#3 え、まさか……この子も、同期?
紬が配属された医事課の部署は、病院の正面玄関から入ってすぐの場所にある。
小さな部屋に整然と並ぶデスク、カルテが積まれた棚、壁には診療報酬や保険の情報が掲示されている。
朝礼の時間になると、医事課のスタッフが立ち上がる。課長の挨拶の後、緊張しながらも元気よく自己紹介をする。
「日下紬です! 本日からお世話になります! えっと……頑張ります!」
周囲から温かい視線と、軽い微笑みが返ってきた。
自己紹介が終わり、朝礼は解散になった。
(話しかけやすそうな先輩……)
紬は視線を巡らせた、そのとき。人混みの中に、ひときわ小さな人影が目に入った。
目が合う。ぱっちりした瞳が、一瞬驚いたように瞬いて、すぐにやわらかく笑った。
「おはよう。今日からよろしくね」
そう声をかけてきたのは、背の低い女性だった。
特別、紬の背が高いわけでもない。
それなのに思わず見下ろしてしまうほど、小柄な女性。
華奢な肩にきちんと整えられた制服が、少しだけ大きく見える。
(……ちっちゃ)
身長は、140センチあるかないかくらい。
丸い輪郭に、あどけなさの残る顔立ち。
ほっぺたはほんのり桜色で、少し離れた目元には、薄く長いまつげが影を落としている。
暗めのブラウンの髪はサイドテールにまとめられていて、動くたびに軽く揺れる。
ぱっちりとした黒い瞳が、マスク越しでもはっきりとこちらを捉えた。
制服を着ていなければ。いや、着ていても。
(小学生が職業体験してる、って言われても信じそう……)
少し高めの声も、その印象を強めていた。
周囲の職員たちと並ぶと、その幼さは一層際立って見える。
どう見ても、子どもが迷い込んできたようにしか見えない。
(え……まさか、この人も……同期?)
隣を見ると、沙耶もわずかに目を丸くしていた。
同じことを考えているのが、手に取るようにわかる。
心臓がドクンと鳴って、紬は一瞬、動けなくなった。
その女性は、そんな二人の反応に気づいた様子もなく、にこやかに名札を指さす。
「私、金沢愛美。医事課に勤めて10年になるの。今日から研修担当をするから、よろしくね」
「……10年?」
危うく、声に出かけた言葉を、紬は慌てて飲み込んだ。
(じゅ、10年……!? え、じゃあ……見た目と全然……)
もしここで、「同期かと思いました」なんて言ってしまったら、初日から取り返しのつかない失礼だ。
愛美はそんな紬の内心など露知らず、机の上に資料を広げていく。
その動きは無駄がなく、手慣れていて、さっきまでの印象とはまるで違っていた。
「まずは、医事課の仕事の全体像から説明するね。大きく分けて3つあるの」
愛美はホワイトボードに簡単な図を描きながら解説する。
★ 医事課の仕事 ★
1 受付・患者対応
・保険証や診察券の確認、案内や予約の対応
・患者さんが一番最初に接する窓口だから、病院の印象を左右する大事な業務!
2 会計・レセプト作成
・医師が入力したカルテやオーダーを確認・整理して、請求書と明細書を作成
・患者さんに請求するものと、保険請求するものに分けられる
・正確さが求められ、ちょっとしたミスで、クレームや返戻に繋がる!
3 その他
・保険請求分以外の診療費の請求
・未収金の管理、督促
・患者数などに関する統計資料作成
「紬ちゃんは接客経験があるって聞いてる。沙耶ちゃんは専門学校で勉強してきたんだよね?」
愛美はそう言って、二人を交互に見た。
紬と沙耶が小さくうなずく。
「タイプは違うかもしれないけど、医事課ではどっちも大事だからね」
その言葉に、不思議と緊張が少しだけ和らいだ。
(……この人が教育係なら)
紬は、沙耶と視線を交わす。
(なんとか、やっていけるかもしれない)
「じゃあ、行こっか。最初は覚えることが多くて大変に感じるかもしれないけど、焦らなくて大丈夫。ポイントさえ押さえれば、少しずつ慣れていけるからね」
小さな背中が、すっと前を向く。
その後ろ姿は、さっきよりずっと頼もしく見えた。
紬は一歩、踏み出す。
ここが、自分の働く場所。
そして、この人が——最初の“先輩”だ。




