の民だ。
俺も顔だけは強かった。けれど宗雪みたいにかっこいい系じゃなく、思いきり美少女顔であった。名前も『桜』で、背も160あるかないかといったところ。
学年の女子の誰よりも美少女だった俺に彼女ができる気配はちっともなかったが、俺のビジュは宗雪にひどく刺さったようだ。
いつ何時もダルそうな宗雪は、俺を前にするとソワソワと落ち着きを無くし髪の毛をやたら整え出した。彼女や女友達の前ではそんなふうにならないのに。
女子バスケ部のキャプテンと別れた後も無駄にバスケ部に顔を出していたのは、俺に会いにきていたからだと自負している。
俺を下の名前で『桜ちゃん』と呼び、用がなくとも一日一度は必ず話しかけてきた。俺は俺で、そんな宗雪の態度が満更でもなかった。
とはいえ、宗雪には女子バスケ部のキャプテンと別れた後も歴代の彼女ができていたし、俺も恋愛対象は女の子だと思っていたから、俺と宗雪はほんのりとした疑似恋愛関係みたいな間柄であったのだ。
◇
怖い先輩達が卒業し、三年生になった春にちょっとした事件が起きた。
俺が最も苦手としていた、うちの部(男子バスケ部)の元キャプテンが、母校に用事があったついでだと言って部活終わりに顔を出したのだ。
やつは先週あった他校との試合を見にきていたらしく、その時の俺のミスをやたらあげつらってきた。他にもミスったやつはいたのだが、こいつは俺にだけやたらと絡む。
何故ならこの先輩も俺の美少女顔が刺さった一人だったからだ。ちなみにこいつも他校に彼女がいるが、その彼女のチア部のユニフォームを何故か持ってきていて、ミスした罰として俺に着ろと命じてきた。
突然やってきて後輩に女装を強いる先輩に部員はみんな引いていた。俺は『出たよ』と思った。この先輩を苦手な理由がこれだ。こいつは俺にだけスキンシップが多く俺にだけ説教が多い、セクハラパワハラ野郎なのだ。
卒業してまで絡まれて正直だるかったが、美少女顔のせいで毎年の文化祭で当たり前のように女子の制服を着せられていた俺にはチアコスなど造作もなかった。特に恥じらいとかもない。下手に逆らうより、さっさと着てとっとと帰ってもらう選択をした。
「すげえ! 桜、めっちゃ似合うじゃん!」
チアコス姿の俺を興奮気味にスマホで撮りまくる先輩に部員はみんな引いていた。俺は『頼む、早く帰ってくれ』と思っていた。
そこへふらりと現れたのが、日課の俺との会話のためにバスケ部にやってきた宗雪だった。
「なっ……桜ちゃん!? なんだよ、その格好」
日頃ダウナーな宗雪が激しく動揺する様子に、部員のみんなも先輩も驚いていた。
「あ〜、俺が前の試合でミスって、その罰ゲームみたいな感じで」
「は!? なんだ罰ゲームって。そんなの駄目だろ。桜ちゃんは更衣室で着替えてきて。先輩は今撮った写真消して」
宗雪の迫力に負けて先輩は写真を消し、俺が脱いだ彼女のユニフォームを持ってそそくさと帰っていった。
「騒ぎ立ててごめん、桜ちゃん……なんか、桜ちゃんがあんな格好で写真撮られてるとこ見たら、腹立って」
「いや……あの先輩のダル絡みにうんざりしてたから、助かったよ。宗雪のおかげでもう来ないだろうし。ありがとな」
「桜ちゃん……」
「宗雪……」
見つめ合う、もじもじする俺と、そわそわと髪型を整える宗雪。俺達の疑似恋愛はその時まさに最高潮だった。
──いや、疑似だと思い込もうとしていただけで、恋愛感情になりかけていた。少なくとも俺サイドは。
毎日学校で話すくせに、お互いに連絡先も交換せずプライベートでも会おうとしなかったのは、本腰入れて宗雪を好きになってしまうのを本能的に避けていたからだ。
宗雪側はどうだったか知らない。だけど男の俺にそれ以上のめり込むのを、あいつも避けていたんじゃないかと思う。




